鬨の声

ちなみにマティエいわく、今回の作戦は失敗なんだとか。

理由は簡単。相方の騎士の裏切りですべてが台無しになったっていうことで。

「だが失敗とはいっても、それは敗北を意味するものではない」と、マティエは言う。どういう意味なんだか……普通は任務失敗イコール負けってことじゃねえのかな。

それに、傭兵の仕事ずっとやってて俺は負けというものを味わったことがなかった。だからこそ失敗とかそういったものの表す意味が全然見当つかなかったんだ。


「負け知らずは確かに偉大なことだが、それはそれで考えものだな」手足の鎧を外し、身軽になったマティエは俺にそう話してくれた。

でも、なんとなくは分かった。この堅物女と分かり合えるのは永遠に不可能だろうなって。


さて、と。マティエのプランはこうだ。


「夜が明けるまで粘れ」そんだけ。


うん、俺が一番得意とするやり方かもしれない。しかしイーグもエッザールも若干不満そうだが。

「要するに殲滅ってことでしょうかね。私の流儀には反しますが」

「帰りてえ……」と二人はぶつくさ言ってはいたが、これ以外にもはや活路はない。こう話している間にも人獣どもは俺たちの周りを取り囲みつつあるし。しかもまだ全然手を出す気配すらない……てめえら勝利する気は満々。って考えなんだな。


「で、夜明けになったら一体どうなるんだ? こいつら陽の光でも浴びると溶けたりでもするのか?」

「その時になれば分かる」だと。素っ気ない奴だなお前。


いよいよ一触即発という距離にまで人獣は迫ってきた。こいつら特有の臭いで俺もエッザールみたいに吐いてしまいそうだ。

頼りになるのは月と星の光だけ。でもそれだけで十分だ。

さて、と……最後の力を振り絞りますか。


「あ、ちょっと待って」斧をかついでいざ……というとこでイーグが俺を止めた。なんだっていうんだ。また俺のケツの毛でも抜く気じゃないだろうな?


向き直った俺の鼻面を、イーグ、そしてエッザールが続けざまに触っていった。やっぱりな。こういうときでも神頼みってことか。


「聖母ディナレのご加護がありますように」

「我々に、狼聖母ディナレのご加護あらんことを」


ンでもって最後は……っておいマティエお前もかよ!

マティエはぺちっと俺の傷跡にタッチして、目を閉じ、こんなことをつぶやいたんだ。


「狼聖母ディナレ。我らが獣人の歩む先に輝く光が差さんことを」


……お前も神に祈ることがあるんだな。


「よし、ラッシュ……叫べ。お前の声でこいつらをすくませるんだ」


「んだな、ラッシュって声だけはアホみたいにデカそうだし」


「あなたの最初の一撃、期待してますよ」


なんでえなんでえ、こういうときだけみんな俺に期待持ちかけたがるのかよ……なんか、うれしさのあまり、この……

なんか、身体の底からこみあげてくるものがあったんだ。それが何なのかは分からないけどな。


俺は夜の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、間髪入れずそれを一気に奴らに叩きつけた。俺の叫びに変えて。


「いくぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


森が、大きく震えた。

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