第15話


15


 ついに、入学試験の日が来た。


 準備は済ませてきた。だがどうなるかはわからない。

 ましてや一度推薦を蹴った身だ。書類の時点で落とされる可能性もある。

 だが、もう後には引けない。


 絶対にロビーを神様にさせてやる。


 俺の代わりに。そして俺は社畜の神になんて絶対ならない。もう働くのはこりごりだ。


 だからこそ、この試験は突破しなきゃならない。


 ――やってやる。


「どけ!」


 後ろからいきなりどつかれ、俺はよろける。

 なんというかストレスで怒った顔のようになっている男が、そこに立っていた。彼も受験生なのだろうか。

 俺よりずっといい服を着ているが、風格に気品はない。

 彼は俺に罵倒をあびせる。


「道の真ん中つったってんじゃねえぞ田舎もんが。最初に言っておくが、このゴッカ様の試験をちょいとでも邪魔したらぶっ殺すからな」


 そう言って、肩で風を切りながら試験会場へと向かっていった。

 なんだあいつ……


 それにしてもこの学園は校庭や広場などを見てもとても手いれがこんでいて整っている。クワルドラの森とはえらい違いだ。まあ俺はあそこのほうが好きだが。


 学舎もかなり立派で何棟もある。まるでひとつの要塞のようだ。


 受付を済ませ、会場である芝生の広場に向かうと、見知らぬ男子学生が話しかけてきた。風貌や背丈から言って中東部か高等部の生徒だろう。年上である。

 青色の腕章とバッジをつけている。あれは試験官のサポーターの、現役生徒の証だ。

 まるで女性のような顔立ちで、髪も長い。


「君はたしか世界大会に出ていた……ロビーの友達だね。彼から聞いたよ、なぜか君は推薦をことわり蹴ったと……」


 第一声がそれだった。会場にいたのか、この人。


「それがなぜか、一般試験には姿をあらわした。……どういうつもりなのかな」


「……」


 なかなか痛いところをつく。たしかに学校側からすればおかしな行動だ。わざわざ推薦を蹴って一般試験を受けているのだから。


「推薦組に入ればいきなりここの最高クラスである魔法Ⅰ科の一つ下、Ⅱ科からはじめることができる。なぜそれを断ったのか……純粋に不思議でね」


 彼は俺に向かってそう言った。


「興味がないからですかね。俺は錬金術学科にはいりたいし」


 俺はさらりと答える。


「錬金術学科? あそこは主に物体の精製法を学ぶところで、魔法の力を伸ばすようなものではないが……」


「はい」


 長髪の男子生徒はそれと聞くと、高らかに笑った。


「ずいぶんと意識がひくいんだな。それとも君にはなにかあるのかな」


 そこに、だれかが割り込んでくる。


「これはこれは生徒会長サマ! ごきげんいかかでしょう。肩でももみましょか」


 さっきの男の子だ。俺を押しのけて彼に話しかけている。


「あれ、君は? 彼の知り合い?」


「まあそんなとこですねえ。この私ゴッカはもちろん魔法I科をめざすであります! 王都学園の最高クラスを出ることは将来を約束された栄誉でありますから!」


「うん。そういう意識の高い子は好きだよ。君は見どころがあるね」


 ふっと長髪の生徒は笑う。


「そんなすごいところなのか?」


 俺がきくと、ゴッカとやらは血相を変えて怒声をとばしてきた。


「そんなことも知らんで中等部試験受けに来たんかこのタコ! この王都学園は国が運営しているため学費がほぼ無料! ほぼタダ! その上優秀な生徒は研究費までつけてもらえる! さらにここひとつで高校大学まで兼ねている世界中から学生が集まる場所なんじゃあ」


「ふーん」


 まあどうでもいいしこいつはほっとこう。長髪の生徒会長とやらも、俺の方を見た。


「……おっと、呼び止めてごめんね。これは面接でも何でもない。気にしないでくれ。試験、受かるといいね。幸運を祈っているよ。……ああでも」


 去りながら彼はそこで言いかけて、こちらを振り向く。


「二度もがっかりさせないでくれよ」


 そう言われても、という感じなんだがな。別に俺はあんたを満足させるためにここにいるわけじゃない。

 受験生が集められ、試験官が最初の試験を説明する。まず適性診断というものをするらしい。


 ほかのスタッフによって、大きな装置に囲まれた水晶玉が運ばれてくる。


 試験官によればそれである程度のスキルや将来的な才能などもわかるのだという。

 マリルのフェアリーアイのようなものか。

「では、この適正透視をつかって諸君の潜在能力なども見る。水晶玉の前の魔導書に手をあて、魔力をこめてくれ」


 俺の前に、何人かの受験生たちか適性を調べていく。水晶に大きく文字が浮かび上がり、それを試験官がふたりがかりで読み上げながら記録していた。


 潜在能力までわかるのか。


 このままだと神格のスキルがバレるかもしれない。そうなるとすこしめんどうだ。


「次、セルト・デュラント!」


 どうするか、と考えていると、俺は自分の名前を何度か呼ばれてから気づく。試験官からは「落ち着きなさい」と小言をもらった。

 装置のところにいくまえに、あのゴッカとかいうやつが、噴き出すのをこらえているのが見えた。


 しかし俺の適正や、潜在能力についてはすこし気になるところもあり見てみたいかもしれないな。


 もし神格まで表示されてしまったら、試験官が記入する前に隠ぺいしようと俺は決める。

 そして本の上に手を置いた。大きな水晶が、俺の適正と能力値を魔力によって大きくうつしだす。

~~~

名前:ハタラスギ タクヤ


職業:・神様見習い ・元社畜


能力値

心技体オールマックス


魔法レベル****


固有スキル

【創造と破壊】

“終電”雷系魔法の限界突破

“連勤術”状態異常耐性・極 自然回復速度上昇・極

“???”


特殊スキル

社畜の化身 精神異常無効化 不眠不休・大 ストレス耐性・極



【 適正職業 : 社畜の神 】

~~~

 

 ――まずいろいろツッコみたいところはあるが、魔法レベルの部分がバグっていて見えない。四桁くらいはありそうだが。

 ていうか連勤術ってなんだよ。俺の知ってるのとなんかちがうぞ。錬金術学科に入る前から生まれながらの連勤術師じゃねえか。やかましいわ。


 それにしても、あの適正職業……


「まずいぞ、魔力値が測定できない! なんだこれは!」


 試験官が叫ぶのが聞こえた。

 ビキキッ、と、水晶に大きな亀裂が入る。はっとしたときにはもう遅く、粉々にくだけてしまった。

 装置ごと爆発するように四散し、あたりに魔力の煙が舞う。


「こ、こわれた……」


 そうつぶやいた試験官たちはあぜんとなっていた。受験生たちもざわつく。


「すぐに替えのものを。……とても貴重なものなのに……さすがに経年劣化か? すまないね君、もう一度たのむよ」


 しまったな。適正職業の項目にたいして怒りと認めたくがないあまり、つい力みすぎてしまった。水晶玉が割れたのはたぶん俺のせいだろう。

 すぐに予備の適正透視装置が準備される。深呼吸し、今度はおちついて魔力をこめる。


 魔力を前回にすると壊れてしまうようだが、やはり神格の力までも表示されてしまう。隠ぺい魔法を使い、俺はほぼすべての項目を書き換えた。

~~~


名前:デュラント=セルト


職業:・隠居 ・薬草学者


能力値

心1技1体1


魔法レベル1


固有スキル

【食っちゃ寝】精神異常耐性・極


特殊スキル

【不働(はたらかず)の誓い】ストレス耐性・極



【 適正職業 : 隠居・薬草学者 】

~~~


 ――まあこんなところだろうな。

 ふう。これでとりあえず最初の試験は通過か。しかし項目を読み上げている試験官のほうをみると、どうも顔色が暗い。


 どっと、誰かが大きな笑い声をあげた。


「ま、ま、魔力1!」


 ぎゃはは! と笑ったのは、ゴッカだった。なにかおもしろかったのだろうか。他の生徒が2とか3だったからこれくらいにしたんだが。

 その笑っていたゴッカの順番が来る。彼はなんと魔法レベル5だった。


 どうやらなかなか良いらしく、おお、と受験生からも感嘆の声がでていた。


「ま、こんなもんよ」


 ゴッカは得意げにしている。そして、俺の肩をたたいてきた。


「ああ、お前錬金術科志望だから魔力はあんまり関係ねえのかぁ。よかったな、ご隠居さま」


 あきらかに馬鹿にするような目つきで、ゴッカはそう言っていた。

 他の生徒をみていても、だいたい2や3だった。


 うーんすこし低くさせすぎてしまったのか。とっさの隠ぺい魔法だったから熟慮することができなかった。

 まあいい、まだ試験はある。他で取り返そう。たしか試験は複数あって、それらを総合して判断するらしいからな。


 次に二次試験がひらかれる。

 そこでは、

・試験官との実技試験

・成果発表試験

・面接試験


 どれかをえらぶらしい。成果発表というのはそれぞれなにかしらのものを見せなければならないようだ。試験官の説明を受けた後、みなそれぞれの希望する試験法の受付場所へと移動していく。


 俺がひとり決めあぐねていると、ゴッカが声をかけてきた。こいつは俺のことが好きなのか。


「お前どうすんの?」


 ときいてくる。


「え? ああ、面接にしようかと……昔100回くらい面接試験を受けたことがあるから、ある程度はいけるかなって」


「おまえアホだなー。いいか、なんで試験が別れてて選択できるのか考えてみろ。生徒の得意不得意を見るためだろうが。面接いくようなやつはよっぽど学業、おつむのほうに自信があるやつだろうよ。となるとそうでなきゃ、成果か実技だが……」


「俺は錬金術科だから、成果が発表出来たらよかったんだけど……余計なものは持ち込んじゃいけないかと思って、ぜんぶ置いてきてしまった」


「冗談だろ? お前説明会いってないの?」


「ああ1か月前にここに入ると決めた」


「あかんな。じゃあ、実技か? お前、剣は得意なのか? それとも杖もってきてんの?」


「いや、どっちもないな」


「終わったな」


 どうやら彼はあわれみで俺に声をかけてくれていたらしい。呆れ笑いを浮かべ、俺の背なかをぽんと叩いて彼は実技試験の受付へと向かっていく。


 うーん。面接試験を受けるつもりだったがそっちはテストに自信がないと良くはなさそうだ。

 なら実技試験を受けてみるか。別に魔法も苦手じゃないしな。


 そんなわけで、俺は最後の最後に受付を済ませた。


「まずさいしょに、模擬戦闘のおこなう。受付の遅かったものから最初に呼んでいく」


 芝生の広場で、試験官がそう言う。

 模擬戦闘、ときいて受験生の反応は様々だった。気合をいれるもの、落ち込む者もいる。


「もらったぜ」


 ゴッカはやる前からガッツポーズを作っていた。よほど自信があるのだろう。


「ではまず、セルト・デュラント。前へ」


 俺か。すごすごと前に出る。

 受験生たちとすこし離れた場所で、試験官、というより彼はおそらくここの学校の教師なのだろうが、彼と一対一で向かい合う。服でごかましているが、この人かなりすごい体格と筋肉をしている。医師のまねごとしていた経験から服の上からでも体つきがなんとなくわかるようになった。

 おそらくかなりの使い手だろう。


「……おい君。杖はかまえなくていいのか」


 その着やせマッチョの試験官が言った。


「……? あ、はい」


「……あのねえ。これは中等部の試験だから、こちらも手加減するとはいえ攻撃をするからね? いいね?」


「はい」


 ふと、どこからか視線を感じた。あの長髪の生徒会長の男だ。受験生の集団のうしろから、こちらを舐めまわすように見ている。


 あまり観察されるのは好きじゃないが、ここにいるのは他ならないロビーのためだ。全力を尽くす。


「はじめ!」


 女性の審判の声とともに、剣を持った着やせマッチョ教師がつっこんでくる。


 俺は手をつきだし、軽く無属性の衝撃波を放った。


 ――まあさすがに教師ならこれくらいは避けるだろう。


 だが、思いのほか魔法は早く飛んでいき、一瞬で教師の身体をとらえて彼方へと吹き飛ばし、校舎の三階あたりに彼の身体がめりこんだ。衝撃で壁の周囲がクレーターになっている。


 おかしい。あそこまで力をこめたつもりはない。どういうことだ。

 たしかにこういう攻撃魔法を使うことはめったにないが、それでもちゃんと加減はしているつもりだった。


「な、なにが起きた……?」


 地面に落ちてきた教師が言う。審判が「そこまで!」と声をあげた。

 しかし、教師はふたたび立つと、「まだだ」と勇んで言った。


「まだ彼の力を引き出せてはいない。これでは試験にならない……もう一度だ」


 真面目な人なんだな。俺をちゃんとテストしてくれようとしてくれてるのがうれしいが、たぶん魔力レベルとやらが1だったからおかしい、と思っているのだろう。受験生たちと審判を見ても、なにが起きたのか理解できないというような、みなそういう目をしている。


 試験官は、今度は魔法をつかってきた。彼が怒号を飛ばして地面を殴ると、土が隆起し、砂でできた巨大な杭のようなものが次々と地から連続して出現しこちらに向かってくる。


 これは避けきるのは難しそうだ。だがこんなところで失敗するわけにはいかない。


 俺は目を見開き、神経を集中させる。時間が止まったようになり、相手の魔法は動いていないように見える。

 氷撃、と心のなかで唱える。氷結属性の魔法を出し、魔法を次々と凍らせ、最後には試験官の身体全体、そのものを南極で氷漬けになったマンモスのように強固な氷の牢のなかに閉じ込めた。


 身動き一つとることができないだろう。

 周囲が沈黙しているなか、俺は淡々と彼に近づく。氷をさわり、牢を解いてやる。


「そ、そこまで!」


 審判が手を振り下ろす。

 まあまあの成績は出せただろうか。


「……なんてことだ。彼の魔法レベルはいくつだ?」


「い、1です」


 この試験官はさきほどの適正テストの場にはいなかった。代わりに、さきほどそこにいたひとりである今は審判をやっていた女性が教える。


「1でこれとはどういうことか。常識外れだな。……気に入った」


 試験官が言う。気に入らなくていいから、点をくれ。

 そんなこんなで、次の実技試験の会場へと移動する。受験生たちまでは氷魔法の影響はなかったはずだが、彼らはなぜか極寒の地にほうりだされたように喋らなくなってしまった。しかも俺と目を合わさない。

 あのゴッカでさえ話しかけてこなくなった。まあ好都合なんだが。


 次の試験官は、とても人のよさそうなおだやかな白髪のおじいさんだった。にこにことしていて、試験も慣れているようだった。


「はい、じゃあ実技試験第二をはじめます。あの巨大な黒い壁は不破石(ふはせき)と言って、ダイヤモンドよりも硬く、魔法でも打ち破れません。あれにむかって魔法を撃ったり、あるいは、みなさんの得意な魔法を見せてください。この不破石にかこまれた部屋なら、なにをしても壊れませんから。どういうものが実際に得意なのか、それを見ます」


 なるほどな。自由に魔法をやってみろということか。

 威力をみせてもいいし、自由になにかしてみてもいい。他の子はそれぞれ創意工夫された魔法を使っていた。

 ゴッカは……。暇だから準備体操をしていたら、あいつの番はよく見てなかった。まあどうでもいいか。レベル5だかならまあまあだったんだろ。知らんけど。


 今度の俺の番は最後だった。まったく待ちくたびれた。


「さ、待たせてしまったね。ではセルト君、自由にやってみてくれ」


「はい」


 この試験官はおだやかで、とてもやりやすかった。対照的に、他の子たちや、さきほどまでもいた試験官たちは俺の番になるとしんと静まり返っている。


 とりあえず魔法をあの石にたたきこんでみようと思うが、どれくらいの威力でいくか。ほかの子が全力でやっていてもあの石はかすり傷ひとつついていなかったし、やはりかなり頑丈なのだろう。


 かと言ってこれは試験だ。ましてや俺の適正試験の結果はかんばしくなかった。ほかの子と同じようにやっていてもだめだ。

 やりすぎず、そして手を抜きすぎずだ。さいきんはめっきりなくなったが、森にいたころはけっこう凶暴なモンスター相手に魔法を使うこともあったんだ。うまくやれるはず。


 手を壁の方に向け、嵐炎、と俺は頭の中で唱える。威力をコントロールしているため、唱えてから発生まですこし間があった。


「どうしたのかな? だいじょうぶ、リラックスしてごら――」


 老試験官が言いかけたところで、俺の手から灼熱の炎の渦が放たれる。


 炎は壁を喰らい、壊れないはずの不破石は、拳で殴った障子のように貫通しその奥の建物まで粉砕した。


 爆音のあと、ガラガラ、と穴の開いた壁が崩れる音がひびいた。


 まあこんなものか。

 適性試験は低く出しすぎてしまったみたいだから、実技試験で取り返さないとな。


「次の試験会場はどこですか?」


 俺は丁寧にたずねる。試験官たちは石化したようにかたまっていて、動かない。


 ようやく優し気な老試験官が、不破石の壁の奥をのぞき、もどってくるなり言う。


「今、壊れてしまったから……べ、別の会場を用意する」


 ……しまった。もしかして今ので壊れたのか。


「じゃあ治しますね」


 俺はあわてて両手を突き出す。建物や壁の壊れた部分が、時が巻き戻るように戻っていく。

 これと似たことを一度やったことがあるため、今度は慣れたものだった。その時は濁流を止めたり雨雲を吹き飛ばしたりしたからな。それに比べればこれくらい大したことはない。


 どうして自分が思っていた以上に魔力が強くなっているのか、いまさらだが理由がなんとなくわかった。たぶん前に貴族の娘さんの魔力化現象の亜種を治すときに、基礎魔力を高める薬を飲んだからだ。


 それから森の生活。モンスターたちと自然の中で切磋琢磨し、また恵まれた土壌で育った作物を食べていたことで、成長しているんだ。

 ――だから自分でも予想と魔法を使った結果がまるで外れてしまう。


 今後は気を付けないとな。とはいえあの魔力成長薬で上げられる基礎魔力にも限度はあるし、あまり使うこともないだろう。


 振り向くと、他の人間たちが幽体離脱しているかのように呆然となっているなかで、生徒会長だけが笑っていた。どういう意図の笑いなんだろうか。


 最後に、筆記試験を受けた。まず最初に名前の横に自分の希望学科を書き、共通問題を解いたあとでその学科の選択科目の欄を解いていく、という流れのようだ。


 試験中、予備の羽根ペンを落としてしまった。手をあげると、老試験官が拾ってくれた。

 試験官は俺に近づくなり顔色が悪くなり、ペンを持つ手がぶるぶると震える。さっきと様子がぜんぜんちがうけど、だいじょうぶなんだろうかこの先生。だれか診察してやったほうがいいぞ。


 それはそれとして、問題に集中する。


 中等部の試験だと言うので難しいと思っていたが、大したことないな……。歴史の問題は働かずに読んでいた歴史書のおかげであっさりとわかる。

 それに錬金術の問題も、ほとんど調合薬の精製法と同じものだ。こんなのは実践でやっていれば簡単に身に着く。


「世界三大流行病とされる黒冷病に処方される薬剤のうち、どれが適当か」


 なんだこの問題は? 選択肢がどれも粉末薬じゃないか。


 粉末よりも液体状の薬液のほうが吸収率、効果ともに高いことは十年前にトーエイ博士が立証済みだ。

 答えに困るな。まあいい次だ。


 薬剤の吸収は主に体内のなんという器官の粘膜でおこなわれるか。3つすべて答えよ


 3つ? ふざけているのか。薬剤おやび栄養分の吸収は主に胃と小腸、大腸で行われるが、口腔内、つまり口の中でも微量に吸収されている。

 賢者インナがこれも数年前に発表したはずだが、まだ学会では立証できていないんだったか。

 だがこれはすでに俺自身とモスへの実験で完全に証明されている。


 これは問題自体がまちがっているな。横線を引いて書き直しておこう。


 すべての試験を終え、会場をあとにする。

 はあ。まったく試験というものは、全く好きになれないな。これに関して楽しい思い出がひとつもない。


「待て」


 門を出るところで、だれかに呼び止められた。


「あんたは……」


「筆記試験はどうだった。まあ聞くまでもねえか。お前の適正は薬草学者だもんな……」


 ゴッカが俺を、ものすごい剣幕でにらみつけている。試験は終わったというのに、いつまで気合をいれているんだこの男は。


「むずかしかったぞ(問題自体がまちがえていて)……なにか用か?」


「ここで勝負しろ!」


 突然、ゴッカは俺を指さし意味不明なことを言ってくる。


「……はあ?」


「俺は一番の成績で試験を通過し、いきなり魔法Ⅱ科から入れる一般特待性枠を取るはずだったんだ! なのにお前は――」


「……特待枠? ……どうでもいいんだが、俺は錬金術科に入るからたぶんそれ関係ないぞ」


「……なんだと」


「そういうわけだから」


 帰ろうとするも、肩をつかまれ、そのままゴッカは門のまえに立ちはだかる。


「……認めねえぞ」


 憎らし気に彼はつぶやく。どうやら俺を通してくれるつもりはないようだ。


「魔法レベル1のお前がなぜあんなことができた? なぜこの俺様より強い魔法を使えた? まぐれに決まってる! まぐれだ!」


「ああそれでいいよ。晩飯つくらなきゃいけないからもう帰っていいか」


「ここで誰が一番か、はっきりとさせようじゃねえか」


「……俺は別にびりっけつでもいいぞ。受かればな」


「くっ……なんなんだその態度は。馬鹿にしてんのか……。いいから、魔法で勝負しろ!」


「……勝負したら帰してくれんのか」


「ああいいぜ。お前がこれから行くのは病院かもしれんがな」


 やれやれ、なんなんだこいつは。思わずため息が出る。

 まあ色々と教えてくれたし、ちょっとは付き合ってやるか。


「……じゃ、やるか。ほかの人に見つかったらめんどうだし、1分だけな」


「1分もかからず実力の差をわからせてやる! 俺がナンバーワンだ!」


「やる前に言っておくが、俺は友人のためにここにいる。手加減はしないぞ」


「のぞむところ!」


 説得も通じないか。


「まったくまだ合格も決まってないのに、なにを熱くなってるんだ……」


「うるせえ! くらえファイアー――」


 細長い杖を振るい、ゴッカは火の巨大な玉を飛ばしてくる。他の子どもたちのものよりあきらかに一回りは大きい。レベルというのはやはり魔法の総合的な力のことを言っているようだな。


 俺は飛んできた火の玉の魔法を、空中で横薙ぎに蹴り返す。まっすぐ跳ね返った魔法を受けてゴッカは吹き飛び、庭の草むらのなかに頭から落ちていった。


 これが基礎魔力のなせる技か。働かないために過ごした森での生活は、反対に俺をたくましくさせてくれたらしい。


「いいパスだったぞ」


 鞄を背負い、帰ろうとする。


「推薦はことわるわ、試験当日に決闘沙汰までやるわ、感心せんなぁ」


 聞き覚えのある声が門の外からした。


「ひさかたぶりじゃの」


 だれかと思えば、推薦の手紙をくれたあのフリッツ教授だった。


「教授……い、今のは」


「ああ、いきさつはわかっとるからよい。もう試験は終わったのだから、双方不問とする」


 ふう、と俺は胸をなでおろす。こんな形で不合格になったんじゃロビーに会わせる顔がない。


「実技のほうの話はきいたぞ。そうとう暴れまわったらしいな。筆記も最低限出来ていれば君なら余裕で受かるじゃろうな……」


 教授は俺を見て言う。別に暴れまわった覚えはまったくない。


「だが書類をみておどろいたぞ。なぜ君ほどの魔法の力がある子が、世界的にも高名な王都学院の魔法科ではなく、錬金術科を受けるのだ。これはなにかの間違いじゃないのかね。いまなら修正を認めよう」


「いえ、あっています」


「そうか。……君がえらんだのなら理由があるのだろう」


 意外にも、彼は柔軟な人物らしい。話が通じる人で助かった。


「私の担当クラス、魔法Ⅰ科はあらゆるクラスから優秀な生徒を選抜して構成される。上位10%未満の最高学科だ。しかし君ならばいずれ入ることができるだろう」


 フリッツ教授が俺の横を通り過ぎ去り、学舎のほうへと向かいながら言う。


「一般生徒にまじって授業をうけても、君では物足りないはずだ。……魔法Ⅰ科で待っているよ」


 過ぎ去り際、彼はそう言った。

 とはいえ俺の考えは決まっている。


「……いや、待たなくていいです」


 最高学科とか言われても、行く気ないんで。


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