心、硬くして
…………
なんか変な気分だ。俺たち五人で、一人の女をずっと見続けている。
それも相手は牢屋の中だ。ずっとベッドで半身起き上がった状態のまま、きょろきょろあたりを見回している。
「別におかしくは見えないんだけどな」そういうやいなや、しーっと、ルースが人差し指を口に当てて注意してきた。
大きな声は出すなって言われてた、そうだった。
なるほどな、俺たちは彼女を監視しているのかもしれない。
彼女とは……あのいけ好かない女、マティエ。
なにがあったのかは知らないが、俺たちは牢獄の壁面に設けられた監視用の隙間越しに、あいつの姿をじっと見ているんだ。
ルースに来いと言われた先は、そんな特別な牢獄。
あいつが言うには、特別な罪人のために作られた部屋だとか。けど俺に言わせたら全然他のと変わりないように思えるけどな。
「……だいぶ落ち着いてきた。一昨日の夜は錯乱して暴れまわって大変だったんだけどね」
今の彼女の様子をじっと見続けていると、なんだろう……不思議なことに、あいつ特有の険しさが全然伝わってこない。
まるで魂が抜けているような感じこそする……何が起きたんだ、あの女に。
「二人で話し合って、ディナレ教会へ行ったんだ」
「秘蹟を受けに……ですか?」
エッザールの答えにルースの目がまん丸くなった。なぜそれを知ってるんだ、って。
やっぱり図星だったのか……まあなにを記憶の奥底から引きずり出したいのかは、俺にだって分かる。
「実は、彼女がオグードの秘蹟を試すのは、これで二度目なんだ」そうしてルースは訥々と話し始めた。
「僕も知らなかったんだが、マティエが小さいころに、彼女の祖父が受けさせたらしい。騎士の家系であるソーンダイク家に代々伝わる儀式だということでね。乗り越えられたものこそ、真の騎士となれる……それが家訓のひとつなんだとか。そして彼女は無事生きて帰ることができた」
「優しさを犠牲に、さらに心を硬く……ね。残酷よ、ここの一族は」ジールが冷めた言葉で割り込んできた。
「そう、自身の心を全て捨てて、マティエは騎士としての道を歩んだんだ……けれども、僕は彼女に惹かれたんだ。いつか、頑なな心を開いてくれることを信じて」
「思い出話の途中で悪いが、なんで俺たちは会うことはできねーんだ?」
ルースの感傷に耳を傾ける気は、今現在の俺には無い。俺が知りたかったのは、あの女がどういう状態に陥ってるのかということ、ただそれだけだ。
「そうです、ラッシュさんのおっしゃる通り。私もそれを一刻も早く知りたいのです」
「人間ならば大丈夫。獣人は……今は無理だな」
俺たちが来た扉の方から、年若い声が聞こえてきた。
かつんかつんと、上質そうな靴音を響かせて。
「シェルニ!? 一体何故ここに……」
以前聞いた名前に、暗がりでもふわりと輝く金色の髪。そうだ、あいつは……
「えっと……あんた王子だっけ?」
そいつはぷっと吹き出し「そうだよ、ラッシュ」と快く返してくれた。
ネネルといい、なんか硬さを感じさせてくれないその佇まい……あ、いや。公の場では違うんだよな。俺はあっちの方がとにかく苦手だし。
「タージアならおそらく大丈夫だろう。会ってみるかい?」
「わわ、私……がですか?」王子と言えどもやはり人間。タージアはまたしてもジールの背中に隠れながらおどおどと聞いていた。
「ああ、そしてここにいるみんなもその目で確かめてほしい……マティエがどのような容態なのかをね」
「……だれかいるの?」俺たちの会話が聞こえちまったのか、牢獄のベッドにいるマティエがこっちに話しかけてきた。
やっぱり、あいつ特有の険しさは、その声にも存在しなかった。
「え、っと……私、やっぱり……」
「タージア。君になら分かる」
えっと短い声を上げた彼女は、そのままじっと王子の目を見つめていた。
「セルクナの血を引く君になら、絶対分かるはず」
「……わかり、ました……」
「え……シェルニ、まさか君はタージアのことを知って……!?」セルクナ。その言葉にルースが激しく動揺していた。
「とっくに分かっていたさルース。あのとき、君が彼女をここで匿った時からね」
王子とルースは何を話しているんだかさっぱりだ。っていうかルースって彼女をとっかえひっかえするのが趣味なのか?
とりあえず王女の説得が功を奏したのかは知らないが、タージアは一人部屋を出て、マティエのいる牢獄へと足を進めた。
……だが、牢のカギを開けることだけは許されなかった。
それが極めて危険だということも併せ持っていたから。
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