第214話 リリーの進む道

 そうして、充実した時間というものはあっという間に過ぎていく。

 私達が、ホーエンハイム家をお暇する時間が近づいてきた。


 私は、子爵と十分に教科書の原案について語り尽くせた。

 マーカスとルックは、珍しい機材や、古い本に大興奮の一日だったらしい。

 そして、一番収穫があったのは、リリーかもしれない。

 彼女は、『花火を作る』という新しい選択肢を得ることができたのだ。


 玄関への見送りには、子爵や、お世話になった侍従達に加え、アルフリートまで顔を出していた。

「また、いつでも来てくださいね」

 子爵が、私達みんなに順番に笑顔を向けてくださった。


「そうだぞ! リリー! 明日でもいいぞ!」

 彼は、お日様のような笑顔で、リリーに腕を振って見せた。

 リリーは、心持ち顔を赤らめ嬉しそうな顔をしながらも、「どうしよう」とでもいうように、私と彼の顔を交互に見る。


「こら! アル!」

 子爵が、いつでもおいでというのにかこつけて、アルフリートがリリーを誘うものだから、アルフリートは子爵に嗜められていた。


「リリーちゃん。アルへの気遣いじゃなくて、君自身が、アルのやっている研究に興味が湧いたのだったら、その時は、いつでもおいでなさい」

 子爵がリリーの元へやってきて、彼女の頭を優しく撫でた。

「その時は、みんなで歓迎するよ」

「はい!」

 リリーが顔を上げて、元気よく子爵に返事をしていた。


 そして私達は、挨拶をして実家から出してもらった馬車に乗って、アトリエを経由してマーカスとルックを先に帰し、私とリリーは実家に向かったのだった。



 そしてその日はお夕食を実家で家族全員で囲みながら、今日リリーに起こったことを相談することになった。


「ええっ! 女の子で爆弾ですって?」

 真っ先に心配そうな声をあげたのはお母様だった。


「ロゼ。女の子だからといって、将来の道を狭めてはいけないよ」

 お父様がお母様を嗜める言葉を発するのも珍しい。


「それはわかりますが、私も心配ですわ。可愛い妹ですもの。跡に残る怪我でもしたらと思うと……」

 お姉様も、何も爆弾じゃなくても……と渋い顔をする。


「違うわ、アルが作りたいのは爆弾じゃないわ! 花火っていうのよ。夜空にお花を咲かせて、みんなを笑顔にする、すごい発明になるはずなんだから!」

 いきなり反対寄りの意見ばかりが集中したものだから、リリーが「そうじゃない!」と抗議する。


「ご心配なのはわかりますが、子爵邸では錬金術の嗜んだ大人の近侍が、常に側に控えています。万が一の時は彼が真っ先に対応してくれるでしょう」

 私は、どちらの味方というわけでもなかったのだけれど、今の流れを受けて、なぜかリリーの主張を応援したくなった。


 私が、魔導師になれなかった分、『おうちのお役に立ちたい』と必死に錬金術を勉強した。

 リリーは、血の繋がらないことを気にし、そして私に救われたことを恩に感じて、『お姉様のような錬金術師になりたい』と言ってくれる。


 嬉しいんだけれど、少し気にかかっていたのだ。

『家の一員として認めてもらうため』、そのために私のようになりたい、そんな必要なんてないんじゃないかって。


 リリーのその必死さが、幼い日の私とリリーとで、今までどうしても被っていた。

 だから、本当にリリーは私の背中を追いかけることが、彼女のためなのか心配だった。


 もちろん、彼女が将来私のアトリエに来てくれることを夢見て、部屋の増築も済んでいる。


 けれど、錬金術師には、いろんな研究対象がある。

 それを私は、師匠であるアナさんに教わった。


 そして同じように、リリーは今日、ホーエンハイム子爵家で、知ったのだ。

 初めて錬金術とはポーション作りだけではないのだということを。


 そして、無から有。

 新しいものを作ろうとするアルフリートを目の当たりにした。


「デイジー。デイジーはどう思うんだい? 君は錬金術師だ。リリーに最も立場が近いね?」

「はい、お父様」

 私は、お父様に言われて、頷いた。


「リリーが研究したいと言っている、花火というものは、ホーエンハイム子爵のご長男の三男、つまり、お孫さんのアルフリートが研究しているものです」

「ふむ、続けて」

 お父様が促すので、私は説明を続ける。


「はい。そして、そのアルフリートは、鉱山発破用の爆弾を七歳にして作り、国に納品を認められた腕の持ち主です。今は八歳だそうです」

「うん」


「アルフリートは、リリーの物理障壁が火薬を扱うにあたってとても助かるのだそうです。そして、リリー自身の錬金術師としての勘の良さも、褒めています」


「うーん、なるほどね。ホーエンハイム家と言ったら錬金術の名家。その家と友好を結べることは、リリーにとって素晴らしいご縁だろうね」

 お父様は手を組んで思案する。


「そう、思います」

 私は、お父様に同意して静かに頷いた。


「みんな、今度ホーエンハイム子爵をお招きして、きちんと親としてお話をしようと思う。それでいいかな?」

 お父様の家長としての言葉に、異論をあげるものはいなかった。


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いよいよ今週末の金曜日(6/25)に、『王都の外れの錬金術師~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~』のコミカライズが始まります!

Webデンプレコミック様などでご覧になれます。

楽しみにお待ちください!

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