服 その3

しかし、こんな場所で俺の過去を語ったって大した意味ないな、とさすがの俺も思った。

 彼女を余計怖がらせちゃいけないし。ということで俺自身のことはやんわりと話した。近所のギルドへ職探しに来たってことで。

 それに獣人とはいってもいいヤツだって結構いると思うぜ。とも付け加えといた。


 俺が話し終えると、彼女はようやく笑顔を見せてくれた。

 柔らかい笑顔とでも言えばいいのかな。店に入った直後の時は、正直顔がこわばっていたくらいだし。

「私と夫は、ここから馬車で三日くらい西に行った場所にあるケステラという村で生まれ育ちました。そこでお針子とかの仕事をしていたんですが、ある日夫の両親の友達のワグネルさんが相談を持ち掛けてきまして……ここで開業してみないかって。なもので、二人で来ることに決めたんです」


 なるほど、店出して自分の腕を試したいってことかな。

 そしてあっちの方は夫……って事は、やっぱりこの二人は父ちゃんと母ちゃんだったのか。


「夫とこの店を開くときに考えていたんです。どんな服を作ろうかって。ほら、もうすぐこの長い戦争も終わるって噂じゃないですか、だから決めたんです、自由な色使いにしようって」

 そっか、だからこの店の服はみんな明るめの色にしてたのか。

「今はまだまだかもしれませんが、この街の皆さんが戦争って言う戒めから解き放たれたら、今みたいな暗い色の服って着ないんじゃないかなって思うんですよ。もっともっと……心の中まで自由になりたいんじゃないかって」


 彼女は、変ですか? って言って、怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。だけど、こっちもどういう返し方をしていいのやらサッパリ分からない。自由とは言われても、今の俺には一番縁遠いものだしな。だからとりあえず彼女が喜びそうな答え方をした。


「その考え、いいんじゃねえか?」って。差しさわりのない無難な言葉だけどな。

「ありがとうございます! きっと息子さんも私たちの作った服、お気に召すと思いますよ!」

 いや、俺の子供じゃねえから。って頭の中で彼女に突っ込みを入れると、店の奥からチビの声が聞こえてきた。

「おとうたーん!」てってって、と小さな靴音とともに駆けてくる。

「どうですか、この子にぴったりだと思うのですか」そしてチビに続き、男の方も小走りで出てきた。


 ……変なたとえかもしれないが、人間って服を変えるだけで、こうも別人みたいになっちまうのかな、って俺はその時感じたんだ。


 若草色のシャツにベスト、薄茶の半ズボンにタイツと、革の小さな靴。確かに今まで着てたものみすぼらしかっただけなん


 だ。けど今のチビを一言で表すんだったら……

「おう、かわいくなったな」。ふと俺の口から、無意識にそんな言葉が漏れちまった。

 軽くジャンプして、俺の手の中へとチビが飛び込む。

「おとうたん!」しかし服は変わっても、チビはチビだ。だから俺もぎゅっと抱きしめて、髪の毛をわしわしと撫でてやる。

「あの、もしよろしければ、お父さま。あなたの服もぜひ私たちがおつくりしたいのですが」


 代金を聞こうとしたとき、ふと男はそんなことを言ってきた。

 お揃いで、なんていかがでしょうか。って言うもんだから、俺はついつい自分の着ている、薄汚れたこのシャツをまじまじと見ちまった。

 ……そういや、俺のシャツって何年も着っぱなしだったよな。暑さ寒さなんて全然気にしてないし、仕事へ行くときも寝る時もずっとこれ着たまんまだ。変えたほうがいいのかな? なんて迷いつつも、ついついこの二人の言葉にホイホイ釣られて「じゃあ頼む」と言ってしまった。もしかして俺って買い物下手なのかな?


 次に色はどうしましょうって聞かれた。そんなこと言われてもなあ。でも仕方ないから紺に近い青を選んだ。青空みたいで素敵ですよね、って彼女は言ってくれた。よく分からないけどそうなのか。素敵なのか。


 最後、店を出るときに代金として、俺は金貨を一枚渡した。これが妥当かなって思ってな。だけど前の武器屋のオヤジ同様「こんなにもらっていいんですか!?」って目をまん丸くして驚いてた。

 つーか俺もいまだにお金や物の価値ってモンが分からなかったりする。そんな勉強したことなかったし。


 さて変な寄り道食っちまったが、これでようやく俺の身体も軽くなる……

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