生ける神として

彼女……ディナレがリオネングの王妃に選ばれ、それが引き金となってこの国が分裂したこと。自分はどこで聞いていたのだろうか。所詮は叶わぬ夢。わずかに心の隅に感じていた想いも微塵と消えた。

そして、彼女が自身のあの、美しい顔に傷を刻み込んだことも。

その行為がいつしか神格化され、行方も知れぬ彼女は聖女として祀られることとなった。


自分が戦場で暇潰しに彫っていた木彫りのディナレ像は、いつ果てるかも知れない名もなき兵たちのお守りとして尊ばれていった。

それを握りしめたまま命を散らしたものも数多くこの目に刻んできた。


自分はこの頑強な身を戦場にさらし続け百年以上の時が過ぎ、彼女の面影すらも白い霧のように霞んできた、そんな時だった。

「それがお前だ」

「はあ……ずいぶんとなげえ回想だったな」

いや、こんなやべえ時にずいぶんとのんきに話してるよなこの爺さん。と思って。

「ここは安全だ。もうすぐ潮が引けば仲間たちのいる島とも地続きになる。その時に私が連れて行ってやるさ」

「……よくわかんねーな」

「まあとにかく、ここは島のみんなが渡っていったところとはまた違う場所にある島なんだ。ナウヴェルは倒れていた僕らをそこまで運んで来てくれたってわけ」

ルースはそう言ってはいるが、島ってそういう作りなのか? てっきりデッカい岩が海に浮かんでいるもんだとばかり思ってた。


でもって、また話は爺さんの思い出話に戻る。

潮が引くのはもうちょっと先らしいし、他にすることも無いしな。

…………………………

……………………

…………

まだ大した年齢でもない。しかしその身体は一流の戦士に勝るとも劣らない。そんなお前の姿をマルデで見て、一瞬ディナレが私たちの元に現れたのか。と錯覚したものだ。

懐かしい想いはいつも唐突。

この戦いを最後と心に決め、それを告げにディナレ教会に行った時だった。

一人教会で祈りを捧げていると、あの懐かしい声が耳元で聴こえてきた。

「どうしてもマルデに行かれるのですか」と。

「ああ、そして私は身を引く。もう疲れたからな」

「ならば、あなたにお願いがあります」

彼女の言葉……マルデに自身が姿を現すことと、そして自分によく似た傭兵が来るだろう、と。

その二つの意味も接点も残念ながらディナレの声は教えてくれなかった。

私はその言葉で察したんだ……マルデに行ってすべてを目にしろと。


マルデで私はいつも通り、先陣の露払いをする戦車の役目を担った。前面に重い鉄の鎧を釘打たれ、重鉄棍に鉄球と。私でなければ使いこなせない武器だ。

「よお、オッさんディナレに会ったことあるんだって?」

この巨体のおかげで戦場ではたくさんの人に声をかけられた。生き残りである私はある意味、生き神として思われているのかも知れない。

そう、この名もなき男は次にこう言うだろう。

「触ってもいいかい? オッさんの幸運にあやかりたいからさ」

そうやって、リオネングの男たちは次から次へと私の身体に触れ、小さく願いをつぶやくのだ。


「生きて帰れますように」とな。

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