第18話 焙煎したてのコーヒー

 焙煎していたコーヒー豆も冷めた所で、さらに白い四角のお皿の上に広げて、手元を照らすスタンドライトを点灯させて、コーヒー豆のチェックをし始めました。

「ここでもう一回『ピッキング』をします。焙煎した豆も、割れたり欠けたりしますから。それらも取り除きます」

 さらに手間をかけるようです。ここまで手間隙をかけてコーヒーの選別・焙煎をするのですから、それは美味しくなるのは当然の結果だと、私は理解しました。

「あ。こういう欠けた豆が出てきますから、焙煎後のピッキングも必要なんですよ」

 そう言って一粒のコーヒー豆を手に持ち、奥のテーブルから離れてこちらに数歩歩いて、カウンターテーブルの上の豆皿に「カラン」とコーヒー豆を置きました。それは奥の店員さんが言っていた通り、三日月型に欠けてしまっていたコーヒー豆でした。形が悪いというだけで弾かれるコーヒー豆には申し訳ない思いもありますが、これもまた美味しさの追及のためなんだそうです。


 そうしてすべてチェックされたコーヒー豆は、少しだけ残してビニール袋の中に入れて、さらに後ろの棚の中に納められました。

「焙煎したてのコーヒーは、まだ味が落ち着かないので、3日ほど置いてから店に出します。こいつが出てくるのは来週、かな」

 そう言った奥の店員さん。焙煎の器具やチェック用の白い四角の皿を片付けて、ドリップコーヒーを淹れるためのドリッパーとサーバーを用意し始めました。

「焙煎したての豆の味、どういう感じか味見をしてみたくないですか? 代金はいりませんから、一杯飲んでみて下さい」


 奥の店員さんからの、とんでもない申し出でした。目の前で焙煎をしていたコーヒーを、今この場で挽いてドリップしてくれると言うのです。

 私は無言で準備の手を眺めていましたが、その沈黙を肯定ととらえてくれたのか、そのまま奥の店員さんはお湯を沸かしてコーヒー豆をグラインダーで挽いて、作業の続きをしていました。

 コーヒー豆をグラインダーで挽いた瞬間・挽いたコーヒーにドリップポットのお湯を少し垂らした瞬間、それぞれで「フワアッ」と香りが立ち上ぼり、久しぶりにコーヒーらしい焙煎香を鼻腔に取り入れました。そのままドリップを続ける奥の店員さん、一旦お湯を注ぐ手を止め、コーヒー豆にお湯が行き渡る『蒸らしの時間』を取っています。お湯を注いだコーヒー豆が、フワフワと膨らみプクプクと泡を出し、面白い動きをしていました。こんなにじっくりドリップをしてる所を見るのは、初めてかもしれません。


 蒸らしが終わって、さらにお湯を適度な早さと量で注いで行きます。500円硬貨くらいの円を描く要領で、コーヒー豆全体にお湯を浸透させて行きます。


つつー ぽたぽた


 下のサーバーには、抽出された濃い琥珀色の液体がたまって行き、その量が少しずつ増えて行きました。ある程度の量が落ちきるとドリッパーを外して、サーバーの中のコーヒーを紙コップに移して、私のいるカウンターの所にまで持ってきてくれました。

「どうぞ。焙煎したての『ブラジル・モンテアレグレ農園』です」

 コーヒーに詳しくない私には、それが呪文か何かのように聞こえました。ともかく淹れたコーヒーが冷めないうちに、味見をしてしまいましょう。

「ずずずっ」

 まだかなり熱いコーヒーをすすると、口の中は焙煎香でいっぱいになり、続いて程よく透明感のある苦味が舌の上を転がり落ちて行きます。ああ。やっぱりコーヒーはこうですよね。


 久しぶりに本当のコーヒーを飲んだその感動。美味しいだけじゃない、嬉しい感情も沸き上がってきました。いいコーヒーって、心を癒してくれますね。

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