最終話 最後の最期

月明かりがわずかに届くだけの寂しくじめじめとした牢屋に、手足の無いアルトはいた。


「元気そうだな、アルト」

「……死ね」


怒りですらない、ただの冷たい目。


「どうだ?気分は」

「お前こそどうなんだ?クロム。そうやって俺を見下ろせるんだ、いい気分だろ?」

「いい気分になりたいんなら、ここには来てないね」

「ああそうだな。俺たちを貶めてアスミナを丸め込んで汚名を晴らしたんだ。せっかくのいい気分がこんなとこに来たら台無しだもんなぁ?魔王様よ」


僕がニンゲンを裏切った経緯は昼間に証明した。

それでも僕は魔王。


輝かしいニンゲンライフを取り戻せたわけじゃない。


「アスミナとはもうヤッたのかよ?え?俺の想い人をさ?」

「そんなわけないだろ」


吸血鬼化の時の反動で今は寝ている。

そもそも、僕はアスミナに好意を寄せている訳じゃない。

むしろ、殺そうと思えば殺したい気もする。


だけど、それは僕の復讐のルールに反する。それだけだ。


「今日で、全部終わるんだよ、アルト」

「なにがだ?人生がか?さっさと死ねよ」

「悪いがまだ人生を終わらせる訳にはいかないな」

「お前の都合なんかどうでもいい死ね。お前の存在が気に食わない。うざい。俺から全部奪っていったお前がただ憎い」

「奪われたのは僕の方だよ、アルト」


アルトに頭突きをしてそのまま睨みつけ合う。

勇者の力を奪われて一般人であるアルトの額からは血が流れている。


「君が全部、僕から奪ったんだ。故郷の愛する人達も、勇者パーティーの一員としての栄光も、僕の仲間も」


最後のはただの八つ当たりだ。

アルトがヴィナトとニーナ、エリィナを殺したんじゃない事はわかってる。

それでも、それでもアルトが憎い。


「最初は楽しかったよ。みんなで初めての旅をして、魔物と戦ってさ。お前はガンガン突っ切って、ルエナがカバーして、ルークが冷や汗を流しながらも守ってた。アスミナは全体の流れをよく見て結界でサポートしてた」


そう。最初は僕もみんなと戦場で戦えて楽しかった。


誰かの役に立てる。

ただの貧しい村の出身の僕が、王国の為に戦えた。


傷を癒して、再び剣を振るうアルトを見ていて、誇らしかった。


「思い出話をしに来たのか?」

「ああ。そうだよ」

「くだらない。女を抱けるわけでもない。憎い相手を斬り殺せるわけでもない。お前の頭はイカれてるな」

「お前は割と最初から女好きだったもんな」

「お前の顔を見てるより美少女の指先だけでも拝んでる方がよっぽど愉しいね?」

「指先フェチか……」

「違ぇよ殺すぞ?」


ああ、本当にくだらない。

笑ったのは久しぶりな気がする。


「なぁアルト、ルエナとシた時どうだった?僕がそう仕向けたけど」

「死ね。なんで俺があいつに犯されなきゃいけないんだ」

「それも復讐だったからだよ。あとは、ルエナがお前の事を好きだみたいだから」

「本当に最悪な復讐だ。胸糞悪い」

「その割には愉しそうにだったけど」

「んなわけないだろ?」


……本気で怒ってる。

まあ、そうだろうな。

手足をもがれて、好きな人の前で幼なじみに犯される。


男からすれば「女に腰振られて死ねるならいいじゃないか?!」なんて下品な皮肉を言う人もいたりはするかもしれないが、そんなロマンスの欠けらも無い行為が楽しいわけはないだろう。


「ほんとにお前はイカれてる」

「こうなったのはアルトのせいだ。君が悪い」

「俺じゃねぇ、お前だクロム」


どこまでいっても平行線。

もう、どうしようもないのだろう。


「……僕ね、考えてたよ」

「……」

「最後に、どうやってアルトを殺すか」

「お前が死ね、てか死ぬ前に俺の身体を治して死ね」

「民の前で見せしめとしてじわじわ殺すとか、アスミナにひたすらナイフとかで刺してもらうとか、魔物に喰い殺してもらうとか、あとは拷問の延長戦でどこまで死なないか、とかね」

「笑いながらクソみたいな事を言うお前は人間じゃねぇな」

「もう人間じゃないし」


そう笑いかけて僕はゆっくりとアルトに近付いた。

手も足も出ないし、手も足も無いアルトは、ただもがくだけだ。


「君の血はあんまり美味しそうではないけれど、君への最後の罰であり、僕の罪だ」


そうして僕はアルトの首元に噛み付いた。


「クッ……ソがあぁぁぁ!」


ニーナから吸った時よりも強く深く噛み付いた。


不味い。

酸味が強すぎる。

血炎術式の影響だろうか?


それでも僕はアルトの血を啜った。

僕の顎に滴り落ちるアルトの力が、服を汚していく。


「お、ま……え、許さ……ねぇ、ぞ……」


徐々に力が抜けていくアルト。

それでも僕は力を弱めない。


「クロムさん!やめてください!」


視界の隅にアスミナの姿があった。

薄暗い中でも彼女のオーラはあたたかい。


「アス、ミ……ナ……」


虫の息のアルトは名前を呼んで息絶えた。

アルトは死んだ。

アルトは殺した。

僕が殺した。


「……クロムさん!」


アスミナを無視して僕は僅かに覗く月を見た。

力が抜けて、両膝をついて淡い月の光を頼りに掌の五芒星を見た。


「……終わったよ」


アルトの血が、身体を満たしている。


「クロムさん」


アスミナに抱き締められて、僕はアスミナの胸の中に埋まった。


「……私も、貴方の罪を背負います。ずっと。貴方に恨まれても、憎まれても、裏切らても……」


力が入らなくて、あたたかくて、辛い。


「だから泣かないで」


泣いていた事に気付かされて、余計に溢れて泣いた。


どうしてアスミナはこんなにも僕に優しくし続けるのか分からなくて、でも離したくなかった。



☆☆☆



「……どこから聞いてたんだ?」

「クロムさんが思い出話を始めた辺りからですね」


僕はアルトを抱えながら山の中を歩いていた。

アスミナにも付いてきてもらっている。


「アルトは指先フェチだそうだ」

「さっきそれ否定してませんでした?アルトさん」

「認めたくない性癖の1つもあるだろう?多分」


アルトを殺して、泣いて、なんだか吹っ切れた。

あの頃のように穏やかな心ではないし、復讐心に燃える僕でもない。


空っぽもいいとこで、酷くテキトーだ。


「それよりクロムさん、どこへ向かってるんですか?」

「最後の復讐だ。……着いた」


グラルバニアを見渡せる丘の上。

月が綺麗に見えるいい場所だ。


「お墓、ですか」

「既にルエナとルークはもう眠ってる」


ルエナの杖とルークの剣、そしてそれぞれの石碑に名を刻んである。


「アルトはここだ」


既に刺さっているアルトの聖剣の傍に僕はアルトを埋めた。


「こいつらへの最期の復讐だ」


アスミナが静かに僕を見た。

悲しそうに微笑んだ。


「こいつらには、ずっとここでグラルバニアの繁栄を見続けてもらう。死んだくらいでは赦さない」

「クロムさん……」

「そこでずっと見てろ」


これで終わり。

ようやく僕の復讐は終わった。


「じゃあ、僕は行くよ。ヴィナトたちの墓も作ってやりたい」

「ええ……」


まだやる事はたくさんある。

主に後仕事だけどな。


「クロムさんっ」


呼ばれて振り向きざまにアスミナの唇が触れた。


「また、逢えますか?」


上目遣いでそう聞いてきた。


「魔族と人間が共に暮らせる世界を創るって言ってただろ?それをお前が望む限り会える」

「……はい」


月明かりがアスミナの横顔を照らして、涙が頬を伝うのか見えた。

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