第215話、帰る所

 窓から飛び出して、全力で街をかけた。夕暮れ時なせいか、人は少し少な目だ。

 それでも地上を行くと人に当たりそうで、速度を落とすしかなくなってしまう。


「っ!」


 速度を落とさずに進む為に、大きく飛び上がって大木に足をかけた。

 そしてなるべく太い枝を足場にして、強く踏み込んで前に飛ぶ。

 力加減を覚えたからだろうか。枝を折らずに踏み込めた。


『グロリア、向こうだ』

「はいっ!」


 そのまま木や屋根の上を飛び、速度を落とさずに真っ直ぐに進んでいく。

 視界にはガライドの指が有るから、お爺さんを見つけられない事は無い。

 彼の指示に従えば、間に合いさえすればお爺さんの元へ辿り着ける。


「街の外に、出てる・・・!」

『ああ。正規の方法で入る気は無い様だ』


 向かう先が壁の方向じゃない。つまり正規の方法で森に入るつもりじゃない。

 その事実に気が付いて、ふとギルマスさんが言っていた事を想い出す。


『自己責任とはいえ、魔獣領の森は基本入らないようにする為に、あの砦が有るんだ。人目に付かずにこっそり入って行く分には、もう死のうがどうなろうが知ったこっちゃねえんだが、正面から入るって言うなら、入るだけの力が無きゃ本来は許可出来ねえ』


 死のうがどうなろうが、止める人は誰も居ない。助けに行く人は居ない。

 お爺さんもそれは解っているはずだ。ギルドで話を聞いているはずなんだから。

 森に入る注意事項の時も、下手に動けば死ぬから護衛の言う事は聞く様に言われていた。


 実際お爺さんは危なかった。一人なら絶対死んでいた。あの人は闘えない人だ。


「なのに、何でっ・・・!」


 解らない。お爺さんが何をしたいのか。何で死ぬような事をしたがるのか。

 私には彼のやりたい事が、やる事がまるで解らない。


『・・・すまない、グロリア。告げるべきか、どうするか悩んだ私の判断ミスだ』

「っ、ガライド?」

『あの老人の動きが怪しい事は、もっと早くに解っていた。だがどうするべきか悩み、結局伝えてしまった事で君を焦らせている。もし間に合わなければ、更に君を苦しめるだろうに』

「・・・ガライドは、何も、悪く、ありません!」


 自分でも驚くぐらい、大きな声でが口にしていた。だって、当たり前だ。


「ガライドは、何時だって、私を、思ってくれて、ます! なら、何も、悪く、ないです!」


 焦りの気持ちも強いせいだろうが、それでも私の想いは変わらない。

 ガライドは間違ってない。私の為に悩んでくれた事は、間違いじゃない。


「間に合っても、間に合わなくても、私は、ガライドを、責めません!」

『・・・グロリア』


 本来超えてはいけないはずの石壁に足をかけ、そのまま壁の向こうへと跳びながら叫ぶ。

 視界の端に兵士さんが見えて驚いていたけど、今は気にしている余裕が無い。

 きっと叱られるだろう。後で謝らないといけない。それでも、今は。


「ガライド、このままで、良いですか!」

『ああ、このまま真っ直ぐで、問題無い』


 壁を通り過ぎると、一気に草木が生い茂った場所になる。けれどこの方が良い。

 人が居ない森の中になれば、その方が何も気にせず走れる。

 そう思い地面に降りて、全力で地を蹴った。もう加減は要らない。


 地面が爆ぜる音が聞こえる。通りすり際に当たった枝が折れる。

 途中で野の獣に出会ったけれど、今は相手にしている暇はない。

 仕留めても食べる暇は無いし、飛び越えてそのまま突き進む。


「居たっ!」


 そして森の先に、お爺さんの姿が見えた。ただこのまま進むとぶつかる。

 獣を避けた時と同じ様に飛び越えて、その先に有った木を蹴って止まった。


「な、何だ!?」


 木を蹴った轟音と落ちてく様子に、お爺さんはビクッと身を震わせた。

 けれどその視線の先に私を見つけ、その瞬間困った様な笑いを見せる。


「・・・君か。私を探しに来たのか?」

「はい・・・」


 息が荒い。おかしい。そんなに急いだつもりもない。

 いや、急いだって息は切れない。私はもっと走っていられるはずだ。

 なのに何故か息が上がっている感じがする。呼吸が上手く出来ない。


「・・・一人は、危ない、ですよ」

「ああ、そうだな。一人で、私の様な老体一人では、危険だな」


 それでもしっかりと声を出して伝えると、彼は困った様な笑顔のまま肯定した。

 解っているんだ。彼も森が危険だって。解っていないはずが無いんだ。

 だってあんなに魔獣に襲われたんだから。あんなに必死に逃げたんだから。


「帰りま、しょう」


 手を差しだす。手袋をしていたけれど、この道中で破れてしまった様だ。

 所々の切れ目から、黑い色が見えている。また一つ駄目にしてしまった。

 ふとそんな風に思考が逸れつつ、けれど手を取ってくれないお爺さんを見上げる。


「お爺さん?」


 彼はただ優しい目で、困った様な笑顔で、私を見ていた。

 動く様子はなく、当然私の手を取らず、どこか悲しそうな雰囲気で。

 その様子がとても不安で、首を傾げながら彼を見つめる。


「・・・私に帰る所など、もう無いのさ」


 小さな呟きだった。けれど、やけにはっきりと聞こえた。

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