親離れ
「ところで、子供はどこへ行ったんだ?」自分語りの終わったマティエが、部屋の中を見回してようやく気づいたっぽい。
実を言うと、チビはイーグの家にお泊りに行かせてたんだ。そう、さっきあいつが家に訪ねに来たときにお願いしてな。
「そうか、あれほどお前にべったりだったのにな……」ちょっと嫌味にも聞こえちまったんだが、こいつにとってはこれが普通の言い方なんだろうな。
っと、チビのことなんだが、この女の言う通り、ずっと俺にくっついたままじゃいつまで立っても親離れできそうにもないって、旅の途中でイーグが俺に話してくれて……それが発端だ。
そういえばそうだったな、時たまフィンと遊ばせているくらいで、こいつにはそれ以外友達って言える存在は皆無だった。
思い返してみれば、これって俺と親方の関係とほとんど同じかも知れない。
唯一の親にして仲間が親方だけ、あとはずっと誰にも合わずにひたすら特訓と修行の毎日だったし。
けど今は幸いにも情勢は落ち着いている。いつまでも俺はチビの親方じゃいけないんだ。
だからってことで、手始めに子沢山のイーグの家に遊びに行かせてみた。
結構人見知りの激しいチビだったが、わんぱく盛りのボア族の子どもたちにはチビはちょうどいい年齢の弟分に見えたらしい。
ゆっくりだけど、あいつは溶け込んでいった。
そしてついさっきのこと「チビ、今夜イーグのところに泊まりに行ってみるか?」って思い切って聞いてみた。
最初は泣きそうな顔で俺のことをじっと見ていたが「大丈夫、寂しくなったらいつでも帰ってきていいからな」と話したら、すっげえカラッとしたいい笑顔で「うん!」って言ってくれたんだ。
「なるほど……そうやって少しづつ子供は成長していくんだな」
そう言って、マティエはベッドの上で膝を抱え、窓からのぞく空をずっと遠い目で見つめていた。
あんまり詮索はしたくはないのだが、こいつが時々語る自分の過去のことを聞いていると、俺にも似た厳しく育てられた思い出しかないのかな、なんてちょっと同情したくなってくる。
そうだ、こいつにも「子供として」の思い出は皆無なのかも知れない。
「もう少し寝てろ。夕飯食えるんだったら起こしてやるから」
「いいのか? ご厄介になってしまって」
構わねえさ、と俺は一言だけ返して部屋を出た。
………………
…………
……
ルース……いや、本名ルース・ブラン・デュノは俺たち獣人の中でも有数の、由緒正しい生まれだったそうだ。
薬学に秀でたその知識を活かし、王族に代々使えていたデュノ家。
しかしそれは、あくまで「黒い毛並みの」血族。
長男のルースは、あろうことか真っ白な毛で生まれてきた。
忌み子として消されるはずだったルースは、かろうじて母親とともにデュノ家の隔離された屋敷で、母以外誰にも会うことのない生活を送ってきた。
大量の本の積まれた、倉庫同然の離れで。
そんな毎日を送っていたルースのもとに来た初めての、よその世界の存在。
ルースとは真逆の真っ黒な毛並みに屋根まで届きそうなほどの巨躯。そして身体中に刻まれたいくつもの傷跡。
家の誇りとしての巻き角を失ったそいつが出会った小さな存在。それが……
「ルース・ブラン・デュノ様。今日から専属の教師としてお伺いすることになりました」
「おまえ……名前はなんと言うんだ?」
「マティエ・ソーンダイクと申します……以後お見知りおきを」
二人の目には、全く光がなかったらしい。
そう、未来なんてものはこのときのルースたちには全く見えていなかったから。
まあ、そこから先は言わなくたってわかるよな。
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