異形 1

いつも通りに飲んでたからラザトのやつも上機嫌だ。んじゃ最初はもちろん……


「いい知らせの方から教えてくれ」

「おう、例の件な。お前の無罪が確定したぞ」

「え……本当か!?」俺の後ろではトガリとエッザールが「よかった〜!」と喜びの声を上げている。

しかし、あれだけ親方の書庫の記録をひっくり返しても分からなかったのに……いったいどうやって探し当てることができたんだ?


「リオネング城内にある書庫からだ。俺の知り合いがそこの管理に携わってるんでな。いろいろと手を回して中に入らせてもらったってワケさ」

あのお城の中にそういうところがあるなんて知らなかった。まあ王様とかがいるんだし、戦争やらめでたいことやら逐次遺してゆかないとだめなんだろうな。


「リオネング城のアーカイブ……ですか」

「ああ、察しが良いなエッザール。まさにそれだ。特にこの百年戦争においての記録は数が多いし事細かに記載されている。まさに最後の砦ってところだな」

なんなんだアーカイブって……また分からねえ言葉で俺の頭がこんがらがってきそうだ。


で、その記録とやらにはどう書いてあったんだ。と俺がいうやいなや、ラザトは一番大きなテーブルの上に、字がびっしりと書かれた紙を広げ始めた。

「持ち出し厳禁だからな。載ってるとこを一通り書き写してきた」


……いや、ラザトってこんなに流麗な字を書くのかって思えるほどに、俺は一行も読むことができなかったワケで。

「バカ犬には無論読むことできねーわな。難しい言葉だらけだし」ラザトの言ってることって、皮肉なんだか嫌味なんだか。

「いや、これは私にも読めませんね」エッザールお前もか。


ってなことで仕方なくラザトが解説してくれることになった。

「……今から約10年くらい前のことだ。バカ犬。お前オコニドの掃討でパデイラって国境付近の街へ行ったことがあるはずだ」


知 ら ん。


思 い 出 せ ね え。


街 の 名 前 ま で いちいち 考 え た こ と な い し。


「まあ、お前の馬の糞程度の記憶力だ。さっさと忘れてるとは思ってたけどな……まあとにかく、その街をオコニドの連中が占拠して住民を皆殺しにしたって情報が流れてきて、王はすぐさまパデイラに軍を派遣したワケだ。だが……」


ラザトは、その一切が書かれてある文章をスッと指でなぞった。しかし俺はその字すら読めるわけでもなく……


「この前のマシューネ軍壊滅の一件と同じだ。百人規模で行ったのにもかかわらず、二日後に帰ってきたのはわずか二人。しかもそのうち一人は精神的に非常に不安定に陥って、ずっとなにかにひどく怯えている様子だったそうだ」

「で、もうひとりは……?」

「ああ、つまり唯一の生き証人だ。そいつが言うには、街にオコニドの連中は誰ひとりとしていなかったそうだ。そして街の住民も」


どういうことだ? 誰かしら敵がいなけりゃ全滅なりしないはずなのに。俺はそこをラザトに問いただした。


「ああ、オコニドは確かにそこにはいなかった。だが別の存在がいたんだ」

ぐいっと酒を瓶ごとあおって、ラザトはまた続けた。

「……俺たち人間とも獣人とも違う、異形の姿をしたバケモノが一匹、その街を闊歩していた」

「私達が倒した人獣とも違う存在……ですか?」

「ああ、でもってその生き残りから聞き出したバケモノの姿っていうのが……」

ラザトは紙を裏返すと、そこには……


子供の落書きのような生き物が、紙いっぱいに描かれていた。

顔こそ俺と同じ突き出した鼻面をしているが、耳の後ろからは太い一対の角が生えていて、しかも腕は四本。エッザールのそれをさらに太くしたような、鱗に包まれた尻尾

そして背中には大きな翼。

……なんなんだこれ、見てて思わず吹き出しそうになっちまった。


「落書きじゃねえぞ。俺の知り合いにきっちり模写してもらったものだ」

その言葉を聞いて、こみ上げてきた笑いも瞬時に凍りついた。

「でもって身長も5ハールを有に超えていたそうだ……ちょっとした2階建ての家と同じくらいの高さだな。そんな想像すら追いつかないバケモノが、街を闊歩してたんだ」


俺の背中に、ぞわっと冷たいものが走った。

人間とも獣人とも違う存在……しかも巨大な身体って、まじで理解が追いつかねえ。


「パデイラの住民も、オコニドの連中も、さらにはリオネングも……のべつまくなしに」

ラザトが俺たちにニヤリと笑いを向けた。だがそれは嘲りとも悪戯ともつかない顔で。

まるで俺たちに「おもしれえだろ?」と言わんとしているような、挑発的な笑顔だった。


「そいつら全員、このバケモノが食い殺したんだ」

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