新生カードゲーム部編

ここからがこの物語の本題です。(ガチ)

 ──昼休み。


「おーい二宮―、学食行こうぜ」

「いいだろう。お前は今日は何を食べるんだ?」

「そうだな……俺はやっぱりチキン南蛮──」

「黙れっ!!」

「は!? お前が聞いたのに──」

「いいから黙れ!」


 二宮は俺の口を抑えて上を指さす。

 つられて上を見上げたが、別にいつもと変わりない見慣れた天上だが……。


『お知らせします。部活連の集まりは今日の放課後、3年1組の教室で16時半から始まる予定ですので、各部の部長は遅れずにお集まりください。繰り返します……』


 校内放送が流れる。といっても俺たちには全く関係がない内容だ。


「何だよ?」

「放送が終わるまで黙れ」

「は……?」


 二宮は目をつむって教室上に備え付けられたスピーカーに耳を傾けている。


 周りをよく見てみると、談笑する生徒たちに混ざって一部の男子たちがじっと黙って放送を聞いている。耳に手を当てている奴までもいる。


 ピーンポーンパーンポーンと、音が鳴って放送が終わる、


「何だったんだよ?」

「分からないのか? 彼女の声に癒されていたんだよ。最高の妹声だよな……。お前もあのスピーカーから妹の笑顔が浮かんだだろう?」

「それはホラーだな。まあ確かに癒される声ではあったけど。つーか、いつもこの人が放送してたっけ?」


 そこまで放送をしっかり聞いたことがないので分からないが、あまり記憶にない。


「この妹が放送する時は非常にレアなんだ。SSRと言っても過言でもない。普段は佐藤先生が担当することがほとんどだからな」


 佐藤先生は俺たちの現代文を担当している、50代半ばのおばちゃん先生だ。生徒からおばちゃん、おばちゃん、と慕われて妙に人気がある。


「だが、たまに謎の妹が業務連絡をアナウンスしてくれるんだよ」

「まずお前の妹呼びが謎なんだが。まあ普通に考えて放送部の誰かだろ?」

「それが違うんだな。そもそもこの泉高校に現在放送部はない」

「え、そうだったっけ?」


 そう言われるとそうだったかもな……。

 さすがに全部活動を覚えているわけではない。


「数年前まではあったらしいけどな。その当時顧問だった佐藤先生が業務連絡放送の役目を果たしている」

「へえそうなのか。つーかお前、詳しすぎじゃね?」

「フッ、当たり前だろう? これを見ろ」


 二宮はスマホを見せる。そこには、


 リクおにーちゃん@泉ちゃん推し


 というSNSアカウントが表示されている。


「これは謎の妹、いずみちゃん関連のことしかつぶやかないオレの泉ちゃん応援アカウントだ。ちなみにいずみちゃんはオレが兄として責任をもって命名した」

「無責任すぎる」

「今日もさっそくつぶやかなければ!」


『今日の泉ちゃんボイスが尊すぎて尊死不可避 #泉ちゃん』


「まあ勝手にやるだけなら迷惑かけることはないだろうから別にいいのか──」


 nisssy@泉ちゃん推しさんがあなたのつぶやきをいいねしました。

 バックミラー@泉ちゃん推しさんがあなたのつぶやきをいいねしました。

 進撃の暇人@泉ちゃん推しさんがあなたのつぶやきをいいねしました。

 竜の落とし子@泉ちゃん推しさんがあなたのつぶやきをいいねしました。

 盗まれた入れ歯@泉ちゃん推しさんがあなたのつぶやきをいいねしました。

 ……。


「おい、そのアカウント、フォロワーどれくらい……?」

「ざっと500人くらいだな」

「500!? 全校生徒1000人ちょっとだよな!?」


 泉高校の人しか分からないネタのみをつぶやくアカウントを、約半数の生徒がフォローしているだと!?


「今では泉高校の生徒はプロフィールにそのまま学校名を載せるのではなく、泉ちゃん推しと載せるのが密かなブームなんだぞ」

「何その密かすぎるブーム」


 え? これってこいつだけが勝手に泉ちゃん応援してるんじゃないの?


「いや待て待て。ちょっとそのハッシュタグで検索させてくれ」

「別にいいぞ、ほら」


 ハッシュタグ#泉ちゃんをタップする。すると、


『今日は泉ちゃんボイスが聞けた!』

『耳が幸せ過ぎる……』

『スピーカー越しに見える笑顔に癒される』


 え? 何この人気。

 ていうかみんなその笑顔見えてんの? 怖っ。


「今日も泉ちゃん界隈が盛り上がっているな。公式おにーちゃんとして嬉しい限りだ」

「いや存在が非公式だろ。なんだよ、公式お兄ちゃんって──」

「お兄ちゃんじゃない! おにーちゃんだ!」

「知らねえよ!!」


 いつの間にか知り合いがちょっとしたインフルエンサーになっていた件について。



 ◇



 ──放課後の教室。


 俺たちは部活設立へ向けた会議を行っていた。


「んで、どうするよ?」

「まだ見ぬ妹たちのためにも、なんとかこの条件だけは満たさなくては」


 二宮が顧問という項目にぴしっと二重線を引く。


「山市、何か名案はないのか?」

「いや……さすがにこればっかりはどうしようもねえ気がするな。活動内容はそれっぽいこと書けば通るだろうし、最低3名の部員も帰宅部の名前を借りるだけで何とかなる。でも顧問だけは厳しいな」

「やはりそうか」

「二宮先生に頼むしかないんじゃないか?」

「姉貴が引き受けてくれると思えないんだよなあ。殴られそうで怖いんだが」


 二宮の声のトーンが落ちる。


 二宮先生は普段どのように弟と接しているのだろうか?

 ここまで引かれるとしたら何かしらの出来事があったとしか思えないが。


 しかし一つ分かったことがある。


 二宮愛海という一個人はとてもしっかりとした人物だということだ。ただ弟が絡むと暴走してしまうだけなのだ。まあ十分致命的だけどな。


 学校の中では弟の前でもしっかりと先生の風体を保っている。二宮を甘やかすようなことも今のところだが確認されていない。むしろ厳しすぎるぐらいだ。

 少なくともうちのクラスで二宮兄弟が仲が良いと思っている人は一人もいないだろう。


「まあとりあえず頼みに行ってみようぜ」

「そうだな」



 ◇



 弟大好きっ子の先生なら快諾してくれるだろう──そう思っていたのだが、


「すまないが、私は他の部活の顧問を担当しているので無理だ」


 まさかのオファー拒否。

 職員室で無情な宣告を受けてしまう。

 何とか他の先生を探すしかねえな……。


「今のところ、手が空いている先生はいませんかね?」

「時期も時期だからな。この中途半端な時期に引き受けてくれる先生はいないかもしれんな」

「そうですか……どうする二宮?」

「いきなり躓いたな」

「……これもしかして俺部活辞める必要なかったんじゃね?」

「……」

「ちょっと入部届出してくる」

「待て山市! オレたちの夢をこんな志半ばで諦めていいのか!?」

「ただのお前の荒んだ欲望だろ!? いつの間に俺たち共通の夢になったんだよ!?」

「お前は違うというのか!?」

「俺は妹より姉の方がいいって言ってんだろ!?」

「……お前、よくこんな場所で自分の性癖をカミングアウトできるな。その心意気は買うが、もうちょっと場所を考えた方がいいと思うぞ」

「てめえどの口が言ってんだよ!? もしかして自分に言い聞かせてんのか──」

「──うるさいぞ。慎め。」

「「……」」


 ぴたっと静寂に包まれる。まるで台本でもあったかのよう。

 この人に睨まれて逆らえる人はこの学校にはいない。というか逆らってはいけないと俺も二宮も刷り込まれている。


 そしてそれは他の先生方も同じなのかもしれない。

 どういうわけか、先ほどまで談笑していた他の先生方さえもいそいそと各人の机に向かっている。

 物音一つでもたてば、注目を集めてしまうような、そんな静けさだ。

 不自然なくらい先生たちの背筋が伸びきっている。


 ……え? もしかしてこの人生徒だけでなく職員すらも掌握してんの?


(……なあ山市)

(ああ、そうだな)


 俺たちは目配せをした。


((もうこの人の前で無駄口叩くのは止めとこう……))


 そっと心に誓って職員室を去ろうとした時だった。


「お前たち、部活を作るのではなく入りたいということなら、うってつけの部があるぞ。私が顧問を務める部活だ」


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