第48話婚前旅行9

(オルガンティーノ師が俺たちにあわせたい人って誰だろう?)


 オルガンティーノ師に案内されながら、そんなことを考える。お市様にやり込められた後、俺にも朝輝教の教主になるために還俗とキリスト教の棄教を申し渡された状況。ここで俺たちにあわせる人物なら、キリスト教の面目を取り戻す目的があるはずだ。そんな立派な人物がいたかな?


 オルガンティーノ師について行くとハーブ園を挟んではなれというべき建物が見えてきた。


 ハーブ園があることから療養所のようなところか?


 療養所らしき建物の扉をガラガラっと開けると見えてきたのは、十名近くの女性が布団を敷いて寝かされているといった光景。


 中性的な感じのする日本人の美少年(6、7歳くらいだろうか?)が寝ている女性の1人の額の部分に手を当てている。


 その部分が光っているように見えるのは気のせいだろうか?


 その女性の顔は潰れているようで、鼻も削げ落ちている。削げ落ちた鼻の部分からは膿がでている。

 


 だが、少年に手当て(?)をされて安らいだような表情になっている。


(あれは…気功治療のようなもの?いや…キリスト教的に言えば…奇跡…か?そして、あの病態はおそらく…)



〔梅毒の末期症状じゃな〕

オモイカネ様が口をはさんだ。



(やはり。そうですよね)


 梅毒は、梅毒トレポネーマという細菌が原因による性感染症である。が、この時代にその原因は突き止められておらず、治療法も当然、確立されていいない。 


 抗生剤であるペニシリンの登場で現代ではこの病気で亡くなる人や末期症状に至る人などはほとんどいなくなったのだが…。ペニシリンのない時代では不治の病として恐れられている。


 まぁ、感染してから死に至るまで10年以上の長いスパンがあり、その間にゆっくりと進行していく病気であるのだが。最期には細胞が破壊されていき、大動脈瘤破裂や神経障害などをひきおこし、死に至る。


 日本に梅毒が伝播したのは海外からというのが確実視されているところで、室町時代の日明貿易によってもたらされたものだといわれている。その時期は1512年ごろとのこと。1574年(天正2年)の現在から62年ほど前のことか?



(梅毒が伝播されてから62年後の光景がこれというわけだ)


 しかし…、あの治療は一体…。奇跡?大方、あの少年は、俺と同じ…神の使徒といったところか?


 だとしたら……あの少年は俺の敵?


 そんなことを考えていると…


「どうでス?あの少年ハ??あの哀れな女たちを治療している奇跡の少年コソ神の子でス。彼こそが神の愛を体現しているのですヨ」

とオルガンティーノ師がどうだとばかりのドヤ顔で言った。


(お市様にやり込められたのがよほど悔しかったらしいな)


 あの力が本物だからといって、奴隷で成り立っているこの世の中を変える力がキリスト教にないことは変わりがないだろうに。




「なんです?あれは??何かのまやかしですかっ?」

お市様は懐疑的な様子でつっこんだ。



「あの力は本物のようですが…それでもまぁ、まやかしといえるでしょうね」

俺もお市様の言葉に賛同する。


 あれを神の愛などと呼ぶことには、反対だ。

あの少年に救える人の数がそれほど多いとは思えない。目に見える人だけを救う奇跡に価値があるのか?と考えてしまう。あれと同じことが俺の陰陽術でもおそらく出来る。


 しかしながら…


 全知全能の神がついている俺たちがなすべきことは奇跡などではなかろう。



 俺たちがなすべきことは、物事を根本的に解決する方法を人々に広く伝えること。いわば、〝最大多数の最大幸福〟を生み出すことだろう。それをもたらすのは神の奇跡などではなく、科学の力だ。


 この例で言えば…顕微鏡や培地の開発。梅毒トレポネーマの発見。特効薬であるペニシリンの開発。ペニシリンの量産方法の確立。ペニシリンをどれほどの濃度でどれだけの期間投与すれば完治するのかを観察し、データを集積すること。そして得られた手法を周知することなどだと考えられる。


 それを知っているはずの神がその方法を人間に教えないのはまやかし、あるいは、欺瞞といってもさしつかえないのではないだろうか?


(禁じられた知恵の実を食べたアダムとイブを追放した神は、人類に叡智を与えることがお嫌いなのか?)


 にもかかわらず、そういう神を信じている西洋の人達が、神が作った世界の真理を探求しようとして科学が発展したのはなんとも皮肉な話である。


 そう考えていると…


「まやかしとは、なんじゃっつつ!!」

治療を終えたらしき美少年が、静かな怒りを発してこちらを睨みつけたのだった。




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