第205話、正解

「えと・・・お爺さん、です、よね・・・王様の、傍に、居た」

「あ、ああ・・・そうだ」


 もしかしたら人違いだろうか。そう思いつつ訊ねると肯定で帰って来た。

 やっぱり間違っていないらしい。けれど本当に本人かと、少し首を傾げてしまう。

 何と言えば良いのだろう。元気が無いんだ。城で会った時と違って。

 それに何だか具合が悪そうにも見える。足取りが怪しかったのはそのせいなのかな。


「体の、調子が、悪いん、ですか?」

「・・・気にするな。疲れただけだ」

『嘘だな。少々体温が高い。平熱が高い可能性も有るだろうが、熱があるな』


 お爺さん本人は否定したけれど、ガライドはその言葉を更に否定した。

 キャスさんの怪我も見抜いたガライドだ。きっとガライドの言葉が本当なんだろう。

 となればお爺さんに回復魔法を放てば良いんじゃないだろうか。


「ガライド、回復魔法は、効きますか?」

『止めておいた方が良い。ここまでどういう旅路をして来たのか知らんが、体力がかなり落ちている様に見える。回復力の活性化が負担になりかねん。老人である事を考慮すれば尚更だ』

「だめ、ですか・・・」


 回復魔法をかけられない状況。前にもガライドに注意をされた事がある。

 余り回復に頼り過ぎると、回復をかけた相手の体が悪くなると。


『一応手段が無い訳では無いが・・・それは最終手段だ。取り返しがつかないレベルでない限り推奨しない。失敗すれば死なせてしまう。ならば普通に対処した方が良い』

「わかり、ました・・・」


 今のは初めて聞いた。一応回復する手段が在るのか。それは良い事だ。覚えておこう。

 でもガライドが最終手段という以上は、普段はやらない方がきっと良いのだろう。

 失敗したら死ぬ。そんな方法を普段から取りたくはない。


「・・・はっ、どうやら、そろそろお迎えが来た、という事か。陛下は正しかったな」

「え?」

「私には回復が利かん、と判断したのだろう。その魔道具が」

「え、と、それは」

「誤魔化す必要はない。これでも回復術師と関わりがあった身だ。手遅れかどうか判断をする場を見ていた事もある。その時奴らは、同じ様に回復をしなかった。ただ苦しめるだけだとな」


 回復術師! 結局城で合えなかったけれど、やっぱり城に居るんだ。

 でも多分その人とガライドの判断は違う。ガライドは手遅れとは一言も言ってない。

 ただ彼が弱っていて、けれど弱り過ぎているから、他の対処をした方が良いというだけだ。


「所詮、私はこの程度か・・・娘、この様な老人など捨ておけ。関わっても不快なだけだぞ」

「え、で、でも」

「死期を教えてくれた事には感謝する。だが貴様は魔獣領の人間だ。ならば私に関わるべきではないし、私も貴様を頼る気は無い。ここで私に会った事は忘れろ。もしくは馬鹿な老人が居たとでも思っておけ。ではな」


 彼はそう言って、怪しい足取りでまた歩き出した。私の返事は聞かずに。

 ただ彼の歩む方向は魔獣領の街で、ならば私も同じ方向に向かう。

 それなのに彼を置いて帰るのは、それは何だが、モヤッとする気持ちがあった。


 彼を抱えて帰れば、このまま倒れずに済むんじゃないだろうか。

 ただ問題は今の私は素材を抱えていて、手がふさがってしまっている。

 片手は空くのだけれど、体調の悪い人を運ぶならちゃんと持つべきだろう。


 そうなると素材を置いてく必要が在る。でも仕方ないか。命には代えられない。

 いや、今なら問題は無いかも。ガライドにお願いしたら何とかなる。


「ガライド、台車生成、お願い、します」

『入力確認。台車生成。形状指示無し。仕様意図から適正形状を出力』


 両腕を前に出して、ガライドにお願いをする。物を運ぶ台車を。

 すると魔力を吸われる感覚と共に、両手から音が鳴った後バギンと開いた。

 開いた所から太い棒のような物が二つ出て来て、それが伸びて開いて組み合わさっていく。


 少し待つとお願いした通りの台車が出来た。色は両手と同じく真っ黒だ。

 それを片手でガラガラ押し・・・あれ? 押しても音がならない。凄く静かだ。

 いや、確認は後で良いか。台車を押してお爺さんの隣に追いつく。


 彼は殆ど進んでいなかったので、回り込んで台車を見せた。


「乗って、くだ、さい」

「っ、な、ど、何処にそんな物、いや、そんな事よりも、関わるなと言っただろう」

「でも、お爺さん、倒れそう、です」

「そんな事は解っている。解っているから、放っておけと言っている」


 何でそんな事を言うんだろう。この人は死にたいのだろうか。そんなの駄目だ。

 死んだら何も残らない。死んだらそこで終わりだ。生きなきゃいけないんだ。


「死ぬのは、だめ、です・・・!」

「っ――――」


 歯を食いしばって、吐き出す様に告げる。すると彼は、少し怯んだ様に見えた。

 けれどすぐに平静を取り戻し、静かな表情で口を開く。


「私なんぞ、捨ておいた方が都合が良いだろう。死んだ方が憂いが無いだろう。生きていれば何をするか解らん。貴様の目の前に居るのはそういう男だ。そういう人間だ。貴様相手故にまだ落ち着いて話せているが、貴様の主に会えば私はこのナイフを抜くぞ」


 そう言って彼は胸元からナイフを取り出し、鞘から抜いた。

 綺麗なナイフだ。切れ味は良さそうだ。けど、無理だと思う。

 多分だけど、この人は弱い。だからこの人じゃ、リーディッドさんを殺せない。


 何よりも彼女に手をかけるには、私を倒さなきゃいけない。


「無理、です。貴方には、出来ません」

「っ、解っている、そんな事は! 解っているに決まっているだろう! だがそれでも抑えられんのだ! 抑えられん激情があるのだ! ならばここで死ぬ方が良いと言っている!!」

「っ・・・!」


 今度は私が怯んでしまった。強くないのに、怖くないはずなのに、何だか怖くて。

 叫ぶお爺さんの目は敵意に染まっていて、けれど何処か泣きそうにも見えた。

 理解が出来ない事は難しい。こうなると何と言えば良いのか解らない。


 どうするのが正解なんだろう。本当に彼の言う通り、見捨てるのが正解なんだろうか。


「・・・はぁ・・・はぁ・・・すまんな、言い過ぎた。貴様に言っても仕方の無い事だ。解ったらこのまま放っておけ。馬鹿な老人の死など気にするな。些細な事だと忘れ―――――」

「お爺さん!」

『・・・興奮して叫んだのが原因だな』


 お爺さんの体がぐらつき、カクンと力が抜けるのが解った。

 慌てて近寄って支えると、お爺さんは咄嗟に踏ん張ろうと足を踏み出す。

 けれどその足に力が入っていなかった。ずるりと滑り、更に私に寄りかかる。


「ぐっ・・・いし、き・・・が・・・」

「お爺さん! お爺さん、だいじょ――――」

『揺らすなグロリア。ゆっくり台車に寝かせるんだ』

「は、はい」


 突然意識を失ったお爺さんに慌てたけれど、落ち着いてガライドの指示に従う。

 素材から手を放し、ちゃんとお爺さんを担いで、ゆっくりと台車に乗せた。

 台車は私の手足と同じ素材なんだろう。固いけど柔らかい。


『その台車であれば、余程の勾配が無い限り揺れん。急いで押しても問題は・・・いや、すまんグロリア。全力で走るのは無しで頼む。流石にあの勢いは殺せん』

「少し急ぐ、くらいなら、大丈夫、ですか?」

『ああ。そうだな。そしてそのままギルドにでも助けを求めるとしよう』

「解り、ました!」


 ガライドの指示に従い、台車を少し急ぎ目に押す。確かに揺れていない。

 台車の乗せる所だけが動かず、他の所がグネグネと曲がっている。

 これならお爺さんに負担は無さそうだ。


『・・・これはどうするのが正解だったのだろうな。この老人の言う通り見て見ぬふりをするべきだったのか、グロリアの意志通り助けるべきか。私には、グロリア以上に解らんな』

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