第25話



 まず事件の詳細な情報を入手するため、ギルドへとおとずれる。


 さいきんよくここも訪れるようになった。本当は働きたくないのだが、新人が育つまではけっきょく自分で動いたほうが早いことも多いからな。仕事と同じか……

 ミスキたちに訓練をほどこして防衛力にするという考えだったのだが、学校をサボってばかりいるせいで教師から雑用や課題をドッサリと与えられ、うまくはかどっていないのが現状だ。

 もはや知り合いになりつつある受付嬢に話しかける。


「ちまたをにぎわせてる泥棒の情報が入っていませんか」


「ドロボウ……というと、あの泥棒のことでしょうか。その……干している下着や衣類を盗んでいると言う……」


 恥じらいながら受付嬢がそんな言葉を返してくる。


「……は?」


 思わず目が点になる。呆けていると、すこし離れた席についていた男たちの会話が聞こえてくる。


「おい、今朝俺もやられたぜ、下着泥棒。クッソー! お気に入りのやつだったのに」


「下着なら見境なしだ。とんでもないやつだな……」


 泥棒って、そういうことかよ。


「下着泥棒……なんですか」


「……は、はい」


 受付嬢に確認すると、やはりそのようだった。


 ……


 たぶん……神聖機関は関係ないな。

 

 けど、ミスキたちも被害にあったみたいだし、訓練に支障が出ると困るから一応調べるか。



 下着を服屋で買い足し、夕方の内から自宅で洗濯物を干しておく。

 ふだんならやらないが犯人が男の下着も盗むなら効果はあるはずだ。

 うまくかかってくれるといいが。


 そうして警戒しつつ夜が更けていく。

 さすがに寝ようかというとき、ものすごい速度で何者かが俺の感知網のなかに入ってきた。

 すぐに洗濯物のところにむかうが、わずかに遅く謎の黒い物体が5枚ほど俺の下着と俺と同居している友人のロビーのものをひったくっていくのが見えた。


 すぐさま家を飛び出し、モスとともにそのあとを追う。


 やはり犯人の移動速度は常人離れしている。だが俺は探知の魔法を半神の力で強化しているので、姿を見失っても追い続けることができる。 そして、すでにおおよその犯人の予想もできていた。


 高台の丘の上にある一本の巨木へとたどりつく。そしてそこに犯人を追い詰めた。


 というよりも、そこが犯人の本拠地でもある。


 木の枝の間に、衣類全般のかたまりがひとつの鳥の巣のようになっているのが見える。


「うらみはないが、服は返してもらうぞ」


 木に近づくと、赤と白の模様を持つ巨大なタカに似た怪鳥が姿をあらわす。高速で俺たちのまわりを飛び交い、吠えて威嚇している。


 通常の滑降とはちがいホバリングのような動きもできるようで、上下左右にものすごい速さで動き回る。これではなかなか憲兵に捕まらないはずだ。


 俺を敵とみなし、口から風の魔法を出して攻撃してくる。適当に反撃しても当てるのはむずかしいだろう。


「なら捕らえるだけだ……。禍牢(かろう)」


 炎をまとった純黒の檻を空中に出し、タカを捕まえる。


 あの檻には魔力を奪う効果がある。我ながら恐ろしい技だ。


「珍しい! こいつはゲッコウムンだね。通称ハレンチ鳥」


 肩に乗っていたモスが教えてくれる。


「ああ、図鑑で見たことがある」


「他生物のにおいのする物を集めることで、それだけ強いぞって異性にアピールをするんだよ」


「……それはけっこうなことだが、服は返してもらわないとな。おい、人里離れたところでがんばってくれ」


 俺は指をうごかして、衣類で固まった巣を遠隔魔法でバラバラにくだく。そうしてほとんどが地面に落ちた。


 ゲッコウムンには気の毒だが、こんな人里のど真ん中で巣作りをするのはさいすがに無謀だろ。


 さて、あとはこの鳥を追い払って帰るとしよう。


「お前が下着泥棒ね」


 背後から言われて、ふりかえりながら即座に否定する。


「いや違う」


 暗闇のなか、幼い少女がそこに立っていた。近づいてきたのはわかっていたが、こいつ魔力と気配を隠すのがうまい。おそらくかなりの手練れのように思える。

 初めて会うが、どうやら俺のことは犯人だと思っているらしい。まあすぐそこに衣類の山があるから仕方ないといえば仕方ないか。


「問答無用!」


 少女はレイピアを抜き去り、虹色の魔法を出現させるといくつかの球体に変化させその魔法で俺のまわりを包囲する。

 あらゆる角度からあの魔法の球を飛ばして、身動きがとれなくなったりダメージを受けて隙ができたところをあのレイピアでトドメ、といったところか。

 それにしても大した芸当だな。王都の学院でもここまで器用な真似ができる学生はそうはいない。


 予想通り魔法は俺めがけて正確に四方八方から飛んできた。こちらの魔力に反応しているのか追尾してきているな。

 敵の魔法の威力を吸収するような風魔法を2、3個つかって、そちらに誘導しながら包囲網をくぐりぬける。


「いい技だ」


 だが、体術はそこまででもないな。少女は俺の動きに目を見張りつつも剣に自信があるのか勢いよく突きをかましてくる。

 タイミングが一歩遅い。おそらく彼女は俺の肩か腕あたりをかすめるつもりで剣先を伸ばしたのだろうが、すでに俺とモスは彼女を通り越し後方を歩いていた。


 雷系魔法の理を突破し時そのものを麻痺させる『無限残業』それを使うまでもない。常に発動している『神眼』の力の一部を使うだけで相手の動きは遅く見えているし、あとは風魔法を自分の背中と足にかけて地面を蹴り急加速すればいいだけのことだ。


「さすが泥棒。逃げ足は速いみたいね」


 少女は目を見張りつつも、不敵な笑みを向けてくる。好戦的な性格らしいな。


「見当違いだ。犯人はあそこの鳥。衣類をあつめて、あの木で巣作りをしていたというわけだ」


「……なるほど? じゃあさっさとあの鳥を動けなくさせて、憲兵に突き出せばいいわね。それであの鳥が犯人だと証明されれば、あなたの無実もあきらかになる」


 理解してくれたのか、少女は剣をおさめてくれる。


「……いやあの鳥に危害をくわえる気はない。遠くにいってもらう」


 あの鳥がやったことははた迷惑な話だが、だれかを傷つけたというわけでもない。処分するのはいささかやりすぎだ。


「人間に被害を出した生物は駆除するべきだと思うのだけど?」


 ふたたび少女の目が鋭くなる。自分の考えていることを曲げないタイプか。


「それはたしかに正しい。だがある意味ではうがった考え方だ。人間本位のな。獣からすれば、俺たちこそ奪う者だ」


 俺は言いながら檻を解き、鳥を解放してやる。


 鳥はおびえた表情で夜空の彼方に去っていった。


「無意味な殺生をする気はない」


 もう用はないので、モスとともにその場を立ち去ろうとする。


「ふーん……えらそうに説教してくれるじゃない。理想主義者ってやつ?」


 聞かれ、歩きながら答えた。


「ただ働きたくないだけだ。別に街の住民のためにやったわけでもない。事件が解決した以上、もう俺の関与するところじゃない。あんたはあんたで好きにすればいい」


 これで丸く収まったはずだった。


 しかし、なにか気に入らなかったのか、少女は地面に落ちていた木の枝を折って破片にし、燃え盛る火をまとわせて鳥へと放ったのである。


 背後での出来事だったが神眼でそれは見えていた。


 正義感がよほど強いのか、それとも意志が強いのか。それとも俺に軽くいなされたことが気に食わなかったのか。


 少女の放った破片は鳥の羽根をかすめた。すこしふらついたようだが飛ぶのに支障はないだろう。

 俺は気にせずただ歩いていたが、心のどこかで安堵する。


「……カンにさわるやつ」


 少女がだれかに向かってそうつぶやくのが聞こえた気がした。

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