第3章 失われた記憶

この前と同じく、やっぱりチビはついてきてはくれなかった。


 それはそれでなんか寂しい。いつもなら俺の隣にぴったりくっついてきてくれて離れようともしなかったのに。

 だけど不思議だ。なんでディナレ教会にだけは断固として行きたくないって駄々をこねるんだか。

 理由を聞いたって「やだ、こわい」の一点張り。確かにいつも勉強しているとこの教会とは違って、こっちは信者がいるのかいねえのかよくわからんほどの過疎っぷりだしなぁ……マジメに俺一人しかいないんじゃないかって思うくらいに。だから怖いのかな。静かすぎて不気味で。


 ってなワケでフィンにチビを預けることにした。大丈夫。あいつはこの前の一件でラザトに手も足も出なかったことを痛感して、俺にさらなる特訓を申し出たんだ。


「ぶっ殺す親父があそこにいるって分かったんだ。もう探す必要もなくなったし、俺もっと強くなってやる!」って俺に豪語しやがった。どっかの大女みたいに、目が合った瞬間に襲いかかってくるのとは大違いだな。


「あ、ラッシュさんお久し振りです!」

 相変わらずオンボロなディナレ教会の扉を開けると、丈の長い……ローブっていうんだっけかこれ。に身を包んだアスティが出迎えてくれた。


 例の事件以来、アスティはこのディナレ教会に身を隠している。とはいっても本来アスティはここの信者だし、なおかつシスター・ロレンタとは幼い頃に姉弟みたいに仲良くしていたこともあったしで。当分の間はここで神父としてロレンタの手伝いをするということで落ち着いたみたいだ。本当なら故郷にでも帰ってゆっくりしていたいところなんだけどな……まだまだあいつを殺そうとした連中がこの街にいる可能性だってあるし、とどめにアスティ自身俺の近くに居たいとか話してるわで……そうだよな、俺の大ファンなんだし。

 そうそう、今あいつが着ているローブとかいう暑苦しそうな黒い服も、ディナレ教のちょっと偉い人が着る正装なんだとか。


 とはいえ、今日はリンゴを納めに来る日じゃない。

 ロレンタに相談するために、俺はここに来たんだ。


 話は前の日にさかのぼる。

 俺とマティエのやつとのトラブルを聞きつけた王子様が、わざわざ俺によこしてくれた厄介な課題の件だけどな。

「日記と記録は俺が調べてやるから安心しろ」

 ってラザトは俺に助け舟を出してくれた。ありがてえこった。


「どうせお前の頭の中は馬の糞しか入ってないしな。兄ィの日記なんてまともに読むことすらできねえと思ったんだ」と、いつもどおり余計な一言もセットで付いてきた。


 ああ。いつかフィンと組んでお前を殴り殺してやる。


 さて、問題は……俺自身の頭の中だ。

 こういうのもナンだが、俺はとにかく昔の出来事を思い出すことが苦手だ。っていうかどうでもいいことはさっさと忘れてしまう。

 親方も俺にそっくりで、都合のいいこと以外はすぐに頭の中から抜け出てしまう性質だったっぽい。だから事細かに日記とか記録を書き続けるようになったのも、そういった物忘れとか諸々を避けるために始めたんだとか。

 だからとにかくすごい量なんだ、親方の書き連ねたものは。当時だってまだまだ貴重だった紙とペン、そしてインクを大量に買い集めて、オコニドとの戦いの記録を始めギルド内のメンツの推移やら金の出納簿やらその日食ったものやら……親方の部屋の壁の本棚には、それら膨大な記録やら手帳とかが収められている。

「こんな大量に兄ィは遺してたのか……」って、それを見たラザトは一発で酔いが覚めちまったって話だ。


 もちろん、俺にだってやることはある。

 二日酔い状態のジールにトガリと三人で、このことをじっくり話し合ったんだ。


「ショック療法っていうの聞いたことあるよ、ラッシュの頭を思いっきり叩いたらなんか思い出せるんじゃないかな?」と、ジールは相変わらず過激だ。

「いくらラザトの兄貴が記録を見てくれるとはいってもさ、それはあくまで第三者が見聞きした結果論だもんね。やっぱり本人がきちんと当時のことを思い出してくれないと……」トガリ……もうちょっと俺に分かりやすく言ってくれねえかな。


 で、つまりどうしたらいいワケだ?


「ラッシュのことを分かってくれている人ってほんといないからね……って」突然、あっ! とジールがなにか思い出したかのように声を上げた。

「なんだったっけほら、この前話してくれたじゃない。ラッシュのことを聖女だって騒いでた女の人」

「ああ、ディナレ教会のロレンタって女だっけか……あれがどうしたんだ?」

「その、ロレンタって人に相談してみるのもいいんじゃないかな」いきなり突拍子もないこと言ってきた。

 要はつまりこういうことだ。俺のことに興味を持ってたり妙に詳しく知っている彼女ならば、きっと相談に……って悩み相談かよ!!!


「ラッシュ、そういうところから活路は見えてくるものなんだよ!」

 妙にトガリも息を荒げて言い迫ってきた。そういうものなのか?


 ってことで、正直あまり会いたくないロレンタに俺は会いに来たってわけだ……すげえ気が重いけどな。

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