帰者の儀

「サパルジェ=ジャジャ。トガリのいる紅砂地……いや、アラハスすべてを統べる長老だ。年齢はおそらく数百才を超えている……」

驚きで目を丸くしたままのルースが、俺に説明をしてくれた。

しかしなあ、年齢だったらナウヴェルだってかなりのもんだぞ。正直なところそれほど驚くほどでもないし。

「アラハスはともかく、この世界の香料の流通はあの方が掌握してると言われているんだ」

うん……全然そんなには見えねーけどな。普通に飄々としたジジイにしか。


しかしよく見ると、あのサパルジェとかいうジジイ、収穫祭のときに街のみんなで担ぐ神輿みたいな椅子に座ってやがる。ひときわ背が高く見えたのはそのためか。

「リオネングの使いの者たちよ、この度は遠路はるばるよくお越しくださった」

通り一遍の挨拶はそこそこに、ジジイは「じゃがな」と長い自分のヒゲを撫でつけた。

「本来ならここで手厚く歓迎をしたいところじゃが、あいにく今回はそこにいる……ドゥガーリ。そいつを連れてきたからには、少々勝手が変わってしまうことを、まずは許してもらいたい」

俺の隣にいたトガリはというと、ずっとひざまずいて頭を下げたまま、いや、あの弟たちも同様の格好でいる。

どこまで偉いやつなんだ……いや、ドゥガーリってたしかトガリの本当の発音だったっけか、久しぶりに聞くんですっかり忘れてた。

「ドゥガーリ、ここへ戻ってきたからには、例のことに関しては覚えておるであろう?」

ジジイがトガリに鋭く言葉を放つと、あいつは小さな声ではい……と答えた。地面を向いたままで。しかもすごい汗をかいているし。

「まずはドゥガーリには、帰者の儀を受けてもらう。お主らを歓迎するのはそれからじゃ」

サパルジェの態度でかいジジイは続けた。もちろんその儀に勝とうが負けようが俺らが持ってきた物資の交換はきちんと行う。だがトガリはこの地に二度と戻ることを禁ずる……と。

何なんだ一体、そのキジャのギなんて全然俺らは聞いてなかったぞ!? トガリはともかく、ルースや他の連中もだ。それに負けたらトガリを追放っていうのもなんか唐突すぎて。


さらにサパルジェは続けた。

つーかこのでけえ態度。俺はもうさっきっから頭にきて、このジジイからなにから全員殴り飛ばしたくなってきたし。

「お主の母プラジェ、そして使いのものから聞いたぞ。なんでもリオネングで料理人として働いておるとか」

「は、はい……まだ見習いの身でありますが」

トガリのささやくような小さな答えに、サパルジェの目がちょっとだけ細くなっていた。

まるで喜んでそうな、そんな感じ。

「うむ、そこでじゃ。帰者の儀ではお主の腕前を駆使した料理で対決してもらうこととした。対するものは……わかっておるな?」

トガリが震える声で「母さん……」とつぶやいた時だった。

サパルジェのジジイの隣から……うん、トガリによく似たモグラが二人、俺たちを威圧するような目つきで現れた。

「お主の母プラジェ。そして父ドゥーガザエが補佐を務める。期限は紅の月がまたここを照らすまでの一日じゃ」

トガリと同じ、長く鋭い爪の先が、岩山の真上を照らす月を指した。よく見るとほんのり赤くなっている。普段は真っ白なお月さまなのに。

「プラジェはお主ら使いの者たちへ、そしてドゥガーリは我々へ、それぞれの舌を唸らせる料理を作ること。食材はアラハスにあるどれを使っても構わぬ。よいな?」


「ドゥガーリ」すると、ジジイの隣にいた……よく見分けはつかねーが、声からしてトガリの母ちゃんらしい奴が、一歩前へと歩み出てきた。

「あなたの噂は出入りするキャラバンからも聞いているわ。あなたは私にとっての誇り。でも来るのが早すぎた」

トガリの母ちゃん、プラジェは、他の連中よりも短く丸い両手の爪を、ぎゅっと胸の前で合わせた。

「あなたが彼の国の大臣であろうとなかろうと、いまは帰者であることには変わりない。だからこそ親子の縁をここで切らせてもらうの……この意味、分かるわね?」

そう話す母ちゃんの傍から、今度は長い口ヒゲの……父ちゃんが話してきたし。

「ドゥガーリ。どのくらいお前が成長したのか知らぬが、この俺たちを倒すつもりでかかってこい!」


「……あなた、私がきちんとあの子に言いたかったのに、いきなり口を挟まないでもらえますか?」

「あ、いや……家長である俺がこういう場合ビシッと言わなければ……と」

「出しゃばらないで! 第一にあなたは今回、私のお手伝いなんですから。きちんと私のいうことを聞いてもらわないと!」

「だから家長はこの俺だと言っておるのだ、あいつに感情の赴くままに話すなとあれほど言ったじゃないか!」

「縁を切ろうが切るまいがドゥガーリは私たちの子供です。それすらも分からないのですかこの岩石頭が!」


「あ、えーっと……まあとにかくドゥガーリには期待しておるぞ。以上じゃ!」

突然はじまった夫婦喧嘩を傍に、呆れ顔のジジイはそそくさと戻っちまった。なんなんだ一体。


「トガリ、お前の親っていつもあんなに仲悪いのか?」

ジジイが居なくなってもまだまだ岩山のステージ上で、夫婦喧嘩ショーは続いていた。

いやもうここまで来ると俺がさっさとあの二人を殴り飛ばして黙らせたい気分なんだが。

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