見えない声

足元に落ちていたパンを黙々と口に運びながら、俺は意識の内で奴らとの戦いを予測していた。

ジールもエッザールも、そして俺も装備は万全。メシ食ったばかりだから体調も充分だ。

しかし、この前の洞窟での戦いからして、人獣どもはかなりの数で攻めてくるだろう。百……いや、千人以上か。さらにこっちはトガリたちを守らなければいけない。あの時以上に不利かもしれない……まあ不利であればあるだけ胸がワクワクするんだけどな、傭兵っていう職業は。

「……悪いな。俺にしか聞こえなかったようで」

どうやって二人に言い訳していいか、流石に迷った。

「いいよ、こんなの慣れてるし」

「ラッシュさんはウソはつきませんからね」

ごめんエッザール。何回かウソついたことあるわ俺。


とはいえそんなくだらない会話もそこまでだ。今度は……

ーミツケタ。


ーミツケタ。


ーイタ チイサイヤツ。


ードッカニキエタ。


ードコダ ドコダ!


不快な甲高い声は一つの塊となって、俺たちを取り囲みはじめてきた。

「なんか……変な声がいっぱい会話してるね」

「ジールさんにも聴こえましたか」

「うん、以前聞いたことある……間違いない」


そして、高まった緊張感はやがて焦りに。焦りはだんだんイラつきへと変わっていく。


何かを探している……が、一向に襲いかかってくる気配がない。じらしてるのか。それもまた奴らの作戦なのか……


くそっ、とエッザールが珍しく歯噛みした。紳士的なこいつでさえそんなイライラを隠せない。やべえな。こういう持久戦は俺も大の苦手だ。


どのくらいの時間が経っただろうか……だんだんと声が小さく、そして数が減ってきた。

気のせいか……いや、分かる。この場から去ったような、あきらめてしまったかのような……

だがそれこそ奴らの思うツボかもしれない。

落ち着け。親方から習ったことを思い出せ……

気配が消えても、頭の中で十を十回ゆっくり数えろ……って。それで大丈夫なら!


「トガリたちのとこに行くぞ!」

そうだ。撤収だ。追ってこないうちに全力で逃げる!

俺はチビたちの安全を。エッザールは馬を。そしてジールは待機しつつ、その場でゆっくりと下がって……と。

とにかく俺はチビが心配だ。トガリも心配だ。さらに人間アレルギーのタージアも心配だ。そしてそれ以上にフィンも心配なんだ。

俺たちを差し置いて、隠れているあいつらが逆に狙われたりでもしたら……


崖沿いに進むと小さな穴が見えた。周辺にはトガリが使っていたテーブルとかがあちこちに転がっている。

となると、この穴にみんな隠れているのか。


「大丈夫かお前……!」穴をのぞき込もうとした時だった。

暗闇からなにかが突き出てきて、俺の左肩をぐさりと刺し貫いた。

「た……ち……」


「え、うそ……ラッシュ!?」

目の前には、剣を思い切り突き出したフィンの姿が。

迂闊だった。こいつに「変な奴が来たら腕でもなんでもいいから斬りつけろ!」って忠告していたのをすっかり忘れてた。


ダメだ、今は声を上げるな。

「ラッシュ……ごめん、俺……おれ」


激痛で意識が遠のきそうになるのをグッとこらえながら、俺は精一杯の笑顔で泣き顔のフィンに応えた。

「ケガは……ないか?」

「ない、大丈夫……みんな平気……」

チラッと穴を見ると、ずっと奥の方にトガリにチビ、タージアが丸くなって震えているのが見てとれた。

よかった、あいつらには気づかれてないみたいだ。

「ごめん……ごめんよラッシュ!」


叱るな……叱るな俺。フィンは俺の命令にきちんと従ったんじゃないか。悪いのはその確認を怠った俺の方だ。

深く刺さった剣を引き抜き、自身に言い聞かせた。

そうだ。これは俺の不覚なんだ。フィンは一つも悪くない。

「よく聞け……俺はバケモノにやられたんだ。お前は俺を守って剣を振るったんだ。そうだろ?」

「い、いや、違う、俺がラッシュを……!」


「聞け、お前が守ってくれたんだ……な? だから泣くな。このくらいのケガなんて俺には大したことない。ただのカスリ傷だ」

「ラッシュ……」

「バカ、謝るな……お前は俺の言ったことにきちんと従ってくれたんだ。これっぽっちも悪くねえ……」


フィンにはトガリたちを呼びに行かせた。そうだ……早くここから離れないと、奴らが戻ってこないとも限らない。早く……早く。


トガリは血を見ると気絶しちまう。

チビには心配させたくない。

タージアも……だ。気づかれないように、逃げ……隠れ……







しかし、ちょっと……血が、出すぎて……ねえか……

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