【探索魔法】
魔法大学の出口ではちょうど見知った顔が二人を迎えた。金髪の女騎士団長である。ここまで相当急いでやってきたのだろう、彼女は頬を上気させ肩を上下させている。
「容疑者が見つかりました!」
「こちらもです」
「レイ殿の方もですか? とりあえず、これを見てください」
女騎士団長が懐から取り出したのは一枚の人相書きだった。短髪のいかにもいかつい男が描かれている。全身図を見てもかなりの大柄な体格をしている。
「現場周辺で目撃情報を探してみたんです。そうしたらこの男が浮かび上がりました。ここ数日現場の周りをうろちょろしていたようです。それから、被害者のことも分かりましたよ」
騎士団長が懐からもう一枚の紙を取り出した。差し出された紙には人相書きの他にその人物の名前なども記されている。
「マーベット・スタンフォード。現場近くに住む魔法大学生です。家が貧乏なためアルバイトをして学費を稼いでいるんですが、その勤め先から昼頃に通報がありました。彼女が職場に来なかったからです。遅刻するような人間でも、さぼるような人間でもない。勤め先の者が彼女の家を訪ねると、家はもぬけの殻だったそうです。ただし争ったような形跡がありました」
「また黒髪の美人ですか」
ウェーブが呟いた。ロンバートの変身がまだ脳裏に強く残っていた。
「またというと?」
「ロンバート教授が黒髪の美人に変身するのを見てしまったもので」
「教授にお会いできたんですね。お元気でしたか?」
「ええ。教授と面識が?」
「学生時代に変身魔法学を履修していましたから。初級までですけどね」
「騎士団長殿もあの学校の出身だったんですね」
「この辺りで魔導士の資格を取ることができる学校は国立大学しかありませんから」
「現場の状況が知りたいです」
何かを思案していたレイがぴしゃりと言った。騎士団長は慌てて話を本題に戻す。
「現場は荒らされていましたが、金品を盗んだ形跡はありませんでした。彼女の部屋の元の状態を知る人間がいませんから何とも言えませんが、一つ確かに言えるのは彼女の衣服が一通り盗まれていたことです」
「犯人は彼女に変身しようとしていたのか!」ウェーブが納得したように手を打った。「それで、何か手がかりは?」
「先ほど挙げた容疑者なんですが、どうやら被害者の恋人だったようなんです。なのでこの人相書きを持って大学で聞き込みをしようと思っていましたが」
「その必要はないでしょうね」
「どういうことですか、レイ殿」
「その人相書きの人物はおそらくラッセル・ホーキンスという男でしょう」
「誰ですって?」
「今年の変身魔法学に落選した生徒です。貧民街の近くに住み、最近は街に行くことが多かったようですね」
「変身願望が叶わなかった人物――容疑者の特徴に当てはまりますね。すぐにこの男を手配します!」
「僕たちも行きましょう」
駆け出した騎士団長をウェーブが追いかける。レイも駆け出す。
広い道に出た。馬車がいくつか停まっているのが見える。その内の一台が急発進した。馬車からは屈強な男が半身を乗り出している。男の丸太のような腕がレイを捕まえ、持ち上げた。
「師匠!」
一瞬のことに、ウェーブは何が起こっているのか理解できなかった。咄嗟に懐から杖を取り出す。騎士団長が剣に手を伸ばしながら駆け出す。「止まれ!」揃って叫ぶが、馬車がスピードを緩めることはない。
「【炎】!」合図と同時に杖を馬車に向ける――杖を中心として魔法陣が展開される。発射まで二秒。三つの火球が同時に飛んだ。一発が馬車の荷台を掠め、二発が虚空に消える。馬車は猛スピードでカーブに突入。荷台を傾けながら急旋回。ウェーブと騎士団長が曲がり角を曲がるころには、馬車はすっかり見えなくなっていた。
「師匠が攫われた」
「あれは、マークスファミリーの馬車です。荷台の後方に牡鹿の紋章、間違いありません。この辺りを牛耳っているマフィアです」
「どうしてマフィアが師匠を?」
「分かりません。この殺人事件にマフィアが関わっているなんて、考えられないとは思いますが」
「でも現に師匠が攫われています」
「“大賢人”ならば自力で逃げ出せるのでは?」
その楽観性を、ウェーブはぶん殴りたくなった。騎士団長の胸ぐらを掴みかけるのを何とか堪える。
「魔導士を相手にする場合はまず相手の手足を切り落とします。魔法の発現に必要なのは《陣》を展開することで、そのためには手足が必要ですから。質問が始まるのはそこからです。手足を切り落とせば拷問も責める場所がないと思うかもしれませんがそれは誤解です。連中の中には少なくとも医療と魔法に精通している人間がいるでしょう。彼らは拷問相手が決して命を落とすことのないように苦痛や傷を調整するんです。それから身体と頭は残っているのですから殴ることと水責めはまだ有効です。他に人質を取るという方法もあるでしょう」
「まさか。彼らは確かに犯罪者ですが、何もそこまでは……」
「しますよ。ゲラゲラ笑いながらね。あなたはマフィアやギャングのやり方を何一つ知らない」
少年の迫真の言葉に、思わず騎士団長は息を呑んだ。想像することさえ苦痛だった。そしてようやく、自分たちが相手にしようとしている相手はそういうことを平気でできる人間なのだと悟った。自分たちは有益だから見逃されているに過ぎない。
「奴らの拠点はどこです?」
「分かりません」
「どうして内偵調査やスパイを送り込まなかったんですか!」
「奴らがこの町で直接手を下すことは今までありませんでしたから……一体、どうしたら」
ウェーブが深く息を吸って吐いた。落ち着け。まずは情報の収集だ。やり方は身体に馴染んでいるはずだ。
「マークスファミリーの構成員と特徴を教えてください。知っている範囲で構いません」
「組織を束ねるボスの名前はジェラルド・マークス。父親もマフィアでしたが、そっちは小物で、息子であるジェラルドが組織を一から作り上げたと言ってもいいでしょう。構成員については、“戦闘員”とされているのが約50名。10人で一つのチームと聞いています。それから各犯罪方面を取り仕切る幹部が5名。内4名は名前などが明らかになっています」
「構成員の中に魔導士やそれに準ずる者はいますか?」
「数名は確認されています。ただ名前や使用できる魔法については不明です。おそらく初級魔導士程度の実力でしょうが……」
「それだけ分かれば十分です」
ウェーブはもう一度杖を構えた。彼の腕を中心に、瞬時に魔法陣が展開される。その魔法陣は騎士団長が見たことも聞いたこともない代物であり、それは非常に意外なことであった。彼女は曲がりなりにも国立魔法大学へ通い、中級魔導士の資格を取った人物である。それなのに一つも特徴を読み取ることのできない魔法陣――それはもはやこの世に存在していない、全く新しい魔法と言っても過言ではなかった。
「腕力もなければ魔法の才能もない――そんな僕がこれまで生き残ってこられたのは、ひとえにこの魔法があったからです」
少年が杖の先端をくるりと空中で旋回させる。それに引っ張られるように魔法陣が回転し、その中に刻まれている五角形の頂点がコンパスの針のように揺れ、回転を始めた。
「【
コンパスの先端が一定の方角を向いて緩やかに動きを止めた。南南西。富裕層の住む地域。マークスファミリーの拠点――師匠の居場所。騎士団長は信じられないものを見ている気分であった。
「探索系の魔法は、確か超上級魔法のはず。どうして、そんな簡単な魔法陣一つで――」
【
「その他にも地形やその土地の持つ魔力も考慮しなければならないから、動き回る人を探すとなると一体何重の魔法陣が必要になるのか」
見当もつかない。騎士団長は絶句した。途方もない数の工程が必要な、ほとんど発現不可能な魔法を、この目の前の少年は片手でそれも杖の一振りで実現してみせている。
「魔法陣とは記号であり魔法を発現させるための言語でもあります。偶然からではありますが、僕はその言語の意味を失わせずに圧縮する方法を考え付いたんです。この一見して初級魔法程度の魔法陣には、魔力探知、地形把握、魔力干渉防止、そして一秒ごとの自動更新機能を埋め込んであります。つまり探索対象の位置を一秒単位で把握できる魔法です。この魔法があったから僕はこれまで生きてこられたし、大学も卒業できた。魔導士にもなれたし、今は尊敬する師匠の弟子にもなれました」
「あなたは、一体――」
「これからマークスファミリーの拠点に殴り込みます。――ところで騎士団長殿、【
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