第10話 ハッピーエンド

 目を開けると、私は巨大なベッドに寝かされていました。

 少しだけ息苦しさを感じながら、身体を起こします。

 気を失っている間に着替えさせられたのでしょう、汚れたワンピースではなく、ノースリーブのドレスを着ていました。

 真珠のような上品な光沢のある生地で、肘の上辺りまでを隠す手袋もめられています。


 動けそうなのでベッドから降りて立ち上がると、ドレスの裾はあつらえたように地面すれすれの丈でした。

 ふんわりと広がる形ではなく、身体のラインが分かるような形のドレスに、鏡を確認したくなります。

 スカート部分には右の太ももの半分辺りまでスリットが入っているので、歩きやすくはあるのですが、歩く度に脚が露わになってしまって恥ずかしいです。


 この部屋はセイル様の家の客室なのでしょうか?

 巨大なベッドが鎮座ちんざしているというのに全く圧迫感を感じないほど広いお部屋です。

 幾つかのクローゼットと、塔で使っていたのと同じティーテーブルがありました。

 喉が乾きましたが、テーブルの上には何も置かれていません。


 どれくらい気を失っていたのか、少しふらつくので部屋の中で歩く練習をしていると、控えめなノックの後に扉が開きました。

 扉から顔をのぞかせたのは、頭の両側からヤギに似たツノを生やした女の子でした。

 私を怖がらせないようにとの配慮なのでしょうか、我が家で働いていた侍女と同じ服装をしています。



「あっ! リネット様がお目覚めになられている! ええと、ええと、少々お待ちください! いま、お茶をお持ちします! あとセイル様を呼んでまいります!」



 表情をくるくる変えながらそう言い残すと、女の子は駆け出して行ってしまいました。

 そしてすぐにティーセットを持って戻ってくると、一杯の紅茶を用意してまたすごい勢いで去って行きました。


 私は呆気に取られながらも、椅子に腰掛け、紅茶を飲みました。

 それは前にセイル様の部下の方がおすすめしてくださった紅茶でした。

 さきほどの女の子が、セイル様の言っていた部下の方なのでしょうか?

 悪魔ですから、見た目と実際の年齢は全く違うのでしょう。

 初めて会った私の前だからあんなにも勢い余ってしまっているのだと思うことにしました。


 少しして、セイル様が部屋に来ました。

 いつもより少し洒落しゃれた服装で、手袋はしていません。

 私は立ち上がり、駆け寄ってセイル様に抱きつきます。

 はしたないと思いつつ、身体が動くのを止められませんでした。

 セイル様が私の顔に口付けの雨を降らせながら、強く抱きしめ返してくださいました。



「目が覚めてよかった……。大丈夫か? 具合はどうだ、ゼリーとか持ってこさせようか?」


「ふふ、大丈夫ですよ」


「お主の言葉に舞い上がって、何の準備もなしに地獄に連れてきてしまったからな……地獄の瘴気しょうき馴染なじませるのに時間がかかった」


「あ……すみません、私がいきなりあんなことを言ってしまったからですね」


「いや、謝るな」


「王子とカトリーヌは、どうなったのでしょう?」



 最後にセイル様が何か唱えていらしたのは聞いていたのですが。

 セイル様は、生きたままでも人間界でも地獄は見せられるのだと笑って、それ以上のことは教えてくださいませんでした。



「あー、そんなことよりだな、その、リ、リネット」


「……はい」



 カトリーヌ達に向かって言っていたのは聞いていましたが、私に対しては初めて発せられた“リネット“という名前。

 ただ名前を呼ばれただけなのに、私の心臓はうるさいくらいに鼓動を早めました。

 セイル様が真っ直ぐに私を見つめ、私の左手を取りました。


 手袋に手を掛け、大丈夫かと問うように首を傾げられたので、大丈夫ですと頷きます。

 セイル様の手で手袋が外され、素肌と素肌が触れ合いました。

 そして、薬指にそっと、光り輝く指輪が嵌められます。



「結婚、してほしい」



 悪魔にも、結婚指輪の文化があるのでしょうか。

 そんなはずはありません。

 これは、この指輪は、セイル様が私のために人間の結婚について調べて、用意してくださったに違いありません。

 私の目からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちました。

 ああ、この悪魔ひとは、なんて優しいのだろう。

 私は涙を拭うこともせず、笑顔で答えました。



「よろしくおねがいします」



 セイル様がはぁぁと大きく息を吐き、緊張した、と笑いました。

 それからまた抱きしめられて、涙を舐め取られます。

 少しくすぐったくて笑っていると、その舌が私の唇を舐めました。

 私はそれに誘われるように、唇を開きます。

 この先を既に期待している自分に恥ずかしさが込み上げてきますが、それは仕方のないことだと言い聞かせます。



「もう、加減はせんぞ」


「はい。貴方で染め上げてください、セイル様」


「……煽るでないわ……」



 私の謝罪の言葉は、セイル様に食べられてしまいました。

 もう、何も気にすることはありません。

 だってここは地獄で、私は悪魔の、妻なのですから。



【END】









(お読みいただきありがとうございました。)

R18番外編はこちら» https://novel18.syosetu.com/n2050gu/

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