0-11 別離、はじまり

どんだけ長い間熱でうなされてたんだ。俺にしてみれば一週間くらいかなと思ってはいたんだが、目覚めた後でジェッサに聞いてみたら、たった一日だけだったそうだ。

もちろん夢なんかじゃなかった。現に俺の左足は足首の上あたりで無くなってた。

しかし、痛みとか絶望なんかより、どうやって街に戻ろうかって思いしか頭にはなかったさ。

いや、それよりまずはジェッサの方だ。あいつの姿を元に戻す方法を探さなければ。


「ガンデ、ここで私たちは別れよう」


だが彼女の口から出た答えは、俺の予想とは全く違っていた。

「なんでだ? 俺と一緒に元に戻れる方法を……」

「無理だ。だから別れようと言ったんだ」

オルザンの怒りは死ぬまで戻らない。それが彼女の村に代々伝わる教えなんだとか。

もちろん村になんて戻れるわけはない。それにリオネングに戻ったところで隠し通せるわけはない。

見つかったが最後、異形の者として処刑されるのはどうみたって明らか。ならば自分はどこか遠くでひっそりと暮らそう……と。それが彼女の選択だった。


「このチビはどうするんだ?」

ジェッサは言う。この子はお前が育てろと。

冗談じゃねえ。第一ガキなんて今まで育てたことも預かったこともないっていうのに。俺一人でなんて無理だ。だったらお前と……一緒に。

ベッドの上で、ジェッサは小さな声ですまないと答えてくれた。

それだけだ。夢のような家族なんて、本当に夢物語だ。

「あの老婆が言ってたろ。この子はお前にとっての宝にもなる可能性があるって。だからお前が育てるんだ。父親として」


以前話してくれたろ、いつか傭兵ギルドを立ち上げてみたいって。今がその時なんじゃないのかって。

確かにそうかもな。何よりもこの短くなった左足じゃもう戦いへ赴くのは厳しいかもしれない。だからこそ、これを機に戦場に出る側から支える側に転職することにすれば……

「ンでもって、こいつを鍛えて俺の代わりに稼がすってワケか」

「お前の自由だ。だがその考えはいいかも知れんぞ」


それが、ジェッサの笑顔を見た最後の夜だった。


……………………

………………

…………

……

なけなしの金をはたいて馬を二頭買った。

一方はジェッサに、そしてもう一方は俺が。

彼女はどこに身を置くのか最後まで話してくれなかった。まあ俺が認める最高の剣士だ。どこへ行っても行き残れるだろうさ。

「また会うことができるか……?」

「運命次第さ」いつもの素っ気ない、けど的を射た答えだった。

それでいい。共に生きていればいつかは会える機会も来るだろうさ。


そうして彼女はさよならも言わず、星空の地平線の向こうへと姿を消していった。


さて……

オルザンでの唯一の収穫でもあり、俺が戦士としての生命を捨ててまで手に入れたこの獣人の子供。

最初は別にどうとも感じなかったが、こうやって見れば見るほど心の底に愛着に似た妙な感情が湧き出てくる。

満月の空の下、チビを掲げて身体の隅々を調べた。

「……ああ、いい肉付きと鼻っ柱の太さだ。これならガンガン鍛え上げることができそうだな」

まんまるな目で不思議そうに俺のことを見つめている。

そうだな、これからはこいつが俺の息子……ってことか?


「いいかチビ、今日から俺はお前の親父……」


いや、ちがう。


「今日から俺のことは、親方と呼べ。わかったな」

「おやかた……?」

そうだ。親父でなく、親方。

これからイヤってほどお前を鍛えてやる。

だけどそれ以上にうまい飯をたらふく食わせてやる。そうだ、すべてはお前が……


強い戦士になるためにな。

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