マルデ攻城戦 5

昨夜は軽く雨が降ったからか地面がぬかるんでいる。おまけにまだ朝もやは消えてくれないし、あんまり好きな状況じゃない。


敵の方も……そうだ、まだ俺はこの頃オコニドって名前すら知らなかったんだ……城の防衛より俺らを排除するのを優先しているとのことで、かなりの数を城以外に配置していると聞いた。

厄介なことがだんだん増えてくるな。ってラザトの愚痴を延々聞いていると、俺たちの後ろからずんずんと重い足の響きが。

周りの傭兵連中もこれにはおおっと歓声を上げた。巨躯では誰にも引けを取らない獣人……サイ族だ。

背丈にして俺の倍くらい。しかも肩幅にしろ手足にしろ、まるで丸太を何本も束ねたような規格外な太さだ。


そして規格外といやあ……そう、その鎧のような皮膚。身体自体が自前の鎧だっていうのに、そこに専用にあつらえられた鋼鉄の鎧を、皮膚に直接釘で留めてあるって話だ。

「あいつがまず最初に敵地に突進して地ならししてくれる、バカどもがあいつに注力している隙を狙って、お前たちは左右別の地点から攻め入る作戦だ。しっかりやれよ」

なるほどね。サイは囮ってワケか……


腕をよく見ると、手首に太く長い鎖、その先端には同様に巨大な鉄球が付いている。聞いたところによるとあれが武器だそうだ。うん、あんな重そうなものを振り回されたら俺たちなんか粉々になっちまいそうだ。


そんな話をしていたら、そろそろ作戦始めるぞって声が白い闇の奥から聞こえてきた。当然ラザトと俺は一緒に行動。

とりあえずはあいつのこと見ておいてやらなきゃな……仲間意識なんてない。けど親方の大事な友達だし、死んでしまったらあとで親方に何言われるか……


傭兵連中の何人かは、サイ族の大男に何か言葉をかけながら、霧の向こうへと姿を消していった。

好奇心旺盛なラザトも当然あいつのところへ。何やってんだって、苛立ちを隠しながらも聞いてみた。

「あのおっさん最古参の重歩兵なんだ。もう数百歳超えてるらしい。だから声かけたり身体に触れたりして、みんなその恩恵にあやかりたいんだとよ」

オンケイ……? それは初めて聞く言葉だ。

「んー。つまり……気休めのお守りっていうのかな。触れることであいつが今までずっと生き残れた運をちょっとだけでももらえたらなって意味よ」

なるほど、よく分からねえ。でも適当にうなづいて流した。

お前もあいつに触ってくれば? って言葉に、もちろんいらねーよと一蹴。くだらねえ。そんなもんにいちいち頼るほど俺は弱くないし。


でもそんなバカな会話をしていたら……

なぜかあいつの方から来たんだ。サイのおっちゃんが。ずしんずしんとそのでっかい足音を響かせて。

見上げると……やっぱデカい。霧が頭の上にかぶっていることも手伝って、大男というよりはまるで雪が積もった山脈のように見えた。

しかもその大男がゆっくりと俺の前でしゃがんできて……そりゃあ俺だって焦ったさ。膝をついただけでもズン! と地面が揺れるし。


「……なるほど、お前か」野太く、けど小さく繊細な声。

これがサイ族の声か……初めて聞いた。


手首に鎖が結わえ付けられた太いその腕が、ゆっくりと俺の頭を撫でつけた。

俺みたいな獣人の指とはまた違う、だが、やはり同様に極太な、そして大きな爪の生えた3本指だ。こんなのに握られたら俺の頭なんてスイカみたいに簡単に潰されちまうだろうな。


けど一体、なんで俺のところなんかに……?


「あちらにいる部隊長から聞いたんでな。ディナレ様によく似た姿の獣人のおチビさんが、傭兵としてここにいるということを」

そのとき俺は初めてその名前を知ったんだ。ディナレって。あいにくその後きれいさっぱり忘れてしまったけど。

「よくわかんねーけど、おっちゃんの方も頑張ってくれよ。でもって一緒に生き残ろうぜ」正直どう返したらいいのかわからなかった。適当な言葉で、な。

大男は俺の言葉を聞いていたのかどうかは分からない……が、その巨体に見合わないくらいの小さな目が、なんか笑っていたような感じがした。

分厚い革と鉄の兜の奥に隠れて、ほとんどうかがい知ることすらできない、その小さな目が。

「ここへ来る前に教会でお告げを聞いた……近いうちにディナレ様が我々の前にそのお姿を見せるだろうと」

ぶっといサイの人差し指が、俺の鼻先にちょこんと触れた。

岩石のように硬い指先だったが、それでも親方のゲンコツのように芯が暖かかった。


「それは案外、お前のことかもしれないのお……ふぉっふぉっふぉっ」


耳の奥まで響くような太い笑い声を残し、そしてまた大男は俺の元から離れていった。

もうじきここも敵味方問わず、血の雨が降る惨状になるだろう。

だからこそ、最後にこの言葉を俺に言ってくれたのかもしれない。


ああ、あの頃の俺は全然その意味すら知りえなかったけど。


「狼聖母ディナレの加護があらんことを」

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