彼と彼らは分かり合えない。
「お前……何してんだよ?」
再び部室に戻ると、二宮が泣き崩れている更科を抱きしめて頭をよしよしと撫でていた。
「──っ!? オレは一体何を!?」
「俺が聞いてんだよ」
「オレとしたことが、妹候補でもない奴を抱きしめるという愚行を犯してしまったっ!? いや、それでもどこか妹要素を感じるのは一体なぜ……?」
「知るかよ! お前が勝手に“お兄ちゃん”という言葉に条件反射で飛びつ──」
「しっ! 静かにしろ! オレの妹が泣いているんだぞ!? ……ごめんな。このバカが大きな声で叫ぶから怖かったよな……」
更科は二宮の背中に手をまわして弱々しく泣いている。
そんな更科の背中を優しくさする二宮。
「もう父性、いや兄性に目覚めたのか……」
二宮は、「あう……もっと……」と、明らかに犯罪臭を醸し出している。
──もうこいつは手遅れかもしれない。
今までは悪友としてのよしみで笑ってきたが、そろそろ警察に突き出した方がいい気がする。
たった一人の犠牲でこの先、多くの少女たちが救われるのなら──
「お前も何か心にくるものがあるんじゃないか? このオレたち兄妹の心温まる交流にな!」
「そうだな。ちょっと携帯貸してくれ」
「おお! もしかして写真を撮ってくれるのか!」
俺は二宮から携帯を受け取った。
「よーし撮るぞ。……はいおっけー」
「どうだ? あまりに仲睦まじい兄妹の姿にお前も感動したんじゃないか?」
「ああ、ばっちりだ。そうか……これが妹の素晴らしさってやつか! 俺はこの感動を今すぐ誰かに伝えたいっ!」
「フッ、お前もやっと分かってくれたか……。いいぞ、妹の素晴らしさを布教しないと──」
「あーもしもし警察ですか? 僕の目の前に今、少女を手籠めに──」
「おい待て待て待て!! そいつとは分かり合えない! 未遂! オレ未遂だから! な!」
そんな懇願されてもなあ……。
「“未遂”って……何する気だったんだよ?」
「何するかって? そう聞かれると照れるな……言わせるなよ恥ずかしい」
「自分の頭を恥じろ」
よし、一旦整理しよう。
どうして照れ笑いをしているのかが全く理解できないこいつは置いておくとして、問題は更科だ。
なぜ彼女は急に泣き出したのかが全く分からない。
何か事情があったと想像はつくが、情報がなさすぎて皆目見当がつかない。
(何かこの部室から手がかりでも掴めないだろうか?)
部室全体を見渡してみる。
すると、改めて普通ではないことが分かる。
空き教室にしては広すぎる部室。
中央にある4人掛けに並べられたデスクとキャスター付きの椅子。
年季の入った高そうなソファ。
部屋の隅に積み立てられている大量の段ボール。
部室で体を寄せ合う二人の男女。
それを扉の窓越しに殺意の眼差しで見つめる二宮先生。
……あれ、ちょっと疲れてるのかな、きっと最後のは見間違いだと思う。
早く帰って休息が必要だ。
こうして、二宮と更科に気付かれないようにそっと部室の扉を開けて、山市少年はひっそりとその場を後にしたのだった……
「ねえ、ちょっといい?」
「……」
ブラコンモードの二宮先生にブレザーの袖を掴まれて現実に引き戻される。
「私の可愛い可愛いりっくんは今、何してるのかなあ?」
光が一切こもっていない瞳で二宮たちを睨みつけたまま、ぼそっと彼女は呟く。
声色が冷たすぎて、口調は柔らかくなっているはずなのだが普段よりも恐怖を感じる。
普段の二宮先生と同一人物とは思えない。
「私の目には男女が熱い抱擁を交わしているようにしか見えないよ? 山市君はどう見える?」
くしゃあ!……ぐしゃあ!……と、手にしていた書類を握りつぶす音が冷えた廊下に響く。え? それ結構な厚さに見えるんですが?
(これはまじでやばい……この返答次第によっては二宮の命どころか俺まで巻き添えをくらう予感がする!?)
「い、いや……なんていうか、その、自然の成り行きというか、ある意味二宮らしいというか……」
「ふぅん……」
「いやでも! あれは二宮なりの誠意みたいなもので決して中途半端な──」
「じゃあ本気ってことかな?」
「えっ、いや、そういう──」
「中途半端じゃないってことは本気だってことだよね?そうだよね?違う?正しいよね?あたしおかしいこと言ってないよね?」
「……」
あ、ごめん二宮。これバットエンドルート確定しそう。
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