捕らわれた二人

「まあいいさ、時間はまだまだたっぷりとあるからね……とはいえ、君にとって悪い条件じゃあるまい。なんだったら親友のトガリ君も誘ってもいいんだよ。あ、ジールとルースは……うーん……」

 なんでそっちの二人となると途端に悩むのか正直わからないが、少なくとも俺は人生最大の選択に差し掛かっていた。

 俺の今までの人生において、それほどまでに人間とは憎むべき存在だったろうか……?

 いまこの場に親方がいたのなら「あァ? ンなこと自分で決められねえのかこのボケナス!」ってゲンコツ一発かましていうに違いない。

 それに……この国が無くなろうが滅びようが俺自身別に知ったこっちゃないし。

 でも、俺は……俺という存在は……


 その時、ゲイルのもとに小さな弓を手にした人間モドキがやってきた。あいつか! 俺に眠り薬のついた矢を撃ってきたのは。

 よく見ると、もう片本の手には何か服の……襟首のようなものを掴んでいる。俺やアスティたち以外に部隊の生き残りが⁉︎

「は、離してください!」

 その声、ロレンタじゃねえか!!

「おんやぁ~、ラッシュ以外に生きてる奴がいたとはね。っていうか、その服はディナレ教のシスターかな? なんでまたこんな場所までおいでなさったので?」

「ロレンタ……おまえ、なぜここに? ア……」

 っと、危うくアスティの名前まで口にするところだった。いけないいけない。

 そう、今はまだ最後の希望の存在は出しちゃいけない。落ち着け俺。

「すいませんラッシュ様……夜が明けるまで待ったのですが」

 その言葉に見上げてみる。穴の開いた屋根から光が差し込んできた。

 っと……ここ廃屋だったのか。どおりで時間が読み取れなかったワケだ。となると俺はかなりの時間気絶していたようだな。

「ほお、珍しいな。ラッシュに彼女がいたとは……しかも人間の」

「え、あ、あの、ラッシュ様とはそういった関係はいっさいありませんので!」

 顔を真っ赤にして怒る彼女に、ゲイルの方も分かっているさと笑って返した。そして俺もそうだそうだと相槌。

 よくみると、彼女も俺と同じく後ろ手に縛られているようだ。

「ンじゃ、ここへは一体何しにきたんだ? シスター・ロレンタ。どうやらその口ぶりからして、なんかワケありに思えるんだが……ね」

 今までずっと上機嫌だったゲイルの顔つきが、瞬時にして冷たい瞳へと変わった。そうだ、躊躇なく人の首を叩き斬りそうな。

 隣にいた生き残りのオコニドは、腰のベルトに下げていた大振りのナイフを手に取り、倒れたままの彼女の白い首筋に、その刃をあてた。

「おいやめろ! その女は俺にただ付いてきちまっただけだ!」

「はあ? そもそもそこが問題だろうがラッシュ君。行動には常に目的が付いてくるものなんだよ。それをきちんと問い正したい。それだけのことさ。君自身が何も知らなくても……ね」

 そうだ、確かにゲイルの野郎の言ってることは正論だ。俺はこれっぽっちもロレンタのことなど知らねえ。

 しかし、これはもしかしたら俺にとっても実はチャンスなんじゃないのか?

 ふと、そんな邪念が俺の心の隅に湧いて出てきた。

「女性に手をかけるのは好きじゃない……だが君は人間。それなら話は別だ」

 ゲイルのその言葉に、ロレンタの肩は小刻みに震えだす。

 ただ、やっぱり俺だけずっと黙りこくっているわけにもいかない。なんせ同じ部隊の仲間なんだから。

 どうやら俺は家の柱に腕を後ろ手に縛られているようだ。それを感覚で確認し、グッと……しかし奴らには察せられぬよう渾身の力を込めた。このぐらいなら難なく千切れる。そうしたらロレンタを助け出して、すぐさまここから逃げ出そう。

「ラ、ラッシュ様は……」

 硬く閉じられていたロレンタの口元が、その時ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「ん? この犬が一体どうしたんだい、シスター?」


「ラッシュ様は……私たちディナレ教会を導く聖女かも知れないのです! それを見極めるために付いてきました!」


 周りの時間が、止まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る