姫と執事の内緒⑨




「・・・あら? 姫様ではないですか。 お身体の具合でも悪いのですか?」


気の重さから足の進みが遅くなり、ふらふらと歩いているのを変に思ったのだろうメイドに声をかけられた。 城ではこうやって気安く話しかけられることがよくある。 

立場の違いはあれど、あまり固くなり過ぎないようにとの配慮なのだ。


「いえ・・・」

「エドガー様がお辞めになる話は聞きました? 本当に残念ですわよね」

「・・・」


メイドの足取りも重そうに見える。 執事とメイドと言えばいわば対になる存在で、関わることも多かったのだろうと思った。


―――エドガーがいなくなるだけでみんなが寂しくなる。

―――そして私も・・・。


ニーナは大きく深呼吸をする。 それが終わると決意を固めた目をしていた。


―――よし、決めましたわ。


「今すぐにエドガーを私の部屋にお呼びください」

「か、かしこまりました!」


突然の命令にメイドたちは慌てて駆けていく。 それを見届けるとニーナは自分の部屋へと戻った。 しばらくするとノックが鳴った。 

当然やってくるのはエドガーだと分かっているため自然と居住まいを正す。 姿見を見て自身におかしなところがないのかも確認している。


「失礼します。 姫様、いかがなさいましたか?」

「エドガー。 このお城に残ってください」


エドガーは落ち着いた口調で聞き返す。


「・・・何故です?」

「皆が悲しむからです」

「嬉しいお言葉ですが、それはできません」

「どうしてですの?」

「先程にも言いましたが、もうこのお城にいる意味がなくなったからです」

「そこまでして家宝を盗みたかった理由はなんですの?」

「理由を話すには、私自身の深い事情を掘り下げなくてはならないので」

「答えなさい」

「・・・どうしてもですか?」

「えぇ。 私は貴方のことを何も知らないんですもの」

「それは話す必要がないからで」

「私が聞きたいのです」


エドガーの発言を被せるようにそう言うと、いつもの冷静な表情を少し崩した。 多少強引な気もするが、現在は姫と執事の関係である。 そうなれば姫の言葉は執事にとって絶対になる。 

エドガーは怪盗であるから、成り立たないことになるのかもしれないが、観念して話すことにしたようだ。


「・・・分かりました。 僕には両親がいないのです」

「・・・そうなんですの?」

「はい。 今家族には小さな弟が一人います」

「その弟様は今どちらに?」

「僕の実家にいます。 執事の休みをもらえる時にしか家に帰れませんが、何とか面倒は見れています」

「そう・・・。 ご両親がいないのなら大変ね」

「その通りでございます。 両親がいないことに加え、僕の家は貧乏でお金がありません」

「だから家宝を盗もうとしたんですの?」

「はい」

「宝石部屋に簡単に近付けるから、執事になったというわけね・・・」


エドガーは何も言えず小さく頷くだけだった。 何となく腑に落ちない気もするが、エドガーがそう言うのならそうなのだろう。 姫として育ったニーナにお金の不自由という感覚は全くない。 

花売りとして育っていたならとも思うが、そんな仮定は無意味だ。 ただエドガーの表情から察することしかできないが、困っているということに間違いはないのだろう。 

ニーナは執事にどれくらいの給料を与えているのかも当然知らない。


「分かりました。 では私が弟様を養うお金を与えます」

「・・・はい? 姫様、何を仰っておられるのですか?」

「私は本気ですよ?」

「姫様の財産は僕個人にではなく、この国のことやご自身のためにお使いください」

「これは私自身のためでもあるわ。 私は貴方を救いたいの」

「どうしてそこまでなさるのですか?」

「私は貴方に今までたくさん支えられてきました。 今回の件もそうです」


今回の件というのはニーナが偽物の姫だという事実を一緒に調べてくれたことだ。 それはエドガーからすれば姫に自分の正体を隠すためのものだったが、ニーナは素直に嬉しいと思っていた。


「それは執事の仕事ですので、どうかお気になさらず」

「そしてもう一つ。 どうして私がこんなに貴方にこだわるのか分かりました」

「・・・」


そう言うとエドガーは真剣な表情をして黙り込んだ。 ニーナは畳みかけるように言う。


「これからもずっと一緒にいてほしい。 私の隣は貴方ではないと駄目なんです」

「姫様、それ以上は言ってはなりません」

「私は貴方のことが好きなんです!」

「・・・」


エドガーは溜め息をついて首を横に振った。 そして深々と頭を下げる。


「・・・申し訳ありません。 今のは聞かなかったことにさせていただきます」


エドガーはそれ以上何も言わず、静かにニーナの部屋を去っていった。 ニーナにとっての初めての告白は何だかよく分からないままに終わり、去り行く背中を引き止めることができなかった。



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