バーバ・ヤガーに花束を

@komatu174

プロローグ 1 1949年、南極にて

「もっと早く走って」


何だ、この状況は?どうして学校から帰るだけのはずが知らない少女に手を引かれ全速力で走らなければならないんだ?


夕暮れの街中、全速力で走る影が5つ。少年の手を引く銀髪の少女とそれを追う3人の人影。少年の頭の中はクエスチョンマークで一杯になっていた。後ろから追いかけてくる人間たちは一体何者なんだ?目の前の少女は一体?わからない。だが少年の頭の中にその答えが思い浮かぶ事は無かった。少年が汗を流し必死に走っているのに対して少女は特に息を切らす様子もない。


次の瞬間、目の前からも追手らしき2人の人物たちが現れた。少女が腰に下げたカイデックス製のホルスターから拳銃を取り出す。チェコスロバキア製のCZ75自動拳銃のコンパクトタイプであるCZ2075自動拳銃だ。彼女はそれを前方の追手に向かい何のためらいもなく発砲する。住宅街に2発の銃声が響く。倒れる追手。少年の目は驚愕で見開かれていた。


「それ……!本物……!?」


「大丈夫、元から死んでるから」


少年の声に冷静に答える少女。自分が射殺した追手の亡骸を軽々と超えていく。少年は亡骸を避けようとしたが少女に手を取られている関係上どうしてもその上を通らなければならない。少年は地面に倒れた身体を踏んずけてしまった。ぐにゅっという何とも言えない感触が靴の裏から脳まで伝わってきた。


どうしてこんな事になってしまったんだろう。もはや少年の頭の中は理解不能という言葉で埋め尽くされていた……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1947年 南極大陸沿岸 


南極大陸が初めて発見されたのは1820年だと言われている。それ以来、人類はこの凍てつく禁断の地へ何度も足を踏み入れてきた。


クラーク・ロス、アムンセン、シャクルトン。そして今、南極大陸沿岸を18ノットで航行している巨大な長方形の箱の様な形をしたアメリカ海軍所属であるタイコンデロガ級航空母艦USS「フィリピン・シー」のブリッジにて、双眼鏡を片手に険しい顔で前方の氷原を見つめているリチャード・E・バード・ジュニア少将もその中の1人であった。


バードが初めてこの氷の王国とも評される南極に訪れたのは1929年の事だった。探検家として南極大陸の太平洋側に存在するロス氷原から南極点までの往復飛行に挑戦し、見事それを成し遂げた。その際に空から見た、南極の美しい景色は今でもバードの記憶に刻み込まれている。南極からアメリカに帰国した時も、叶う事ならばもう一度あの雪と氷に覆われた美しく残酷な土地に行ってみたいと強く思った事も覚えていた。


しかし今バードが南極にいるのは南極大陸の美しい景色や自然を堪能するためや、この土地の数多く残されている謎について科学史に残る発見をするためではなかった。むしろその逆であり人類が行う最も野蛮で残虐な行為の1つである


『敵の殲滅』


それが今回バードに託された任務であった。


今回バードが率いる部隊はTF68(第68任務部隊)と呼ばれるアメリカ陸海空軍の混成部隊であった。旗艦はバードが今乗艦している空母『フィリピン・シー』が務め、カリタック級水上機母艦USS『パイン・アイランド』、シマロン級給油艦USS『カニステオ』、ギアリング級駆逐艦USS『ブラウンソン』、バラオ級潜水艦USS『セネット』他多数の艦艇がこの部隊には組み込まれていた。


また、陸上戦力としてアメリカ陸軍の1個大隊が『フィリピン・シー』に乗艦しており、M4シャーマン戦車やウィリス・ジープといった車両類までが揃っていた。バード自身当初南極にこれらの装備を持っていくと知った時は随分驚いたが、自分たちが直面している敵の正体を知るとこれでもまだ若干の不安が残る。本当に自分たちはこの任務を完遂出来るのだろうか・・・?そのような事を考えていると、ブリッジ横にある階段から若い伝令兵が近づいてきた。その手には書類を持っている。


「少将、先遣部隊からの連絡です。『バートン・アイランド』は予定通りロス海近郊に到着。部隊の収容を完了する為の拠点制作を完了したとの事です」


「わかった」


今回の任務の為、先行して南極大陸沿岸のロス海に派遣していた砕氷艦、『バートン・アイランド』に乗った部隊からの報告であった。伝令兵の連絡に短く返答を返すとバードは自身の横にいる人物を見た。


その人物は空母の艦橋という場所には似つかわしくない様相を呈している。服装こそは自分たちと同じくアメリカ軍の軍服を着ているが、その服には一切の徽章や階級章が存在せず、長く伸びた金髪の髪はブリッジの外から入る太陽の光に照らされ煌びやかに輝いている。その人物の顔立ちはまだ幼く、いいとこ15歳から17歳の間といった所であろう。一見すると、ハイスクールに通っていそうなただの少女である。だが、バードはその少女が今回の作戦におけるカギを握る人物だと知っていた。


「敵は本当にこんな場所に?」


バードが少女に話しかける。すると少女はバードの方を見る。金色の瞳はその少女の意思の強さを表しているようだ。バードの言う少女、ヴィルマ・エルメンライヒはバードに対してゆっくりと話し始めた。


「います。だから皆さんを説得してこんな部隊まで引き連れてここまで来たんです」


「……そうか。ならば任務を完遂するしかないな」


再び2人の間に沈黙が流れる。正直な話をするとバードは目の前にいる少女の話は半信半疑であった。もっと言うならば今目の前にいる少女の年齢が本来ならば26歳になるという事実さえ未だに信じ切れていない。


初めて彼女とワシントンの地下で会った時からここに至るまでの間ずっとである。まさか彼女の話すような『非現実的』な事が起こりえるとはどうしても思えないのである。だがワシントンのОSS国防情報局―――今はCIA中央情報局だったか―――は彼女の話を信用するに値するとしたのだ。この世界に本当に『魔法』や『魔術』という物が存在するという事を。


自分の持つ常識と国家が下した命令の間で板挟みになりながらもこの部隊の指揮を執ることに決めたのは自分自身それが本当かどうかをこの目で確かめたいと思っているからかもしれない。そんな考えが頭によぎり思わず口角を緩めてしまう。

その時、先ほどの伝令兵が慌てた様子で後方のある階段を駆け上ってきた。


「バード少将!緊急連絡です!」

 

~続く~

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