ステラエルムの魔法使い

大和大和

『光の妖精達』編

第1話 彼の名は




 黒く焦げた土がめくれていた。

 瓦礫の山からは煙が立ち上り、至る所に広げられた大穴は一目ではただの窪みだとわからない。

 その上、空や大地すらも、燃えるような夕陽に差されて赤一色へ染め上げられている。

 そこに一人の少年がいた。


「……何で、お前が……」


 気付けば、ありえないとでも言いたげに口から言葉が零れ出ていた。

 その場に屈み込み、呆然とした少年の視線の先にあったのは、周りの景色よりも一際赤くなった少女だった。


「バカな……そんな馬鹿な!」


 抱え上げた少女の体は妙に重かった。

 露出した傷だらけの白い肌。

 そこへ恐る恐る手を伸ばした少年は、グッと歯を食いしばった。


(どうして……どうしてこんなことに……)


 あのきめ細かく淑やかだった少女の肌は、既に人形のように硬く、風が温く思える程に冷えてしまっていた。

 体が、わなわなと震える。

 それでも少年の目は自ずと動いていた。


「……っ!」


 少女の上半身から、下半身へ。

 ゆっくりと目を移した少年は、そこで大きく目を開いた。


(足が……!)


 太腿から下の右足が、何かで引き裂かれたかのようになくなっていた。

 それを頭が理解するや否や、少年の手は少女の腕を潰さん限りに握っていた。


「アイ……リス……」


 返事は、ない。

 体を震わせたつつもゆっくりと少女の亡骸を地面に寝かせる。

 それから、静かに立ち上がった少年は、か細い声で少女の名を呼んだ。

 見るも無残な姿へと変貌してしまったにも関わらず、その顔に安らかな表情が浮かんでいるのは何故だろうか。

 赤く濡れた手を握り締め、少女を見下ろす少年の瞳は、美しく、あでやかで、鮮やかに――







「うぉ!?」


 突如ガタン、と大きな揺れが襲った。

 素っ頓狂な声を上げ、醒めきらない目を擦りながら起き上がったのは、白い髪を好き放題に乱れさせた青年だった。


(…………夢か)


 嫌な目覚めだ。

 手頃なふちに腕を置き、その上に顔を乗せた青年は外を流れる景色を虚ろな目で追いつつそう思った。

 季節はのどかな春で、今いるのはよく晴れた昼下がりに走る馬車の中。

 青々とした自然の広がる光景をぼんやりと眺める。

 そんな青年へ、不意に声が掛かった。


「おい、あんちゃん! そろそろ街に着くぞ!」

「……ん?」


 頭までもがぼんやりとしている青年に声を掛けたのは、青年が乗っている馬車の主である壮年の御者だった。


「街に入るには金がいるぞって、すっげえキモイ寝ぐせだな!?」

「うぇ、マジで?」

「おうよ、そんなんじゃどんな奴だろうが門前払いだな!」

「……普通さ、そこまで言うか?」

「あたぼーよ! こうでも言えなきゃ商人なんざやってらんねぇからな!」

(んなアホな……)


 ガッハッハ、という豪快な笑い声を聞き流しつつ、手櫛で髪を整えた青年はポケットに手を突っ込むと、そこから一枚の銀貨を取り出した。


「おっちゃん。俺、ここで降りるわ」

「何、ここでか?」

「おう」


 返事も適当に荷台の縁へ手を付いた青年は、動く馬車から軽やかに飛び降りる。

 馬車が止まったのはそれからすぐのことだった。


「おい! いきなり降りたら危ねえだろうが!」

「大丈夫ダイジョーブ。俺、こういうの慣れてるからさ」


 馬車を停止させて怒鳴り散らす御者へ、声を挟んだ青年は取り出した銀貨を壮年の御者目掛けてゆるく弾き飛ばした。

 それを慌てながらも両手で挟み取った御者は、自身の手に収まった銀貨の存在に思わず戸惑いの表情を浮かべた。


「この銀貨は……」

「駄賃兼お礼って感じで貰っといてくれ。じゃあな、おっさん」

「お、おう」


 現金な商人だ。

 気の抜けた返答を背に手を挙げて軽く別れを告げる。

 それから、青年が向かったのは大きな門の下で並ぶ検問所への列だった。


「ほぉ、結構人がいるんだな。ここ」


 馬車に乗った商人を始めとして、質素な恰好をした人や集団で楽しそうに会話している子供たち。

 それらを見た青年はこれから入る所が普通の田舎とは違うことを痛感して口から感嘆の声を出した。


(周りも自然豊かだし悪い場所ではなさそう、か)


 そんなことを思いつつ、一人の衛兵が近寄って来るのを視界の端で捉えた青年は、ポケットの中から今度は一枚のカードを取り出した。


「次、ライセンスカードか住人証を見せてもらおうか」

「はいよ」


 衛兵の口振りは、嫌に硬派な響きをしている。

 指示にすぐさま答えた青年はカードを差し出した。

 それを受け取った衛兵は、目を凝らすと青年のカードをじっくりと読み始めた。


「オウル・ソフィリアナ。ランクは『Dランク』。クランは……無所属か」

「あのー、色々恥ずかしいから音読するのはちょっと……」

「入場料130ケイルだ」

「あ、はい」


 カードを受け取り、衛兵の有無を言わせぬ命令に生返事しか返せない青年――オウル。

 ポケットから銀貨を取り出して手渡す。

 そして、ジッと手元を凝視する衛兵を他所に、門の向こう側へと一歩足を踏み出したオウルは、


「ちょっと待て!」

「はい? お釣りならいらないですけど」

「違う! 30ケイル足りん!」

「……え?」


 空気の凍る錯覚と、一瞬にして集まる幾多もの視線。

 ピシリと体を硬直させたオウルも元へ、フッと穏やかな風が吹き掛けた。

 春の半ばまで来ているためか、その風は優しくて、心地良い暖かさがある。

 けれども、オウルはその風が春のモノとは思えない程に冷たいような気がしたのだった。



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