第13話、身の上

 普通じゃない。そう言われて、単純にそうなのかと思った。

 自分では普通が解らない。けれど人がそう言うならきっとそうなんだろう。


「ギルマス。普通じゃない、は流石に失礼では?」

「上げ足を取るなリーディッド。じゃあ言い方を変えてやる。こんな小さな娘がやたら厳つい魔道具を両手両足に付けてる時点で珍しい。更に言えばそこいらの子供なら、俺がこうやって見下ろしてる時点で怯えるか構えるかするだろう。だがこの娘は余りに自然体過ぎる」


 怯えるか構えないといけなかったのか。でもそう言われても困る。

 別に怖くはないし、武器も構えられていない以上、私は特に何とも思わない。

 何て思いながらぼーっと見上げていると、ギルマスさんは私の服に手を伸ばした。


「それにこのドレス・・・上物だ。綺麗な染色じゃねえか。細工も中々。汚れてはいるが、どう見ても金の有る商人か、貴族のお嬢様でもない限り着れねえ代物だ」

「そこ掘り下げちゃいますか」

「普通の事だろ」

「いえ、聞いたら面倒事になりそうな予感がして、細かい事は何も聞いていません」

「お前なぁ・・・」

「という訳で聞いてしまったギルマス。責任をもって下さいね。私のせいじゃないので」

「あっ、おまっ、まさかその為にここに!?」

「さて何の事やら?」


 両手を上げて肩をすくめるリーディッドさんに、ギルマスさんは頭を抱える。

 私は良く解らずに首を傾げ、キャスさんも同じ様に傾げていた。


「はぁ・・・解ったよ。まあもし貴族だ何だって話なら、領主にでも投げるか」

「流石ギルマス。頼りになりますねー」

「感情が一切籠ってないお褒めの言葉どうも」

『・・・貴族に、領主か。何というか、時代が変わったというよりも、世界が変わった気がして来たな。街中にも獣の様な顔をした者達が居たし、本当にここは私の知る星なのか?』


 ギルマスさんは大きな溜息を吐くと、私の目の前にしゃがんで目を合わせた。

 ガライドは何だか困惑してる様な声で独り言を呟いている。


「嬢ちゃんは一体どこのお嬢さんなんだ。家族の名前とか解るか?」

『・・・グロリア。自分は闘技場の闘士だと、そう名乗ってくれ』

「・・・私は、闘技場の、闘士、です」

「闘技場? て事はまさか王都から来たのか? いやだがリーディッド達と会ったってんなら、辻褄が合わねえんだが。何でこんな国の端っこに居るんだ。それにこの見た目で闘士なら、有名になってそうなもんだがなぁ」

『・・・どうやらグロリアの名は知られていないと見える。つまりここは帝国ではないと考えて良さそうだ。何せグロリアは『紅蓮の暴食』と呼ばれていたのだろう? そんな御大層な渾名がが付けられていたのに、仮にも傭兵組織が全く知らないのは不自然だ』


 そうか。ここ、帝国じゃないんだ。じゃあ最初の目的は達成したのかな。

 ガライドは出来れば帝国以外に行きたい、って言ってたし。

 私もお腹が空く生活は嫌だから、絶対に戻りたくない。


「で、お嬢ちゃん、肝心の家族の名前は?」

「・・・知りま、せん。両親・・・親は、私を、売ったって、聞いてます」

「「「「「っ!」」」」」

『・・・しまった。奴隷になった経緯も言わないようにしておくべきだった。この雰囲気は色々不味そうだ。いやだがこれは何時までも誤魔化せんか』


 何か不味い事を言ってしまったんだろうか。事実を言っただけなんだけど。

 確か主人は私にそう言ってたはず。金の為に私を売ったと。

 騙されたとか何とか、そんな事を言われて困った覚えがある。


 言われた事を思い出していると、やけに静かになった気がした。

 周りを見渡すと建物に居る人全員が、困った様な顔で私を見ている。


「・・・両手足と、そこの浮いてる魔道具は、何処で手に入れたんだ?」

『拾った。と言っておいてくれ』

「・・・拾い、ました」

「拾った? どういう経緯で、何処で拾ったんだ?」

『崖から落ち、その後でと、そう言ってくれ』

「・・・崖から、おち、ました。その後、ガライドと、会いました」

「ガライド?」

「これ、です。ガライド、です」


 ガライドを引き寄せて前に突き出すと、何故か一瞬空気が緩んだ気がした。

 キャスさんと後ろの女の人が何故か笑顔だ。


「魔道具に人の名前つけてる。可愛い・・・」

「そだよー。グロリアちゃんは可愛いんだよー。笑えばもっと可愛いんだけどねー」

「確かに。整った顔してますよね。ああ、髪飾りとか付けてあげたい」

「おお、良いねフランちゃん! どんなのが良いと思う?」

「キャス、フラン、ちょっと黙ってろ!」

「「はーい・・・」」


 フランと呼ばれた人とキャスさんは、唇を突き出しながら口を閉じた。

 別に私が付けたんじゃなくて、ガライドがそう呼んでくれって言ったんだけどな。


「親の顔・・・ええと、何か特徴とか無いか?」

「知り、ません。覚えが、ない、ので」

「覚えも無い頃に親に売られた・・・その、今までどんな生活をしてたんだ?」

『戦って過ごしていた。と言ってくれ』

「・・・戦って、過ごして、ました」

「戦って・・・訓練って事か。どう思う、リーディッド」

「さて。一介のギルド所属の傭兵には答えかねますね」

「そういうのは良いから」

「では失礼ながら。ギルマスの言う通り彼女の身なりは上等です。ですが彼女の立ち振る舞いは貴族というにはお粗末。ならば貴族とは考え難いですが、気になるのは彼女の戦闘能力。いえ、正確には魔道具でしょうか」

「確かに珍しいな。見た事が無い。いやまあ魔道具なんて見た事が無い物が溢れちゃいるが」

「そうですね。どこかの家が強力な魔道具を家宝として抱えている事も有ります。彼女の魔道具もそれに近しい力を持っている。そして彼女はとても戦い慣れていて、更に言えば魔道具を使い慣れている。元々訓練は受けていて、この魔道具を使わせるつもりだったと思える程に」

『・・・実際はただ殴ってるだけだがな。あの時も私を使ったとは言い切れないし』


 ガライドはリーディッドさんの言葉を否定するけど、私はそんな事無いと思う。

 この手足で魔獣を殴ってるんだから、魔道具を使ってるで合ってるよね。


「嬢ちゃんは闘士って名乗ったな・・・闘士にする為に育てられた、って事か?」

「その可能性は高いかと。闘技場で成績を残せば王族に顔を覚えて貰える可能性も有りますし、彼女の強さなら普通に優勝狙えそうですしね。というかほぼ確実でしょう」

「お前がそこまで言う程か・・・なら何で売られた。親の顔も知らないのは何でだ」

「少しは自分の頭で考えて下さいよ」

「お前の話を聞いてからな」

「全く・・・そうですね、考えられるとすれば、彼女は表に出したくない娘だった。けれど彼女をどうにか表に出そうとする勢力が有った。その動きに気が付いた親が先手を打ち彼女は売られた。殆ど妄想に近い想像ですが、あり得るとすればこんな所じゃないでしょうか」

「だがそうだとして、魔道具はどう説明する。売られたなら取り上げるだろう」

「こっそりと忍び込ませていた、とかですかね。どうもあの球体はグロリアさんに追従しているようですし、何かのきっかけで起動して、事故が起きて、どこかの崖に落ちたとか」

『凄いな。わざと言葉は濁したが、大分壮大な話になって来た』


 ガライドが何だか楽しそうだ。でも訂正しなくて良いのかな。

 闘士になる為に育てられたんじゃなくて、ただ闘技場で生きる為に戦ってただけなのに。


「ギルマス」

「何だフラン、黙ってろって言っただろ」

「もう!」

「あいたっ!? 何で殴る!?」

「色々話し合うのは結構ですけど、何でグロリアちゃんの前で言うんですか! 親に売られたって言ってる子なんですよ! もうちょっと気を遣ってあげて下さい!」

「あー・・・そう、か。そりゃ、すまん。ちょっと気が利かなかった」


 ギルマスさんは困った様に頭をかくと、ぺこりと私に頭を下げた。

 でも謝られても困る。むしろ何で謝られたのか良く解らない。

 親に売られたのはただの事実だし・・・。


「別に、気にして、ないです」

「そうか? なら良いんだ――――」

「良くないです! リーディッドさんも! ほら続きは奥でどうぞ!!」

「ギルマスのせいで私まで怒られたじゃないですか」

「俺のせいか!? いや、俺のせいか・・・くそう」


 リーディッドさんとギルマスさんは、フランさんに押されて奥の方へと向かっていった。

 別に、本当に、何にも気にしてないんだけどな・・・。

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