第39話、限界値

 倒した魔獣を一か所に集め、端からガツガツと食べていく。

 ただしガライドが『この辺りは残しておけ』と言う所は置いてだけど。

 私が受付の人達に揉みくちゃにされている間に、ガライドは何時も色々調べているらしい。

 最近や肉や内臓も持って帰る時が有るから、うっかり全部食べない様に気を付けないと。


「すげえ食うなぁ・・・一緒に居る時はかなり我慢してたんだな、グロリア」


 倒した魔獣を黙々と食べる私を見て、ガンさんがそんな言葉を漏らす。

 けどそれは違う。私はみんなと一緒の時、食欲の我慢なんて一度もしてない。

 我慢しなくて良いからこそ、私は少し困った事も有ったのだし。


「我慢は、してない、です。リーディッドさんの、料理、美味しくて、満足、です」

「そう言って頂けると作り甲斐が在りますね」


 なので素直に伝えると、リーディッドさんが笑顔を見せた。

 ただそれでもガンさんは少し納得がいかない表情だ。


「でも量は足りてないんだろ?」

「そう、ですね。体は、足りてない、です」

「体は? どゆ事?」

「美味しい物、食べると、心が満足、します。だから体が、足りてないの、解りません」


 美味しくても食べられる事はもう解った。けれど相変らず体の感覚は鈍い。

 心がもう満足してしまっているから、量が多くても少なくても変わらないんだ。

 だから美味しい物だけを食べていると、私自身が自分の状態を理解できない。


 一応ガライドは私の『エネルギー』を見て、ある程度の状態は解るらしい。

 けれど体を動かす私が解ってないのは、いざという時に少し危ない気がする。


「体が足りて、ないと、力が、足りません。それは、良くない、です」


 あの紅い力。アレは物凄く強い力だと思う。けれど消えた後に脱力が多少あった。

 特にガライドが無理やり光を消した時は、がくんと抜け落ちる様だったと思う。

 それが彼の言う『エネルギー』が無くなった状態なんだろう。

 私は『魔力』の類なのかと思っていたけれど、ガライドが言うにはどうも違うらしい。


『魔力・・・この時代、この世界的には、きっとその概念で正解なのか? だがこの力は魔力と言うか、生命のエネルギーと言うか・・・名前が違うだけと考えるべきか?』


 なんてかなり悩んだ結果、取り敢えず私の力は『魔力』と言う事になった。

 勿論悩んだのはガライドだけで、結論を出したのもガライドだけど。

 私はどちらでも構わない。私が生きる為の『力』なのは同じ事だから。


 こうやって魔獣と戦い、その感覚のままかぶりつき、肉を食らう時だけはそれが解る。

 今自分がどの程度『力』が残っているのか。どの程度足りていないのか。

 ただ一度だけ、その感覚すらも疑う必要が有るのではと、ガライドと話した事がある。





 私の体は、体が満足をしても、まだ食べられるかもしれない。





 森で彷徨っていた頃、お腹いっぱいだと思った時に魔獣が襲い掛かって来た事が何度かある。

 街に住み始めて森で魔獣を狩る様になった時も、稀に似た様な事があった。

 けれど私はその時でも、問題無く魔獣を食べられたんだ。


 ただ最近までは、一体ぐらいなら食べられる余裕があったんだろう、と思っていた。

 実際食べた後は少し食べ過ぎた様な、お腹が張る感じがして食べる気にならなかったし。


 けれど先日、満腹になった所で大量の魔獣が襲い掛かって来た。

 ガライドが言うには、少し森の奥まで入り込み過ぎたせいだろうとの事。

 そうして倒す気の無かった魔獣を大量に倒し、満腹だったけど食べられるだけ食べた。

 気が付くと倒した魔獣を全て食べてしまい、食べた私自身が驚いてしまう事に。


 それをガライドに告げた時、彼もかなり驚いていた。

 どうやら私が満腹になった後に食べる様子を、まだ余裕があると思っていたらしい。

 私が限界まで『力』を溜めず、ある程度余裕のある所で止めていると思っていたと。


『限界を確かめたい所ではあるが・・・体が満足している以上、食べさせるのは怖い。そもそも私の常識からすれば、魔獣を食べて回復する事自体おかしいのだし・・・うん、止めておこう』


 ただガライドがそう言った事で、満腹を超えて食べる事は基本的にしていない。

 勿論満腹の後に戦う事が在れば食べるけど、帰る時は『まっぷ』を見て魔獣を避けている。

 満腹状態なら十分な『力』が有るらしいし、それなら流石に食べる必要もないと思うし。


「グロリアさんが頑なに魔獣を生で食べるのは、そういう理由でしたか」

「・・・そっかぁ。それじゃ・・・止められないよねぇ」

「そう、だな。この両手両足。それに目もか。これらを動かすだけの魔力が要るんだもんな」


 私の説明を聞いた三人は、それぞれの様子で反応を返した。

 リーディッドさんは納得がいった様に、キャスさんは少し不満そうに。

 そしてガンさんは私の手足を見て、最後目を見て辛そうな顔をした。


「二人共そういう顔は止めなさい。生き方は人それぞれでしょう。今の彼女にとってこの生き方は曲げられない物です。彼女が決めた物です。勝手に悲痛な事にするんじゃありません」

「・・・はーい」

「・・・へーい」


 ただリーディッドさんがそう言うと、二人共頷いて返してはくれたけれど。

 私としては嫌な事も辛い事も無い。むしろ今はとても幸せな生活だと思っている。

 だってお腹いっぱい食べられて、水もいっぱい飲めるんだから。

 何よりもおいしい食事を食べさせて貰える。こんなに幸せな事は無い。


「私、今、幸せ、ですよ?」


 だから想いを少しでも伝えられればと、三人に出会ってからを思い出しながら言葉にした。

 口の端が上がっているのが解る。そうか、こうすれば私、上手く笑えるのか。覚えておこう。


「だそうですよ、二人共」

「あーうー・・・こんな笑顔で言われたら何も言えないよねぇ」

「ま、グロリアが本当にそれで良いなら、それが一番か」


 そのおかげか三人とも笑ってくれて、不満そうな気配は消えた様だ。

 良かった。納得してくれて。リーディッドさん達に理解して貰えるのはとても嬉しい。

 他の人にもお世話になってるけど、やっぱり彼女達は私にとって特別だ。

 この人達に理解して貰えなかったら、変えられない生き方とはいえ少し辛いと思う。


「もぐもぐ・・・んぐっ・・・じゃあ、次、いき、ますね」

「・・・へ?」

「・・・え?」

「あー、まあそうですよねぇ」


 魔獣の肉を食べ終わり、立ち上がって『まっぷ』を見る。

 どうも近くの魔獣は逃げたらしい。近辺に赤い光は無い。

 正確には私が食べる程の大きさの魔獣はだけど。


 この『まっぷ』は、全ての魔獣を光って見せている訳じゃない。

 全部光らせると凄い事になるから、そこそこ以上の魔獣だけ光らせているとか。


「ちょっと、走ります、ね」


 少し走らないといけないと思い、思いっきり地面を蹴った。

 遠くではあるけど全力で走ればすぐに近づける。


「あ、ちょ、嘘だろ!?」

「グ、グロリアちゃん、無理無理! その速さには追い付けないってー!」

「私はこうなると思ってましたよ。ええ、解ってましたよ。これ全部何時も通りで良いとか言ったガンのせいですからね。ああもう、見えなくなったじゃないですか」

『・・・グロリア。三人ともグロリアを見失ったぞ』


 ただ三人が付いて来れないと気が付いて、急いで戻ったけれど。

 今日はお腹いっぱい食べるのは無理かもしれない。

 まあ、良いか。今日ぐらい。彼らと一緒で楽しいし。

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