第2話



 これが俺の最後の試練……。


 家のちかくの林の木陰で寝そべり、読みすぎてボロボロになった魔導書を今日も読む。


 俺の固有スキル【社畜の化身】は、はたらけばはたらくほどステータス値があがっていく。つまり進化してくってわけだ。


 たぶん進化してしまったら、俺は神様にならなきゃいけないかもしれない。


 だけど神様になんかなるつもりはない。

 もう働くのはこりごりだ。

 もう社畜なんてまっぴらだ。

 労働なんて、クソくらえ。


 俺はぜっっったい、


 働かないッ!!!



「セルト~。そろそろ母さんたちの手伝いにもどってちょうだい。運んでほしい荷物があるの」


「……あっ。はーい……」


 母さんに呼ばれ、あわてて坂をおりる。


 不働(ハタラカズ)の誓いを立てたとはいえ、親の頼みをきかないわけにもいくまい。貧しいというほどでもないが裕福ではない農家に生まれ育った俺は、今日も7歳にして畑仕事の手伝いをする。


 そう、俺の名前はセルト・デュラント。黒髪で、元気はあんまりない読書がそこそこ好きな7歳の男の子だ。だが自分のことを忘れてはいない。

 ハタラスギタクヤ。社畜の神になるために、シレンを与えられた。


 そしてこれは三度目の試練だ。二回目は働きたくなさ過ぎてニートをしていた。一回目は……あまり思い出したくない。


 だがニートのときゲームをたくさん遊んでいたおかげで、この未知の場所でも適応できている気がする。


 デュラント家の息子として生涯を終えたとき、俺は社畜の神としてふさわしいすべてを備えているのだという。


 だけど俺は神様になってまでまた働くなんてもういやなんだ。


 自由を手に入れてみせる。


 一仕事終え、俺は仲のいい友達であるの男の子ロビーとともにいつもの木陰で遊んでいた。ちなみに歳の近い女の子は村にはひとりもいいないので、幼馴染という幼馴染はこのロビーくらいしかいない。


「ねえセルト、また魔法の特訓をするんでしょ?」


「タクヤって呼べって言ってるだろ」


「あ、ごめんタクヤ。早く見せて」


「うん」


 催促(さいそく)され、しょうがなく俺は魔導書を横に置いて、胸の前で手を向かい合わせる。


 魔法を使い、電撃がその間にほとばしる。


「すっごい!」


 セルトは目を輝かせていた。魔法には属性がいろいろあり、俺はそのなかでも雷が得意なようだった。

 うちの村には子供が5歳になると村人たちが集まって祝ってくれる行事がある。そこで俺は前もって村長に魔導書が欲しいと伝え、そのおかげでこの本をもらうことができた。


「いいなあ。僕もセルトに教えてもらってるのにぜんぜんだ」


「ロビーだって頭が良いし、手先が器用だし、すごいよ」


「そう?」


 そこで俺はためいきをつく。


「こないだ、父さんと母さんに、旅に出たいってことを伝えてみたんだ」


「どうだったの」


「魔法がつかえるってところも見せたんだけど、だめだった。お前にはまだ早すぎる。危なすぎるって」


「残念だったね」


「ああ。ここはのどかで本当にいいところだけど、もうちょっと魔法とか学問にくわしくなりたいんだよな。あと、はたらきたくないし……」


「え? なに?」


「なんでもない」



 休みを終えた昼頃、とつぜん村の中心あたりに大人たちがやけにさわがしく行き交いはじめた。

 なにごとかと思っていると父親が家にもどるようにと言い、母親に連れられる。


 母さんによれば近くで凶暴なモンスターが出たらしかった。冒険者や兵団が対応しているそうだが、かなり苦戦しておりこの村も危ない可能性があるということのようだった。父は家の戸や窓に板をはりつけ、母さんもそれを手伝っていた。


「とりあえずこれでよし。セルト、外に出るなよ。谷の方にワイバーンが出たらしい」


「ワイバーンって?」


 俺は父にきく。


「見たことはないが、竜に近い鳥の獣らしい。一匹このあたりに迷い込んでしまったみたいで、ギルドと兵団が戦ってるそうだ」


「ふうん」


「大丈夫なのかしら?」


「いや、とてもここらにある兵力でかないそうにはないらしい。どうにか傷をつけて、逃げてもらうのを祈るしかないと村長は言っていた」


「そんな……」


「しかも、火を吹くらしい。このへんに火がまわったら……村はおしまいだ」


 両親の物騒な会話をききながらは、俺はあることを考えていた。


「いいかセルト。なにかあったら母さんをたのんだぞ。ぜったいに逃げるんだ。生きることを考えろ」 


「あぁ……はい……」


 両肩をがっちりとつかまれて、父さんに言われる。その目は真剣だったが、悲観するようにわずかにうるんでいた。


 やれやれ、と俺は頭をかく。


 どうしたものか。外に出るなと父には言われてしまったしな。


 とはいえワイバーンが村まできて、火がまわったらここで焼け死ぬだけだろうな。


 言いつけを守るのは大切なことだが、俺はもう社畜じゃない。自分で考え、自分で道をえらぶ。



 俺は父が逃走経路として残しておいた勝手口からしのび出て、村の外へ出た。他の家の大人たちがいるので、彼らに見つからないように気を付ける。


 谷の方へは前に一度だけ父に連れられてきたことがある。ここはド田舎の辺境で都からはかなりの距離があるが、谷から見下ろせば都の街は当然見えないもののそれに続く草原の道が目に入る。


 崖になっている方があり、柵が取り付けられているため本来そちらには人は立ち入れないようになっているのだが、柵が破られている。

 そちらから激しい音や、人の叫び声がした。

 向かうと、二十人ほどの兵士が赤い肌を持つワイバーンを囲んでいた。そのそばには冒険者のパーティがいるが、傷を負ったようですこし離れた場所で待機している。

 武装した兵士たちでもほとんどワイバーンに傷をつけられていないうえに、彼らもかなりダメージを負っているようだった。特に、ワイバーンは本当に火を吹くようで、兵士たちは火傷を負い周辺の木々が焼き焦げている。


 たしかにこのままじゃよくないな。人間側は劣勢、ワイバーンはほぼ無傷。しかも下手に刺激したせいで怒り狂ってる。


 しかたない。ここはどうにかできないかやってみよう。ちょうど、実戦でためしてみたい魔法があったんだ。


 村のためじゃない、自分のために。


 俺は兵団のうしろから雷の魔法を最小におさえた形でつかい、兵士を腕でなぎ倒したあとのワイバーンの頭に当てる。

 バチッと当たった程度の威力だが、ワイバーンはこちらに気が付き、興奮して突進してくる。兵士たちが虫けらのように蹴散らされ、俺と言う子供の存在に気が付いたものたちは悲痛な叫び声をあげた。


 そうだ、こっちに来い。他の人を魔法に巻き込むわけにはいかないんでな。

 近くにくればくるほど、ワイバーンの険しい顔や迫力が伝わってくる。


 ――だが。

 俺も7年間、ただ仕事をさぼっていたばかりじゃない。


「雷の最上級魔法。生き物に使うのははじめてになるけど……」


 俺が出せるほぼすべての魔力をかける。


「社畜の化身・スキル――【終電】!」


 俺の手の平から発光し、いかづちが放たれる。その瞬間無数の青い落雷がワイバーンを包み、大爆発が起きる。あまりの暴風に俺自身も吹き飛ばされそうになり、姿勢を低くした。

 ワイバーンは激しい雷の渦に呑まれ、宙へと飛びどんどん離れて小さくなっていくように見える。そのまま、崖下へと消えていった。


 あの下は川だし、あの様子から言ってもうワイバーンは襲ってきやしないだろう。これでひと段落だな。


 しかし爆風がさり、砂埃がうすくなると、今度はまた別の問題が浮上する。


 ――ん?


 兵士と冒険者たちが、目を丸くしてこちらを見ていた。


 そのうちの一人の剣士がちかよってきて、「今のはなんだ!?」と叫んできた。


 まずい。このままだと素性がバレる。変にさわがれたくはない。

 まだ砂ぼこりが舞っていて向こうからはよく見えていないはずだ。


 俺は急いでその場を逃走し、その晩家にてなにくわぬ顔で家族とコーンスープを食べた。

 これがなかなか温かくておいしかった。

 

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