第27話
それから数日たったが、特に機関の連中が問題を起こしているというような情報は入ってこなかった。
しかし友のためとは言えつい真面目に世のため国のためのことを考えてしまう自分自身のことを俺は気に病んでいた。
余暇を楽しむためにこうしてふたたび人生を再構築するチャンスを活かしているんだ。働きすぎては意味がない。
相反する感情をかかえながら警備のための巡回と、そして余暇のために、四日間休みになる王都の記念日を利用して俺たちの家に帰ることにした。
家といっても、人里離れた山の中にある掘っ立て小屋だ。
かつて俺とモス、マリルはここで人目を気にせずしずかに暮らしていた。今は友のロビーのために王都にいるが、本来はこういうところで意味もなく寿命の尽きるまで日々を過ごすはずだった。
なつかしいジャングルのなかを進み、わが古屋の前へと到着する。
我が家は葉っぱをかぶり、泥にまみれていた。だが一部屋根のかわらがくずれているだけで他に目立った劣化はない。掃除をすればすぐに使えそうだ。
半日かけて魔法もつかって外装と中をきれいにしおえる。それからひと息ついてモスと一緒に湯船につかる。
ああ、そうだよ。こういう日を俺はずっと待ってたんだ。あしたのことも、きのうのことも気にしなくていい。人生のことも世界のことも考えなくていい。そんな時間を。
まあそんな優雅な時間はマリルが風呂に乱入してきてすぐにくずれたが……
三人で丘で寝転んで星を見たりして、ひさびさに幸せな気持ちになれた。
おおげさかもしれないが、こういうときだけ俺は生を実感できる。
そんな休暇もあっという間に終わり、王都に帰る日が来た。
薬草の種や苗などを王都へ持ち運び、そこで育てることにした。今までは自分の神格の力をコントロールするための特訓でなかなか栽培はできなかったのだが、これからはどうにか時間をつくってガーデニングでも楽しみたい。
まず家で小さな鉢植えで薬草を育ててみることにした。
それから、学校にも持ち込んで裏庭を勝手にたがやして畑にした。
月並みな感想だが、ロビーにも手伝ってもらって、たのしかった。
ひさしい感覚だった。そう、これが休暇なんだ。俺が欲していた日々。俺が欲していたもの。
その後王都へともどったが、帰るところがあるというのはいいものだ。落ち着きを与えてくれる。
次の日、教室での休み時間でのことだった。
いつものようにけだるい授業のあいまに軽く目を閉じてあくびをする。
畑の様子でも見に行こうと思っていると、教室の後ろのドアが大きな音を立ててガラリと開いた。
高等部には似つかない、ひときわの背の低い明るい髪色の少女がそこにいた。
「セルト・デュラントというのはどこ?」
まゆを吊り上がらせて、開口一番にそう言う。
こいつ、見たことがある。たしか下着泥棒さわぎのときに襲い掛かってきたやつだ。名前は知らない……高校生だったのか?
小学生くらいに見えるんだが。
とにかくめんどうそうなので逃げようかとも思ったが、わざわざ逃げるのもめんどうなのでしらを切ることにしてやり過ごそうとする。
しかし他の生徒らの視線を見てわかってしまったのか、ずかずかとその少女はこちらに一直線に歩み寄ってきた。
「あんたがそうね。入試テストで歴代一位、満点以上を取ったって言う……」
ざわ、と教室内がどよめく。
やれやれ。どこのどいつだその情報を教えたのは。ほとんどの生徒はそんなこと知らないはずだぞ。
「人違いじゃないのか」
「いいえ調べはついてるわ。生徒会長から聞いたもの」
となると、言い逃れはできそうにないな。
「用件は簡単よ。あんた、私と決闘なさい」
「……決闘? わけがわからない」
「私は飛び級推薦でここに入ったのだけど、まわりから舐められないために特別に入学試験も受けたの。その結果、この歴史ある学院で歴代二位の成績をおさめたわ。ただひとり……私より上を行った人間がいると聞いたの。それがあなただと……」
「……」
教室のざわめきが止まらない。これじゃあ今後おちおち昼寝もできないな。
そういえばミスキから聞いていた。飛び級で100年に一度の天才が学院に入ってきたと。おそらくこいつのことだろうな。
「だれが一番かはっきりさせないと気が済まないわ」
まるでプライドの塊だ。だが実力もある。いちど手合わせしているしな。
そして向こうも俺が学生離れした戦闘経験者であることを見抜いている。躍起になっているのはそれもあるだろう。
おかしなことになると面倒だ。うまく落ち着かせないと。
「じゃあ、手を出してみてくれないか」
俺が言うと、不思議そうにしながらも少女は手のひらを差し出してくる。
俺はそこにグーを出し、ジャンケンの要領で負けを演出した。
「俺の負けだな」
「……からかっているの」
不快そうに少女の目つきがけわしくなる。子供あつかいしすぎたか。この歳にしてはプライドが高すぎる。
とにかくこれいじょう目立ちたくない。席を立ち、モスの入ったバッグを背負って廊下に出る。
少女もあとをついてきた。ミスキたちが俺を心配して見つめていた。
しばらく歩いたあと、裏庭に出た。ここはそんなに広くないので戦闘には適(てき)していない。
そもそももちろん戦うつもりもない。ただ当初の予定どおり畑の様子を見に来ただけだ。農薬をつかっていてもそれが効かない虫や鳥もいるから、監視の必要はある。
「こんなところで勝負するつもり?」
案の定、畑の土をいじりだした俺に我慢ならず、少女が言ってくる。
「心が休まるぞ。おまえもやるか?」
「ふざけないで。どっちが上かはっきりさせないと私の気が済まないの。そういう性分だから。それにあんたの力も気になるしね」
手に魔力を集めて、少女は好戦的な態度で言う。
俺はため息をつき、
「……名前はなんというんだったか」
「失礼。名乗るのが遅れたわね。私はアエリシア・ベルダン。魔法Ⅰ科在籍、いずれは主席になるわ」
「……アエリシア。君は勘違いしている」
アエリシアはわかりやすくむっとする。
「俺はここではご隠居様と呼ばれている。成功にも、成果にも、順位にも興味はない。争いごとにもな。その歴代最高の点数とやらも、たまたま点数をつけた教官が高く評価しただけだろう。現に俺は魔法I科じゃないしな」
「そこよね。もし本当に歴代最高の点数だったなら、あんたは魔法I科にいるはずだわ。錬金術なんて時代遅れの古い学問だものね。でもそんなことはどうでもいいの。点数が教官の間違いでもなんでも、とにかく手合わせしてみればわかることだわ。あんたは以前私の魔法を受けて無傷だった……そんな人間は今までだれもいなかった。ごたくはいい。紳士ならば、さっさと応じてくださる?」
嵐のようなやつだ。説得は通じそうにないな。さっさと負けて引き下がるべきか。とはいえそれ自体もめんどうだ。
そこに、俺に神がかり的アイデアが舞い降りる。
このアエリシア・ベルダンは、おそらく決闘をのぞんでいる。だがなにも俺でなくてはならないわけではないだろう。
機関が王都を襲ってきたときの対抗勢力として、俺は何人かの知り合いの学生や兵士に戦闘技術の教練をほどこしている。
彼女たちの組手相手としてはおそらくこのアエリシア、最適なのではないだろうか。
特訓の質も深まるうえ、こいつもできれば機関に対抗するメンバーに加え入れたい。それならば、まあ、俺自身が決闘する得はある。めんどうだが。勝負で俺が勝つことができれば仲間になってもらえないだろうか。そういう性格にも見えないので、慎重にことを進める必要はあるが。
まあこのアエリシアならこの国が荒らされればだまっているわけはない。あるいは、その組手で彼女さえも成長してくれれば戦力になる。
「わかった、その勝負受ける。だがまず、俺の仲間とたたかってもらおうか。それに勝てれば資格ありと見て、俺も応じよう」
「……いいわ。でも、私にずいぶん低く見られたものね。消し炭にならない程度の力のあるやつを用意してね」
「ああ……」
さて、やばそうなら訓練の途中でうまく対処しなきゃな。
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