銘斧

ダメだ、どうやっても思い出せない。しかも身体中が痛いから誰かに何か聞くこともできねえし。


そうだ、痛みで思い出した。

マティエの奴はどうしたかと聞いたんだが、あいつはあいつで無理がたたって別の馬車の中で安静にしてるんだとか。それもそうか、あいつ女だったことずっと忘れてた。

それに俺の方も、マシューネ派遣軍の医者みたいなおっさんから、お前もしばらく寝とけと釘を刺されたし。

こんなに身体がバキバキに痛むほど動き回ったのなんて、生まれて初めてかも知れない。

情けねえ……耳の先から足の指まで全然だ。


「そういえば……ちょっと気になっていたのですが」

寝たきり状態の俺に、エッザールが話しかけてきた。

あいつもかなり負傷してるようだ、右腕は吊ったままだし、胸や腹にも血のにじんだ包帯が巻かれている。

「ラッシュさんのその斧ですが……もしや、ワグネル師が鍛えたものでしょうか?」

ワグネル……! こんなとこであいつの名前を聞くとは!

「お前、もしかしてこいつの居場所を……っていでええ!!」慌てて起き上がった挙句また激痛で倒れるし。くそお、なんなんだよまったく!

「なんだ? ワグネルシって?」

「ええ、名剣を鍛え上げし伝説の刀工にして鍛冶屋なのです。私の剣も同じく」


そういってすらりと俺に見せてくれた愛用のサーベル。まじまじと見たことなかったな、そういえば。

白銀に輝く刀身……しかも刃自体がとにかく薄い。うっかり触れただけでスパッと切れそうだ。

そして柄の部分にはカナヅチのような印章が刻まれている。エッザールによると、これがワグネルの業物を表す印なんだとか。

「ひと目見て確信しました。斧とはいえその透き通る銀色。それにあの切れ味……もしやと思いまして」

そう言われてみれば確かに。こいつ斧なのにめっちゃ切れ味最高だしな。斧だってのにスパスパ切れちまう。

ワグネルの作った武器はそれほど多くないらしい。しかも同じ得物はふたつと存在しないのだとか。

そして……白い。白銀なんだ。剣だろうと槍だろうと斧だろうと全てが白銀。なるほど俺のもだ。

ちなみにエッザールのそれも、あいつの家、先祖代々と受け継がれるものだそうだ。


……え、先祖代々!?


「ええ、私のこの剣はもう100年以上前から受け継がれています。かつて私の曽祖父が……」

「まてまてまて! 俺がワグネルの親父にこの斧作ってもらったのって、まだ一年ちょっとしか経ってねえぞ!」

その言葉に、エッザールの口が止まった。

「……え?」

「だから俺のこれはワグネルのじゃないはずだ。けど、作ったやつの名前はワグネルなんだよな……」あの仕立て屋もワグネルって言ってたし、この斧の切れ味も誰もが認める業物。そして刻印だってエッザールは認めてるし。

「俺の斧を作ってくれたのなら、そのワグネルっておっさん……いったい何歳なんだ?」

「……曽祖父が伝え聞いたところによると、もうかなりの年齢の……老人だったそうです」

マジかよ。エッザールの話が本当なら、あの親父はすでに俺と出会った時点でもう人間の寿命をとっくに超えてるってことだ!


一体なんなんだあの親父は……俺の石のような頭で考え尽くしたって、謎しか出てこねえ。

だが……俺の斧を作ったのが、もしニセモノのワグネルだったとしても……だ。この切れ味に俺はずっと助けられているんだし。そう、俺にとってはこれは名剣そのもの。

ここ最近すっかり忘れてたが、また面白くなってきたな……!

追い詰めてやるぜ、この親父がたとえ本人だろうと、ニセの鍛冶屋であろうとな。


「よっしゃ! 見てろよ……っていでええええ!」


条件反射でつい跳ね起きちまった……ぁぁあ。



まずは一刻も早くこの身体を治さなけりゃな……つれえ。

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