第257話 神々の涙

 ◆

 そうとはいっても、私に何が出来るのだろう。

 ようやく体調も落ち着いてきたある日、私は本格的に何か出来ることから手をつけようと考え始めた。


 ……そういえば。


 グエンリール様の遺した書物は、私が持ってきたのを除いて、すべて城の図書館に収蔵されたのだという。あまりにも蔵書数が多いので図書館を増築したほどだという。


 ……あそこなら、なにか手がかりがあるかも!


 そう思いついた私は、アトリエに一度帰った。けれど、大事な調べ物のために再びアトリエをみんなにお願いしてしまうことをわびた。

 事情は話せないという私に、みんなは優しく受け入れてくれた。


 ◆


「デイジー・フォン・プレスラリアです」

 城の図書館の前に立つ衛兵に名を告げる。そして、家紋のついたネックレスを見せると、すぐに彼は理解して、中へと入れてくれた。

 ここのグエンリール様の遺した蔵書はプレスラリア家からの寄贈品のようなものである。だから、その家名を告げれば、すぐに通してもらえる。


「デイジー・フォン・プレスラリア準男爵です」

 扉を開けてくれた兵士が、入り口から入ってすぐ近くにいる、司書に告げる。

 彼女は私に会釈し、私はそれに軽く返した。


 そうして、石造りの床に、靴音をなるべく響かせないように気をつけながら、奥へ奥へと進んでいく。

 あの本には、『後の世のためになるような知恵を、わずかでも遺すために』と書かれていた。

 だったら、彼の遺したたくさんの本の中に、きっと手がかりがあるに違いない。

 私は、そこに望みを託したのだ。


 そして、ようやくグエンリール様の蔵書を集めたコーナーにたどり着く。

「……うわぁ……」

 確かに以前賢者の塔で見たとはいえ、その蔵書の多さに私は圧倒された。


「……この中から探すのかぁ……」

 わかっていたとはいえ、一瞬めまいを覚える。


 ……でも!


 私の大事な人達を……この国に住む、いいえ、この大陸に住む人々みんなを守れるように!

 私は、一瞬湧きかけた諦めのような気持ちを振り切るように、ぶんぶんと頭を横に振る。


「……絶対手がかりを探してみせる!」

 そうして、私の途方もない蔵書探索が始まったのだった。


 ◆


「今日もお城の図書館調べですか?」

 朝食を食べていると、マーカスに声をかけられた。

 毎日毎日、図書館の閉館時間ギリギリまでねばって調べ、くたくたになって帰宅してくる私を労ってくれているのかもしれない。


「本当だったら手伝って差し上げたいのですが……私には錬金術の知識はないですし」

 アリエルが眉を下げて言う。

「私もですよねえ……」

 ミィナがいなくなったら、そもそもパンを作る人がいなくなってしまう。


「私が抜けると、錬金工房が立ちゆきませんしね」

「お役に立てずにすみません……」

 マーカスの言葉に、まだ学生の身で役に立てない自分を悔やんでいるのだろうか? ルックが俯きがちになる。

「……大丈夫。そのうち村を守る立派な錬金術師になるんだろう?」

 マーカスが、くしゃくしゃとルックの頭を撫でると、ルックが顔を上げて笑顔で「はい!」と元気よく答えた。


「残念ながらボクはグエンリール様の研究は、からっきしなんだよなぁ……」

 口をへの字にして、椅子の上で足であぐらをかいているウーウェンがぼやく。


「私達も、せか……いや、魔道人形としては若くて未熟ですから、お役に立てず、すみません……」

 ピーターとアリスまで、しゅんとして頭を下げた。


 そんなうさぎのぬいぐるみの頭を撫でながら、私は笑う。

「みんな、ありがとう!」


 力になれないとはいっても、そのことを悔やんでくれている。

 みんなが、私の力になりたいと思ってくれている。

 その事実だけでも、とても私は幸せなのだ。

 ……そう、思えたから。


 ◆


「……そうとは言っても」

 朝食が終わると、いつも城の図書館に直行するのが、最近の私の日課なのだ。けれど、たまにはアトリエの状態も把握しておこうと思って、保管庫を覗くことにした。

 それと、自分も今詰め状態で、気分転換をしたかった。


 アトリエ管理は、ぶっちゃけて言えばマーカスに任せてしまっても大丈夫だ。マーカスは頼りになる。けれど、それとこれとは違う。やはり、主人オーナーは私なんだから。


「……これなら、次の納品に向けた分も万全ね」

 納品を頼まれている品の数をそれぞれ数えて、私は頷いた。


「……あれ?」

 扉をしめようとしたそのとき、保管庫の奥にいくつかの光が見えるのに気がついた。

 そして。

「……え?」

 私のポシェットの中から光がこぼれている。


 私は急いでポシェットを開ける。

「……これ。グエンリール様のところから持ってきた、大地の女神の涙だわ……」

 そして、保管庫の奥で光っているのは、世界樹の涙、氷の女王の涙、火炎王の涙の三つだった。


 改めて考えてみれば、『……の涙』と、名前が似ている。

「これ……関係のあるものだったのね……」

 共鳴するように輝き合っているということはそういうことなのだろう。

 そう思っていると。


 そう呟いていると、背後を通りかかったウーウェンが私が手に取った四つの石を覗きこむ。


「デイジー様、それ! グエンリール様が集めたがっていた、『神々の涙』だよ! しかも、あと残り一個じゃないか!」


 彼女は興奮気味に私にそう伝えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る