第22話 おしゃべりは無し

 そんなインスタグラムの情報を、後日私は、同僚の遠藤さんに教えてあげました。そうしたら、遠藤さんはすでに『ピーベリー』のページをフォローしていたらしく、今更という感じで私に答えてくれました。

「あそこのコーヒースタンドのインスタグラム、すごく写真がいいんだから。撮り方が上手って言うか、画質がいいって言うか」

 これは釈迦に説法でした。今時その手の情報は、SNSに上がっていて当たり前でしたね。

「そう言えば、どうしてそのインスタグラムの事をアタシに話してくれたの? あそこのコーヒーはもう飲まないんじゃなかったっけ?」

 ギクリとしてしまいました。そこで私は、夜のコーヒースタンドでの焙煎作業の事、何人かの人たちで集まって見学してる事、そこにイケメン店員さんはいない事を、事細かく説明しました。ここで誤魔化してお話をしても、意味が無いですからね。

 そうすると遠藤さん、ちょっと喉をゴクリとさせてコーヒーの味わいを思い出したのか、私に提案をしてきました。

「また、久しぶりにあのお店、行く?」

 昼間の『ピーベリー』に行かなくなって、もう1ヶ月半は経っているでしょうか。もうそろそろいい頃合いだとも思いましたので、遠藤さんの問いに首肯して返答しました。

「うん、そうですね。遠藤さんも、コーヒーが飲みたくなっているようですし」

 そんな訳で、今日のお昼休みにはコーヒースタンド『ピーベリー』に、久しぶりに行く事にしました。






 相変わらずコーヒースタンド『ピーベリー』の前では、カウンター前に四人ほどの列を作ってお客さんがコーヒーの出来上がりを待っていました。

 私たちはその列に並び、数分も経つと列も流れてカウンターの前まできました。そこでイケメン店員の石原さんと久しぶりの再会をはたした訳です。

「え? あ、あー。いらっしゃい……ませ……」

 なんとも間の抜けた挨拶でした。それはそうです。奥の店員さんにこっぴどく怒られた原因を作った張本人ですから。そんな人が目の前に出てくるとは、思ってもみなかったのでしょう。

「遠藤さん、深炒りでいいかな? じゃあ深炒りをふたつで」

 注文をさっさと済ませて、カウンターの前から脇にどきます。石原さんはカウンターの向こうから私たちの事をチラチラと見てましたが、それも次のお客が来るまでのほんの少しの間だけ。次のお客が注文のためにカウンター前に立ったら、その人とのおしゃべりが始まりました。

 おしゃべりが段々と盛り上がっていく所で、奥の店員さんがコーヒーの入った紙コップをふたつ持って、前に出てきました。そしてプラスチックのフタを被せて、私たちに声をかけてくれました。

「お待たせしました。深炒りふたつです」

「ありがとうございます」

 紙コップに入ったコーヒーを受け取り代金を支払って、私たちはその場を後にしました。店員の石原さんは他のお客とのおしゃべりに夢中でしたし、今回は奥の店員さんが渡してくれましたから、余計なおしゃべりも無くアッサリと買える事ができました。


「なんだか拍子抜けしちゃいました」

「ほーんと。素っ気ないわよねー」

 あまりにアッサリとコーヒーが買えた事で、これからここのコーヒースタンドでコーヒーを買うのも、大丈夫と思えました。今までの嫌悪感は何だったんでしょう。そう思えてしまいました。

 今日のコーヒーは、苦味は強いですが嫌な苦味ではなく、丸みと、ほんの少しの酸味も感じられる、美味しいコーヒーでした。またここのコーヒースタンドで美味しいコーヒーが飲めると思うと、少し気分が上がる感覚がしました。


 また通うようになりそうです。

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