0-8 生き残り

それほど広くない部屋。

周りを見てきたジェッサが言うことには「死体だらけだ」と、そっけない一言。

「こいつのほかに生きてるのはいるか?」

子供を持ったことないからいまいち分からないが、恐らく年齢にして2.3歳……いやもう少し行ってるか?

犬系の獣人としてはお目にかかったことのない暗緑色のやや硬めの毛に、ピンと立った耳。それに大きな尻尾。

有り体に言えば普通の獣人のガキって奴だ。

だが……一体なぜこんな変な場所に、しかも死体だらけの部屋でひとり泣きじゃくっていたのか。それが妙なんだ。

血溜まりをびしゃびしゃ踏みしめながら、ジェッサが戻った。

「虫の息の老人ひとりだけだ」

さらにおかしなことに、部屋の中の死体はみんなカラカラに干上がった状態だとか。

ジェッサがそう言って俺の前にその一人をポイと投げ出した。

焦茶のフード付きのローブを身にまとっているその人間の死体は、確かに全ての水分を吸い取られたかのように軽く、そして骨にかろうじて皮膚を貼りつけただけのミイラ状になっていた。

なんだってんだ一体。こんなカラカラな死体にするには、砂漠で一年くらい放ったらかしにしておかないと無理に決まっている。まさか死んだ途端に干上がったとでもいうのか……?

「おい、おまえなんか知ってるか?」

ようやく泣き止んだ犬の子供を抱き上げ、俺は聞いてみた。

こいつ……めちゃくちゃ臭い。普通の獣人ですらここまで臭わないぞ。生まれてずっと風呂も水浴びもさせなければ、これほどまでに臭くはならないくらいだ。

「……?」だが、俺の言葉に小首をかしげるだけだ。

もう一度聞こうとしたが、ジェッサが手で制した。

「言葉を知らないのかもな」

あーなるほど、そういうことか。


仕方なく俺たちは、生き残った老婆に聞いてみることにした。

もちろん、お宝があるかどうかも忘れずにな。


「オ前タチ、ドコカラ来ナスッタ……?」

フードに半分隠れた双眸からはおびただしい量の血が流れている、両目を潰されたのだろうか。

「リオネングだ、知っているか?」

「ア、アノ……兄弟王ノ国。マダ生キテオッタトハナ」

言葉を絞り出すたび、ごぼごぼと血の泡がローブの胸を染めていく。

「教エテクレ、今ココニハ誰ガ残ッテイル?」

「ああ、犬のガキが一人だけだ。あとはみんな干からびちまってる」

ふと、老婆の口がわずかに微笑んだように見えた。

「ソウカ……ソレハ良カッタ」

いやまあそれはいいとして、俺からも聞きたいことが山ほどある。こんなガキより欲しいものはたくさんあるんだがな。

「宝……ソンナモノハナイ。シイテ言ウナラ、ソコニ居ル子供ガ宝ダ」

ミイラ化した手の指が、弱々しくガキを差した。

「どう言う意味だ?」

「守ッタ甲斐ガアッタ……イヤ、オ前タチガコノ子ヲ育テルモ捨テルノモ自由。ダガ信ジテクレ。オ前ガ命ヲ削ッタ分ダケ、コノ子供ハソレニ見合ッタ宝トナルデアロウ」

そう言うと、老婆の身体が、みるみる間にしぼんでいった。

なんなんだこれは……血の詰まった風船みたいだ。

それに、このガキが宝になるなんて、いったい……

「おい、おまえの他に誰かいるのか? この神殿からどうやって出られるんだ! それだけ話してくれ!」

だが老婆はそれには答えず、しなしなと他の死体のように力なくくずおれていった。

「任セタゾ……地上ノ者ヨ」


生命を振り絞った言葉が、途絶えた。

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