主人公としての矜持。

 後から冷静に考えてみると、更科が勝手に誤爆しただけで、俺はあの場で入部宣言する必要はなかったのかもしれない。

ただ、あんなことを言わせてしまった瞬間に


(これは……何とかしなければ!)


 という俺の中の主人公が黙っていられなかった。


 それに、すでに俺の後ろでは『つか、こいつ誰?』とか『何年だ?』とか、学校という狭いコミュニティ特有の迅速な個人特定が始まっていたので、自らの保身のためにはああするしかなかった。

 帰りのバスの車内では、座っている俺に対しての周囲の視線が非常に刺々しいものだった。

 バス停で降りようとするときも、誰一人として俺に通路を譲ってくれなかったのはどうして? 父さん、母さん、お元気ですか? 僕は今、世間の荒波に揉まれています。


「では、確かに受け取った」


 そして翌日の放課後に職員室に赴き、たった今、二宮先生に入部届を渡した。


 ……こうなったからにはとことんこの部活動を楽しんでやるか!!


 決意を新たに職員室を去ろうとしていると、


「顧問としても、お前と陸の二人が入部してくれて嬉しい限りだ。礼を言う」


 先生から思いがけない労いの言葉をもらった。


「急にどうしたんですか? まあ入部するまでには色々と……思い返したくない苦労がありましたけど。特にバス停で更科が二宮の胸を借りて──」

「その辺の話はあとで詳細な報告書を作ってもらおうか」


 いつもどおり先生の暴走が始まるかと思いきや、


「顧問として、お前たちが仲良くなってくれたのは非常に助かる。まあ部室に行ったときに抱き合う二人を見た時は我を忘れるかと思ったが」

「いや忘れてましたよ?」


 今日の先生はなんだかいつもと違うな。ブラコンモードに入らない。


「それでも、更科が楽しそうにはしゃいでいたのは本当に嬉しかった。これまでずっと一人だったからな」


 ほっとしたような柔らかい笑みを浮かべる二宮先生。そのままでいてくれたらまじで女神なんだよなあ……。

 まあ一人の部活というものは体験したものにしか分からない寂しさはあるんだろう。


「更科は何というか愛されキャラっていうか、どこへ行っても人気者だと思うんですけどね」

「去年まではそうだったんだがな……」


 先生の声のトーンが落ちる。


「え? それはどういう──」


 詳しく聞こうとしたが、


「二宮先生、お電話です」


 他の先生から呼びかけられる。


「すまない山市、それでは部活を楽しみたまえ」


 その先を聞くことはできなかった。


「あと、件の報告書は今週中に提出するように」


 結局そうなるのかよ……。



 ◇



 職員室を去ったその足でそのまま部室へ向かうと、すでに二宮と更科の姿があった。


「入部届、出してきたぞ」

「これで今日から放課後は毎日一緒だね!」

「オレはお前が入ることを認めてはいないが……。まあいいだろう。お前のおかげで妹の処女膜の存在を確認で──」

「きゃぁああ!! 止めて!! もうその件はもうなしだから!!」


 茹で上がったタコのように顔が真っ赤になる更科。


「何を言う? あんなに人前で堂々と言っていただろう?」

「もう忘れてよ!! それに後ろの人が私たちの話を聞いてると思わなかったもん!!」


 顔を赤らめる更科。可愛い。まじで可愛い。そしてまじで癒される。

 やはり愛玩動物的な何かを彷彿とさせるものがある。犬とか猫がお茶目な失敗をするのを見ていると癒されるのと同じ感じだな。

 ここは俺も参戦しよう。


「俺もまさか、公衆の面前であんな宣言をするなんて思わなかった。俺があの時にフォローしていなかったらと思うと……」

「それはほんとにありがとうだよ! 私、自分が変なこと言っちゃったっていう自覚なかったから!」

「何を言う山市、あそこはスルーするところだぞ? その場が凍り付いて、数秒後に自分が言ったことに気付いて赤面する妹、ここまでがセットのお約束だろう!」

「確かにな。俺としたことが主人公にあるまじき行為を……」

「もう止めてよおお!」


 さすがにこれ以上は本人が可哀そうだからやめておこう。引き際も大事だからな──


「いや待てよ。もしかして妹は公共の場だからこそ逆に興奮を得られる露出狂じみたところが……」

「うぅ……」


 こいつ容赦ねえ……。

 ああ、ことか。


「お前、さては更科を泣かせてまたいい思いしようとしてんだろ?」

「な、何を言う!? そんなことはないぞ!? さあ妹よ! オレの胸に! 可愛ければ変態でも妹でも好きになってやるぞ!」

「うぅ……お兄ちゃん……(ガシッ)」


 もはや恒例となった、“泣いた時温もりを求めて何かを抱きしめたくなる症候群”が発症して、更科は勢いよく抱き着いた──二宮ではなく


「……ふえ?」

「おい!? そっちは山市だぞ!? 何を血迷ったんだ!?」

「……もう二宮君は駄目。私にひどいことするもん……」


 ああ、なんだろう、この押し付けられる二つの豊かな感触は。

 前々から思っていたが、もしかしてこいつ、二宮先生とタメを張るレベルだな?

 ああ……ここは天国かな……。


「よく見ろ更科! オレよりそいつの方が「あう……もっと……」って犯罪臭を醸し出してるじゃないか!?」

「おいおい、何を言ってるんだよ? ほら、泣きたいだけ泣きな……」

「うん……」

「嘘だろ……オレは何を見せつけられているんだ……っ!?」

「二宮……」

「……なんだよ?」


 たった今、俺は天啓を頂戴した。


「妹ってやっぱ良いな」

「くそがああああぁああ!!」


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