第26話  『神使』


巨大ムカデの胴体の幅は百五十センチほどある。


その両脇からは無数の足がのびていて、かしゃかしゃと音を立ててうごめいている。


頭部ではふたつの目が光をはなち、するどいい牙をむきだしにしていた。



「で、でかい……!」



恐怖より、UMA的なめずしいものを見た、という気もちが先行する。


ムカデの半身が地中に埋まっているために全長はわからない。


が、かなりの長さだと容易に想像できる。


凌羽はふたたび手をあげた。


今度は左手だった。


そして、



「おまえもこいッ! 次郎冠者(じろうかじゃ)ッ!」



と叫ぶ。



「なッ?」



もう一匹でてくるのか、と山端はおもった。


山端の背後でアスファルトを突き破る音がして、さっきのムカデと寸分変わらないものが飛びだしてきた。


山端を挟撃(きょうげき)するように、二匹の巨大ムカデがそそり立つ。



「な、なんだよ、こいつらはッ?」



山端の問いかけに、



「神使(しんし)」



凌羽が静かに答えた。



「おん? しんし……?」



聞きかえすが、凌羽は返事をしなかった。


ただムカデの足がたてる、かしゃかしゃという音だけが聞こえている。



神使、とはその名のとおり、神の使いのことである。


いちばん有名なのは稲荷神社のキツネだろう。


そのほかにも白ヘビや鹿、猿やオオカミなどさまざまな動物がその役目を果たしている。



オオナムチが根の国にいった際、その国の主にあたえられたいくつかの試練の中でムカデにまつわるものがあった。


凌羽はそのムカデを神使として召喚したのだ。



「ふふんッ! でかくても、虫ケラは虫ケラッ! オレにとってはハッタリ以外の何ものでもねぇなッ!」



山端は見あげながら、右手の剣をかまえた。



「なら、しのいでみせろよッ!」



天井付近で頭(こうべ)をたれていた太郎冠者は、凌羽の号令にしたがって山端に襲いかかる。


まるで雪崩か土砂崩れのようないきおいだった。



「ふんッ」



山端は鼻で笑った。


大ムカデの攻撃はたしかに迫力があった。


だが直線的だ。


見た目の派手さにまどわされず、冷静に対処すればかわすことができる。


そしてかわす瞬間に一撃、刀をふりおろせば簡単にカウンターを狙える。


おそらく、そんな大ムカデの攻撃に連携し、凌羽本人もしかけてくるはずだ。


今までの攻撃パターンからもそう予測できる。


さらには後方の次郎冠者も連携に参加してくるだろう。


先読みできていれば、剣聖の力を覚醒させた山端がダメージを負うことはまずない。


山端の五つの目がぐるぐると別々に回転し、周囲を確認しはじめる。


大ムカデの太郎冠者は、そんな山端に迫った。


まるで丸のみにでもするかのように、大きな牙を開いている。



「へッ!」



山端は吐き捨てるように笑って、小太りのマタドールのように身をひるがえす。


流れで大ムカデに斬撃を喰らわせる。


ザブッ、という音と共に、たやすく胴体が両断された。


たった一撃で致命傷を受けた太郎冠者は、霧のようになって大気に溶けていく。


その間隙をぬって凌羽が踏みこむ。


だが、右コメカミの目がしっかり見ていた。


やはりな。


ほくそ笑む。


予想どおりだ。


山端はかがみ、凌羽のゲンコツをいなす。


そして後方にふりかえる。


猛スピードで地をはってくる次郎冠者が見えた。



「――ぬんッ!」



山端が力いっぱい刀をふりおろす。


ギロチンが落ちたかのように、次郎冠者の首が切断された。


だが、斬首された生首は、いきおいをそがれることなく山端にむかって飛んだ。


軸足にし、体重を乗せていた山端の右足は反応が遅れた。


次郎冠者の牙が、かわしそこねた山端の右ふくらはぎに噛みつく。



「ぐがッ!」



あまりの激痛に、山端は苦悶の表情を浮かべる。



「くっそッ!」



山端はもう一度刀をふりおろし、次郎冠者の頭をたてに叩き割った。


それで猛烈な痛みからは解放されたが、ビリビリと右足がしびれている。


しかし、耐えられないほどではなかった。



「ふかかか。どうだ? 役立たずのおまえの手下は、もういねぇぞ!」



ダメージをかくして凌羽の方へふりかえると、勝ちほこったようにいった。



「……そうでもないさ。あいつらはきちんと役目を果たしてから根の国に帰ったよ」



「おん?」



「その足、もう動かないだろう?」



凌羽は山端の右足を指さしてつづける。



「奈々未の義足を壊したんだ。相応の罰は受けてもらう」



そういった凌羽の瞳は、静かな怒気をはらんでいる。



「あの二匹の牙には猛毒がある。神威を発動させていれば死に至るようなものじゃないが、体は確実にしびれる。今は右足だけでも、すぐに全身がマヒするぞ」



「くッ」



忠告されたように、しびれが強さを増し、右足の感覚がなくなっている。



「もう、おっさんに勝ち目はない。さァ、おとなしくマガタマをよこしな」



凌羽は黒鉄色の手をさしだす。


このままでは全身が動かなくなるのも時間の問題だ。


しかし、



「ふかかかッ。なめるなよ、小僧ッ!」



山端は笑った。


笑いながら、剣化した右手をふりかぶる。


そしてなんの躊躇もなく、自分の右足に刃をふりおろした。


山端が、自分自身の足を切り落としたのだ。



「ぐぎぃぃぃッ!」



悲鳴とともに、大量の血しぶきが噴きだす。



「な、なにッ!」



山端の行動に、凌羽はおどろいた。


ふともものつけ根で切断された右足は、ごろり、とアスファルトの上に落ちて横たわった。



「ふかかかか。使いモンにならない足ならな、もういらねェんだよッ!」



激痛に顔をゆがめながら、山端はまた笑った。






 

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