第4話



『魔法修行の旅に出ます。さがさないでください』


 そう書いた手紙を置いて、俺は家を出た。


 クワルドラ山という、俺の故郷ボンゴ村からかなり離れたところにある辺境へと俺は一人でやってきていた。ここはモンスターが多いのと未知の毒草、そして食肉植物が多いので有名でだれも人は入りたがらない。


 深いジャングルのようなところだが、いいこともある。

 ひとつ、誰も人が来ない。


 ふたつ、薬草が大量にある。隠居するのは、神様にならないため、そして働かないためでもあるが、俺の趣味である薬草研究に没頭するためでもあるのだ。

 毒草が多いということは、薬草にとっても繁殖しやすい環境にあるということ。未知の薬草もあると言われているし、とても楽しみだ。


 俺は山に入る前に、自作の香水をふんだんに体にかけた。

 これはいわゆる『虫よけスプレー』をヒントにつくったもので、魔物はこの匂いをきらって近づいてこない。さっそくイノシシのような獣一匹とはちあわせたが、イノシシは鼻を鳴らしたあと一目散に逃げて行った。

 どうやら、成功らしい。この魔物よけ薬は、自分が想定していたよりすこしベタつくのが難点だが、まあそこはいずれ改良をくわえていけばいいだろう。


 目についた木の実や薬草、それから毒草の類をあつめていく。食虫植物に会えるかと思っていたが、もっと深いところにいかないとないらしい。とりあえず今日の食料のために食べられるものを中心に集めた。


 歩いているうち、見晴らしのいい荒地へと出た。水場や薬草のあるところは遠いが、まわりに木もあるし斜面からは離れている。ここならば土砂崩れや落雷があってもだいじょうぶそうだ。ここはエサになるような木の実などがなるところもないので、モンスターが寄り付くことも少ないだろう。


 しかし土は硬い。畑をつくりたいと思っているのだが、すこし骨が折れそうだ。しかしざっと見たところ、ほかは深いジャングルばかりでなかなか住居を建てられそうにはない。


 よし、ここにしよう。あとは家を造る作業だが、これがなかなか計算だと時間がかかる。

 実家にいたときにロビーと一緒に家づくりの練習をしたが、それでもほぼ二日かかった。あのときより農作業の手伝いがないうえ、二回目なので手際よくできるだろうとはいえ、一から木を集めるとなるとなかなか大変だ。


 木の棒に削った石を縛ってつけただけのお手製の斧に雷魔法をかければ、太い木も簡単に真っ二つにできる。


 屋根をとりつけるためには足場も必要だ。だが練習通りやれば問題はない。


 がんばったので夕方には終わるかと期待していたが、結局夜おそくまでかかった。できた木屋は思ったより小さいけれど、寝食と薬の調合ができるだけの広ささえあればいい。

 うん、まあまあの出来だ。俺は作った家のまで家を組みうなずく。


 しかしもう日が落ちている。フクロウの鳴く声まで聞こえ、周囲一帯に光がないため炎の魔法で燃やした焚き木のそば以外は真っ暗だ。


 夜出歩くのは足場を踏み違えてケガしたり、崖に落ちたりすることもあるので、やめておこう。

 その日は木の実と野草のスープを食べてさっさと寝た。


 次の日、太陽があがるとともに目が覚め、外に出て朝日を浴びる。


 ずっとこうしたかったんだ。だれにもとらわれない生活。大変だけど、ここには自由がある。

 

 さっそく俺は準備をして外へと繰り出した。きのう食べられなかった肉が食べたい。


 まあ実家でも肉なんてめったに出ないんだけど、ここなら野ねずみとかいくらでもとれるだろう。


 しかし魔物よけをつけていれば魔物と遭遇しないので、狩りはむずかしいかもしれない。


 そういうわけで、釣りをすることにした。これは道具も簡単につくれるし、エサもそのへんの虫やミミズでいくらでも補充できる。


 きのう小川をみつけたので、のぼっていけば広いところに出るかもしれない。そうしていると湖に出た。


 さっそく岩場にこしかけて釣り糸をたらすこと数時間、念のため魔物がちかづいてこないか辺りに気をくばっていたが、遠くで鹿の親子が水を飲みにきただけで平和なものである。


 が、釣れた魚は一匹だけ。


 これはちょっと誤算だった。もう昼時だというのに。


 魚は近づいてきてくれればかなり無警戒に釣り針に食いつくのだけど、まずこんな浅瀬には魚群がきてくれない。


 本当は湖には桟橋(さんばし)といってもうすこし水の深いところまでいけるようなアレがあるのだが、手つかずの自然いっぱいのここにはそんなものはない。


 もうすこし効率のいい漁はないのだろうか。俺としたことが漁について勉強することを忘れていた。


 そこで、神がかり的なアイデアをひらめく。


 そうだ、漁だ。釣る必要なんかないんだ。


 俺は立ち上がり、最小に抑えた雷魔法を湖に落とす。するとぶくぶくと一匹、二匹と浮かんでくる。最終的には十ひきほど水面に気絶した魚が漂っていた。


「しまった……やりすぎたか。最小限にしたんだけどな」


 木の棒でたぐりよせたあと、またアイデアをひらめき、水の魔法を使い、魚を一気にこちらの瀬にたぐりよせる。


 身の太い魚が大量に取れてしまった。燻製(くんせい)をやるには器材も作らなければならない。今日のところは何匹かはもどしたほうがいいかもしれない。


 そう思っていると、視線を感じて振り返る。すると、パンダに似た熊の獣二匹がとおくはなれたところでこちらを見ていた。


「ワイルドベアー……の親子か。もしかして欲しいのかな」


 じっと魚とこちらを見ているが、近づいてはこない。しかし魔物よけがあるとはいえ、これだけ魚を抱えていては襲われるかもしれない。ここは半分ほど残しておくのが無難か。


 俺は必要な分持ち帰り、半分はその場に残すことにした。




 ベースキャンプにもどり、調合とワナづくりの作業に入る。


 まずその前に、椅子に腰かけて両手を合わせ、深く祈った。食べ物への捧げだ。


 臼(うす)に昨日のうちに乾燥させた薬草をまぜあわせて、眠り薬をつくる。これを魚の切り身にまぜて団子にすれば、罠に小動物をおびきよせるエサのできあがりってわけだ。


 なんで眠らす必要があるかっていうと、罠にかかっても動物はシメなきゃいけないからだ。せめて痛みもなく死なせてやりたい。そのためには眠ってもらった方がいい。


 やっぱり薬草があると便利だ。この山をえらんでよかった。


 ま、薬づくりなんて本当はまったく興味なかったんだけど……


 隠居暮らしをするにあたって必要なものを考えたとき、衣食住はもちろんだけど、やっぱり病気対策を考えなきゃと思ったんだ。ひとりで山奥に暮らしてたら風邪をひいてもけがをしても医者はいない。


 そういうわけで医学の勉強は俺が生きていくうえで必須といってもよかった。

 そうしてはじめた薬草の勉強だったけど、これがなかなかおもしろい。組み合わせ次第でいろんなものになる。


 それに、自分で自由にそういうのを造るって言うのが、前職とはまるでちがっていてこれがまた楽しいんだ。


 家をつくる過程であまった木の切れ端を組み合わせて、箱状のカゴをつくってみた。これで捕まえられないか試してみよう。前にためしたときは野良猫がかかっていた。もちろん食べていない。


 仕掛けをして、いったんその場をあとにする。


 次に向かったのは畑場だった。


 土をさわってみるが、やはり硬すぎる。だが山のなかということは火山灰かもしれない。灰の土壌は育ちやすいと聞いたことがある。


「よし、畑をたがやすか。時間がかかりそうだけど、農作業なら最近いつもやってたしな」


 土を起こすところからはじめるわけだが、硬すぎてお手製のクワが通らない。しかたがないので、雷の魔法でそこらじゅう爆発を起こしてから地面をたがやすことにした。


「おお、やわらかくなってる」


 肥料もほしいところだが、そんなものはない。が、ここからが農家を経験した腕の見せ所だ。実は土には微生物が含まれていて、彼らは土をやわらかくそしてこまかく砕いてくれる。またミミズやダンゴムシにもその力がある。

 植物がなっていたりすでにやわらかい地面のとこから土を運び、畑をつくる。今日は肥料のようなものが作れないか考えながら、また明日から作業を再開することにする。


 その後罠を見に行ったが、なんとなにもかかっていない。

 そして、団子がかじられたようなあともない。


「なにもかかってない……どういうことなんだ?」


 すこし考えてみて、おそらくこうだろうということを推測する。


「そうか……。眠り薬の材料にはここいらの薬草をつかった。それでここの生き物はなんとなく毒があると判断したのかもしれない……」


 そういえば村の猟師に、動物はにおいで毒などをかぎわけると聞いたことがある。


「工夫が必要だな……」


 お昼に、焚火で焼いた魚を、深い祈りをささげてから食べる。

 自分でも、なぜこういう風になったのかわからない。自然と命を重んじるようになっていた。昔の自分では考えもしなかったことだ。

 たぶん立場が立場になって、こういうことをしはじめたのだろう。命と言うものを考えさせられる大きな機会もあったことだしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る