第25話 マーカスの教育②

 次の日の朝。私が魔法の練習を終えて畑へとやってくると、やたらとやる気に満ち溢れた顔つきの妖精さんの群れと、水やりを終えて疲れきった様子のマーカスがいた。


「おはよう、マーカス。水やりありがとう」

 私は彼に近づいていきながら、朝の挨拶をした。

「ああ、妖精たちが懇切丁寧に教えてくれるから、今朝も無事終わったよ」

 マーカスは、ヤル気満々の顔で畑のまわりを漂う妖精さんたちを眺めながら、笑って肩を竦めた。


「今日は、またひとつ仕事を覚えて欲しいのよ」

 マーカスが、仕事?と首を傾げる。

「蒸留水って知ってる?」

 私は、実験室の小屋の鍵を開けながら、マーカスに質問する。

「いや、知らない」

 マーカスは首を振る。


「じゃあ、普通の水ってどんなもの?」

 私の問いに、マーカスがうーん、と首を捻る。

「じゃあね、この木桶に、井戸水をくんできてちょうだい。そして、【鑑定】で確認してどんなものかを確認してちょうだい」

 私はからの木桶をマーカスに渡し、水汲みに行かせた。


 しばらくしてから、興奮した顔つきのマーカスが帰ってきた。

「井戸水って、色んなもの入ってるじゃないか!」

 マーカスは、はじめて『水』というものを【鑑定】の目で見たらしい。


「そう。だからこれはこのまま錬金術には使えないの」

 マーカスに、木桶を小屋の中に入れるように指示しながら、ガラス器具が並ぶテーブルの方に誘う。

「じゃあ、水は何を使うんだ?」

 やはりマーカスは該当のガラス器具を目の前にしてもわからない。今まで錬金術師としての仕事はおそらくほとんどさせて貰えていないのだろう。


「答えは、あなたの目の前にあるガラス器具にあるわ。それで、『蒸留水』という純粋な水を取り出すの」

 私に言われて、見たことはあるが、触らせてもらったことの無いガラス器具を見て、マーカスは目を瞬かせる。


「……新しい仕事って、もしかして俺にこれ使わせてくれる?」

 恐る恐る、でも期待を込めてマーカスが私に問いかける。

「うん。これで『蒸留水』を作るのが、あなたの朝の仕事よ!」


 椅子がふたつあるので、ひとつは私が座り、もうひとつにマーカスに腰掛けるように促す。


「まずは私がやってみせるから、見ててね」

「ああ!」

 好奇心に満ち溢れた瞳で器具を見つめながら、マーカスが大きく頷いた。


「まず、綺麗なフラスコ……フラスコって言うのはこういう下が丸くて首が長いビンのことね。これに、井戸水を入れて、『蒸留器』にセットするの。反対側には空の綺麗なフラスコを取り付けてね」

 私は、元になる方のフラスコに水を入れて、そのフラスコを蒸留器にセットする。


「そして、元がわのフラスコの下にある、加熱用の魔道具と、上にある冷却用の魔道具のスイッチを入れるの」

 そして、魔道具のスイッチを入れる。


 次第にフラスコの内周りに気泡ができ始め、それがだんだん大きなものになる。水蒸気が立ちこめはじめ、蓋の部分に水滴が溜まり、受け用のフラスコに流れていく。

 その溜まって流れ落ちていく水を指さし、「これが蒸留水よ」とマーカスに教える。


 しばらく経って、あらかた受け側に移動したので、魔道具のスイッチを消す。


「さあ、両方のフラスコに入った水を見比べてみて」


【水】

 分類:液体

 品質:良質

 詳細:蒸留水。純粋な水。


 最初に水を入れておいたフラスコの方はこう。

【水】

 分類:液体

 品質:普通 ー

 詳細:不純物が濃縮された水。廃棄物。


「水が綺麗なものと、汚いものに分かれた!」

 マーカスは大興奮だ。


「毎日の仕事になるんだから、落ち着いて。じゃあ、次はマーカスの番ね」


 私は、まだ熱い元がわのフラスコを厚手の手袋をして外し、水を捨てた。そして、蒸留水は、実験用の大きめの水差しの中に移し替えた。


「汚れた器具はこうやって洗ってね」

 私は、元側のフラスコに、水差しから少し蒸留水を入れて、くるくる回して洗浄する。水を捨てて、乾燥待ちの器具を入れておくカゴにフラスコを置いた。


 綺麗なフラスコを二個手に取って、マーカスに手渡す。

「さ、やってみて」


 マーカスは、ふうと大きな深呼吸をして、興奮する自分を落ち着かせた。

 先に見せた手順のとおり器具をセットし、蒸留器を動かし始めた。見たことをその通りに再現して、蒸留作業を完了させ、蒸留水を水差しに追加した。


 マーカスは、はじめて錬金術らしいことをできたことで、感動で胸がいっぱいになったようだった。

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