スプリングスティーン
かとうなおき
スプリングスティーン
何になりたいか。何をしたいか。
「いいかー、いい国作ろう、鎌倉幕府だぞー。」
教師は今日もつまらないことを言った。『日本史』という興味のない事柄がつまらない教師のフィルターを通して一層つまらなくなって教室に退屈が充満する。
首を上下に振って黒板とノートを往復するあいつは、たぶん大学に行くだろう。
窓際の席で、体育の授業を恋しそうに見つめる坊主頭のあいつはスポーツ選手か。
ノートにやたらうまい落書きをするこいつは、漫画家?イラストレーター?なんにせよ、その落書きはノートに書いて仕舞い込んでしまうには勿体無い。
長い黒髪を椅子にかけて何をせずとも男子の視線を集めるあいつは、その美貌を生かしてモデルになるといい。
クラスメイトの多様性を見渡してから、焦点を自分に合わせる。頬杖をついて黒板を見ているこいつ。客観的に自分を見ても目立ったところはなく、およそ「普通」の域を出ることはないだろう。そんな普通の僕は、何者でもいいと思っている。
ただロックに生きていたい。
ロックに、という形容を僕はよく使うし、そうありたいと思って生きている。
辞書で引いても出てこない。ロックスターに共通した輝き、かっこよさ。
ロックの定義は曖昧で明確な定義はないけれど、ロックスターはすべからずロックなのだ。波乱万丈ながらも煌めきを魅せるその生き様は、僕に普通の人生を送ることへの興味を遠ざけた。
重要なのは何になるかではなくて、どう生きるか。パン屋でも、教師でも、アルバイトでも。なんだっていい。そう、ロックであれば、、、。
「おーい、氷室。」
教師に言われビクっとする。まずい、何も聞いていなかった。急いで教科書を開きながらバタバタと起立する。
「頬杖つくとな。虫歯になるぞー。」
「はい。す、すいません。」
くすくすと笑われながら着席する。嘲笑の視線に顔が熱くなるのを感じながら自己嫌悪に陥る。
ロックに生きていたい、と息巻いておきながら僕の性格はロックには程遠い。
「はあー。」
帰り道、昼の授業のことを思いだしてため息をつく。そしてそんな自分が嫌になるダブルパンチ。
「また、ため息ついてるのか。」
一緒に帰る友人の常松がいう。ため息が定着するロックスターなんているわけがない。
「ロックに生きたい。」
「はいはい、ロックね。」
聞き飽きたとばかりに、スマホに目を落としたままさらりと言われる。
「なあ、どうやったらロックに生きていけると思う?」
「そりゃあ、ロックをやるしかないでしょ。」
「まあ、そうなんだけどさ。」
もちろんそれも一つの道だとは思う。けど今の僕が音楽を始めたところで、自分の性格がガラリと変わるとは思えない。未練じみた失恋ソングを歌うシンガーソングライターになってしまう。ロックをやる人がロックなわけじゃない。ロックな人がやる音楽がロックになるんだ。
僕がなりたいのはロックスター。世の中の不平不満をハードなメロディーに乗せてぶん殴るような。
「じゃあ、恋をするしかないな。」
自信満々の顔で言う常松。
「それとロックとになんの関係があるのさ?」
「今の彼女がさ、アートって言うの?そう言うのが好きでさ、よく美術館とか行くわけよ。」
常松はいわば若者の代表例だ。大抵の流行を僕が知るのはテレビではなく常松からが多い。そんな今時の若者が美術館で思慮の深そうな顔で絵画を見ている姿を想像できない。
「俺ってそういうの絶対行かないし、似合わないじゃん?」
力強く頷く。
「横で彼女が必死に説明してくれるわけよ。これはいつの時代に描かれて、こう言う時代背景があって、こう言う想いが、とか聞いてるうちにさ。」
「うちに?」
「アートが面白くなった。」
「その話だと、俺はロックを教える側になれってこと?」
「違うって、だからロックな女の人と付き合えばいいんだよ。」
「アン・ウィルソンみたいな?」
「その人は知らないけど、ロックな人と付き合えばお前もだんだんロックになってくるんじゃない?」
納得できるような、できないような。そもそも恋愛に疎い僕にはピンとこない話だった。第一そんなイケイケの女の人と付き合えるわけがない。
考え込んでいると用事を思い出した。
「そうだ、今日はブルーススプリングスティーンのアルバムが出る日だ。」
「スプリング?」
「そうそう、70年代のアメリカンロックを代表する存在でそのダンディーで男らしい顔だちからファンからはザ・ボスと呼ばれていて、その歌声は優しさの中に力強さが感じられる唯一無二って感じ。歌詞も良くて初期の方は青春的な歌詞が多かったんだよね、「Born to Run」なんかはまさにその時の傑作だよね、第二のボブディランなんて呼ばれるのにも納得するよ、最近では社会風刺的な歌詞が多くてより一層そう言う印象があるね。「we are the world」でもサビですごい目立ってたし、ラストのスティービーワンダーとの掛け合いには鳥肌が立ったよね。」
「へー。」
会話の文章量の違いにうなだれながらも、いつもの調子なので気にはしない。逆に同じ文書量で返されても困る。
「お前のオタクっぷりには驚かされるよ。趣味の合う人が見つかるといいな。」
そう言って別れた。確かに今まで生きてきて趣味を同じとする友達はいない。それが増してや女の人なんて、、、。
CDショップに入る。所狭しと並べられたCD達。しかし目当ての洋楽コーナーは奥の一角のみ。そのほとんどはポップで、ロックコーナーは棚の一面しかない。店内には流行りの曲が流れ、入って一番最初に目が入るのはアイドルの握手券付きのCDだ。もっとロックに寄せてくれると嬉しいが世の中の需要に合わせるのが商売だから仕方がない。
奥のロックコーナーへ行く。ここにはあまり人はいない。いたとしてもおっさんばかりで同年代は見たことがなかった。この瞬間までは。
近づくまで気がつかなかったのは彼女が座ってCDを見ていて棚の影に隠れていたからだ。同じ高校の制服で、髪を肩より少し下まで伸ばしたその後ろ姿は、僕が授業中にみる彼女と同じシチュエーションだった。同じクラスの立花さんがそこにいた。
走馬灯のスピードで感情が突っ走る。同級生とあう気まずさ、なぜここにいるのか、あまりに不釣り合いな光景からくる混乱。クラスの美女とCDショップのロックコーナー。うん、おかしい。立花さんは棚の奥にいた、手前にいる僕には気づいていないようで一枚のCDをとってじーっと見ている。ここからだとなんのCDを見ているのかわからない。後ろの棚に回って後ろから覗こうとする。考えてみれば当然だが立花さんしか見えない。艶のある黒髪が目に入る、カブトムシのような黒い艶、いや、女性の髪を虫に例えるのは良くない。いつの間にかCDそっちのけで立花さんを見ていたことに気づく。違います店員さん、ストーカーじゃないです。
立花さんが立ち上がった、驚いて頭を引っ込め身を隠す。慌てて目の前のCDを手にとって見ているふりをする。あ、いいよねエドシーラン。コツコツと横を通る音がした。振り返ると立花さんはそのまま店を出て行ってしまった。
嵐が過ぎ去ったような気持ちでホッとする。とりあえず目的を果たそう、考えるのはそこからだ。洋ロックの棚に行く。そういえば立花さんが見ていたCDはなんなんだろうか。気になって立花さんが見ていた奥を見てみる。確かこの辺だった気が、、、。棚の下段、店員の書いたカードが置かれているCDがある。
「the boss new album western stars 発売!」
一旦、隣の棚のエドシーランのCDがあった場所へと戻り、そこから向こう側を見てみる。
「the boss new album western stars 発売!」
ここで運命という言葉について考えてみよう。
運命とは、偶然に偶然が重なり、これはもはや偶然ではなく必然では?と思ってしまうような偶然のことである。赤い糸や、神の見えざる手とか、そんなものはなく、塵も積もれば山となると言ったように、それはたとえ山のように見えても、冷静に近寄って考えてみれば一つ一つは塵に過ぎないのだ。人は時に、その塵の山を運命と名付ける。
同じ高校で、同じ時間に、同じCDを見に来る。流行りのアイドルとかならまだしも、この時代にブルーススプリングスティーンのCDを買いに来る高校生なんて果たしてどれだけいるのだろう。そうして僕は、この偶然が積もった山を運命と呼んだのだった。
次の日の授業中。昨日の広域な視点からは一転、僕の視線はただ一転に集中していた。
僕の前の前の右の席、立花さんはそこにいる。立花さんは昨日とは何も変わらない。変わったのは僕の目と脳ミソだ。昨日はモデルにでもなればいい、なんて言っていたが、そんなことは何処かへ行ってしまった。「ロック好きなの?」と話しかけたいが、そんなことを気軽にできるような性格ではない。増してや相手はクラスのマドンナ、僕みたいな冴えない男子が話しかける権利はあるのだろうか。今も共に彼女に視線を注いでいる(目的は違えど)男子たちの視線が僕に向かうことになるかもしれない、しかも一層鋭く。
1日の授業が終わる、生徒たちは、部活か帰るかの二択だ。どちらの選択肢を取っても先立っては教室を出ないといけない。
「おーーい、帰ろうぜ。」
常松がいう。僕ら二人の部活はただまっすぐ家に帰ればいいだけの部活だった。
日が短くなってきたな。と運動部は言うが、この時間帯に帰る僕たちには関係のない話だった。常松には昨日の話は言っていない。なんていうのかわからないけど、要らぬ世話を焼いてくるのは目に見えていた。確かに声をかけたい気持ちはある。けれどあの時ならまだしも、学校で話しかけるタイミングがわからない。クラスメイトがいる中で聞くのは気がひけるし、かと言って二人きりになる時なんてそうそうない。いつかまたCDショップで会う時を待つしかないのか。けどそんな受け身な姿勢でいいのか。ロックなやつならもっとガツンと。あ。スマホ忘れた。
「ごめん、スマホ忘れたから取ってくる。」
「おー。」
学校を出てから10分ほどしか経っていないが、昼の学校とは雰囲気が違った。カキンっという金属音。息を切らした生徒の掛け声と怒号じみた教師の指導がこだまする。放課後の校舎は自分の足音だけが反響する不思議な空間になっていた。右耳には吹奏楽部の演奏が、左耳からは運動部の青春の音色が遠く聞こえる。これを聞けるのは帰宅部の特権だろう。
心地よい放課後の校舎を進んでいると、音が聞こえた。それは歩みを進めるほどよりはっきり聞こえてくる。誰かが音楽を流している。その曲がなんなのかわかったのと。その曲が流れている場所がわかったのと、自分の教室の目の前まできたのは同時だった。誰かが教室で曲を流している。それもローリングストーンズの「(I Can’t Get No)Satisfaction」を。
予感。
クラスメイトはおらず、静まり返った教室。運動部、吹奏楽部、ローリングストーンズの三重奏が静かな放課後の校舎に音を添えた。季節は冬。夕暮れは早く差し込む夕日が教室を暖色に染め上げる。そんなオレンジ色の教室に立花さんがいた。
運命。
恐る恐る中に入る。立花さんは自分の机に突っ伏して寝ているようだった。黒髪の頭のそばにはスマホが置いてあってアレが教室にロックを充満させていた。なぜいるのか。なぜ寝ているのか。なぜストーンズを流しているのか。疑問は山のようにあった。話しかけないにせよスマホを取りに行くには立花さんに近づかなくてならない。自分の机へと向かう。スマホを取りポケットにしまう。このまま帰ってしまおうか。そう思ったが僕は立花さんの机へと向かった。人は偶然の重なりを運命と勘違いし、いつもはできないようなことをする。僕に取ってはこのほんの2、3歩がそれだ。
「立花さん。」
反応はない。眠っているのもあるけれど、それ以前にローリングストーンズの音量が邪魔をする。
「立花さん!!」
こちらを向く立花さん、どうやら眠ってはいなかったようでその目ははっきりと開かれていた。急に話しかけたがその所作に驚きはない。というか初めて話しかけた。そもそも僕のことを知っているのかと不安になる。
「あのさ、昨日、駅前のCD屋さんにいたよね?」
立花さんは何も言わない。まるで授業中と同じような目つきでこちらを見ている。退屈なものを見るように。
「それでさ、俺もその時後ろにいて、奇遇だなー、って思って、今日話しかけたんだけど。」
後ろに、というのは余計だった気がする。違うこんなことを言いたいんじゃない。
「立花さんって、ロック好きなの?」
一瞬。立花さんの目つきが変わった気がした、退屈な目つきではなく、しっかり僕を見たような気がした。瞬間、教室は静けさに包まれた。立花さんが曲を止めたのだ。
「氷室くんさ。」
あ、名前知ってるんだ。よかった。と思ってからその声に少し呆れとも苛立ちとも取れる感情を感じた。
「ビートルズのメンバー全員言える?」
「え?」
ビートルズのメンバー?唐突に出てきた伝説的ロックバンドの名前に思考が止まる。しかしそれは僕の質問を肯定しているようなものだった。
何も言わない僕を見て、ため息交じりに立花さんは僕から視線を逸らした。
「でも、さすがにビートルズは知ってるよね?」
「あ、ああごめん、知ってるよ。ジョンレノンと、ポールマッカートニー、ドラムがリンゴスターで最後はジョージハリスン、だよね。」
立花さんが僕を見る。じっと。
「じゃあ、世界三大ギタリストは?」
「エリッククラプトンとジェフベックとジミーペイジ。」
「じゃあ、スラッシュメタルの4大バンドは?」
「メタリカ、スレイヤー、アンスラックス、メガデス。」
「じゃあローリングストーンズの名盤、some girlsの一曲目は?」
「miss you。」
首だけこちらを向いていた立花さんはいつの間にか体をこちらに向け、僕を試してくる。まさかここまでのロック好きだったとは。驚きと喜びが同時に湧き上がる。僕も何か言いたいが立花さんの勢いは止まらない。
「じゃあ、プログレシブロックの代表バンドは?」
「ぷ、ぷろぐれしぶ?」
知らない単語が出てきて困惑する。そんな僕を見て立花さんは。
「いえーい、私の勝ちー。」と言ってニカっと笑った。
二人きりの教室を照らしていた夕日はもう沈みかけていて日の短さを感じた。
「そろそろ帰ろっか。」と立花さん。
いつもの帰り道を二人で帰った。こんなところを誰かに見られたら一大スキャンダルだ。
「氷室くんってロック好きなんだね。知らなかったなー。」
「いや、立花さんの方こそ。俺より詳しいなんて。」
「まあねー。歴が違うかな、歴が。」
自慢げにいう立花さん。初めて話しかけた時の鎖国的な態度とは一変しているが、これが素の彼女なのだろうか。
それからというもの、僕らは毎日一緒に下校した。常松には部活を始めようと思う。と言ってごまかした。なにせ常松の初恋の相手は立花さんなのだから、色々言われるのが面倒だった。
帰り道は必ず寄り道をした。ほとんどがCDショップか、古本屋のCDコーナーだった。立花さんはCDを手に取ると僕に見せてくる。あ、それ知ってる。となれば二人で語り合い、僕が知らないものだったら立花さんの解説が始まる。
「ロックの始まりはさ、黒人のブルースなんだよ。R&Bとかね。そこからは白人のプレスリーがロックを大衆的なものにして、ビートルズ、ストーンズ、ザ・フーのUK三代バンド始め、今のロックの形ができてきたのね、中でも影響力の強かったのはビートルズで、Sgtでの初のコンセプトアルバムとかrevolverでの逆再生と多彩なサウンドエフェクトからサイケデリックロックていうジャンルが生まれたりとか、まあ、すごいよね、そっからはハードロックのディープパープルとレッドツェッペリンが、、。」
バンドの背景、音楽性、影響を受けたバンド、メンバーの個性など、その知識量は圧倒的だった。僕ら二人は初めて得た共通の趣味を持つ友達という存在を噛み締めあっていた。
まるで歴史の授業のようにロックの成り立ちを話す立花さん。僕との知識量の差はそこにあった。せいぜい僕が知っているのは曲とメンバーくらいだが、彼女はバンドの歴史、エピソードなどを網羅している。僕がロックが好き、というのは耳で聞く話だが、彼女がいうロックが好き、はロックそのもののことだった。
ある日。帰り道にマックに寄ろうと立花さんが言った。僕は焦った。マックで二人きりでいるところを誰かに見られたらうまく弁明できる自信がなかった。「お腹すいたから。」と気軽に入った立花さんはそんなこと気にしてはいないんだろうけど。
立花さんも流石にマックでまでロックの話はせず、ポテトをつまみながら雑談をした。そんな流れで何気なく僕は話した。
「なんであの日学校に残ってたの?」
眠かったから、とかそういう答えが返ってくるんだろうと思ってたが、それは違った。
彼女の目は細められ、表情はどことなく暗かった。何か聞いてはいけない事情があったのかと不安になる。雨が降りそうな少し黒みがかった空は立花さんの心情を描写しているかのようだった。
彼女はジュースを手に取り、ストローを口にくわえながら話した。
「私さ、ローリングストーンズが大好きなんだよね。」
「うん、僕も好きだよ。」
大好きという言葉と、浮かない表情に違和感を感じる。
「けどさ、私がストーンズで好きなところはレトロなところなんだよね、ギターとメロディーから伝わってくる70sの雰囲気。」
外の曇り空を見つめながら、立花さんは話す。
「けどさ、当時のストーンズが好きだった人たちはさ、そんなこと思ってないわけじゃん?」
「そんなこと?」
「レトロだってっところ。レトロっていう感想は現代の私だから出てくる感想でしょ?」
「確かにそうだね。」
「だからさ、私ってまだ本当のストーンズのいいところを感じられてないんだなーって思うの。それなのに好きって言ってさ、ミックジャガーの前で俺のバンドのどこが好きって聞かれてさ、レトロなところですって言ったらさ、俺が見て欲しいのはそこじゃねえ!って言われると思うんだよね。」
立花さんは口からストローを離して
「そういうこと。」と言った。
すいません。どういうことでしょうか。
それからはいつもの立花さんに戻ったけれど、結局あの浮かない表情はわからなかった。
家に帰ってから、ふーっと息をつく。今日も言えなかった。
あの運命を感じたあの日から芽生えた感情は、日に日に増していき、口に出そうと決めたその日から三日も立っていた。いざ言おうとすると、迷惑じゃないかな、とか、僕なんかと、とか、そもそも興味ないとか言われそうでなかなか言い出せない。でも運命に押されて立花さんの席へ行ったあの日。あの歩みを思い出す。よし、行くぞ。ロックに生きるんだ。その第一歩なんだ。
立花さんからメールが来た。オススメのバンドのURL が送られてきて、聞いて、とだけ書かれているいつものメール。それに返信を送る。
「ありがとう、聞いてみるね。あと、明日の放課後に校舎裏の花壇のところにきて欲しいんだ。ちょっと話がしたくて。」
少し経って返信。
「うん。」とだけ。
よし、これでもうつまらない世間話なんてできない。覚悟は決まった。景気付けにロックをかけよう。CDを選んでいる時、立花さんのローリングストーンズの話を思い出す。立花さんはローリングストーンズのレトロなところが好きだと言っていた。そしてそれは違うとも。
「ストーンズの良さか。」
名盤「some girls」を手に取り流す。
一曲目の「miss you」が流れる。確かにレトロさは感じるが、それよりもメロディーとミックジャガーの歌声が作り出す雰囲気に魅了される。立花さんは70sの雰囲気と言っていたけれどそれこそがローリングストーンズの雰囲気であり、70sを作っていたのがローリングストーンズなのではないのだろうか。明日。「yesterday」の歌詞に共感できるような結果にならないといいけれど。
次の日、授業中も頭は放課後のことでいっぱいだった、どういう言葉でいえばいいのか。頭でぐるぐると文が回る。終業のチャイムを始まりの合図とし、覚悟を決めた。
教室から出ていく生徒たち、流石に二人で一緒に行くわけにはいかないので、立花さんが出て行ってから少し経って教室を出る。
花壇に着くと立花さんはいなかった。僕より先に出たはずなのに。おそらく僕と同じように配慮してくれているのであろう。その間に言葉を考える。ロックな言葉はないかと。
「僕と一緒に夢を見ないか?」
「僕の最高のパートナーになってくれないか?」
だめだ、もっとロックスターのエピソードを見てくるんだった。その瞬間は一体どんなふうだったのか。立花さんなら色々知ってるんだろうな。
足音がする方を見ると、立花さんがいた。
運命のこの瞬間、僕の一生を決めるかもしれないこの瞬間。心臓が早くなるのを感じる。運命は果たしてこの瞬間に繋がっているのだろうか。重なった偶然はこの瞬間のためであったのか。今わかる。
立花さんが目の前まで来る。
「あ、あの、。」
つなぎの話が切り出せない。
「あの、えーと、」
一歩踏み出すんだ。
「僕とっ!」
そこで見えた彼女の目は、あの時みたいに浮かなかった。
「付き合ってください!」
90度に腰を曲げて右手を差し出される。
「ごめんなさい。」
本来は謝罪の意味の言葉だが、この場面では否定の意味になる。私に謝罪の気持ちなど毛頭なく、相手の気持ちを度外視でいうなら「なぜあなたと付き合う必要があるの?」と言ったトゲのある言葉になってしまう。それはさすがに可哀想だ。この言葉を言うのに数分、あの、その、ともじもじして、ようやく言うことのできた彼に、辛い言葉なんてかけることができない。
けれど優しくオブラートに包んだ私の言葉も結末は同じ、恋は実らず、と言う彼にとっては最悪の結果なのだ。
顔を上げた彼の顔は、悲嘆、絶望、心から出たいろんな負の感情が顔から溢れ出していた。
「なんで?どうして?」
「ごめんなさい。」そう言って彼に背を向けて帰路につく。
自分でも非情だと思う。けれどこう何回もあるとうんざりしてくるこっちの気持ちを考えてほしい。
私は私が可愛いことを知っている。でもそれは鏡を見てそう思うわけじゃなく。物心ついた時から言われ続けたから。正直、自分の顔が可愛いかなんてわからない。毎日鏡で見る顔にそんな感情が湧いてこない。けれど周りは私のことを可愛いと言う。そうなんだ。と思う。
もしも私が、その可愛さ。と言うものを存分に使ってそれで喜びを感じられるなら、それでよかった。けどあいにく私はそんな性格じゃなかった。可愛さ、と言う天恵的な顔のバランスというものに私自身は何も関与していないし、何もしていない。努力の一つもせずに産まれながら持っていたものだ。褒めるべきは両親なはず。けれどまるで私が勝ち取ったものかのように周りは褒め称えてくる。その天恵がスポーツや、音楽のように自分の努力が少しでも加わるものだったのなら、まだ自分の長所であり自慢だと誇れるだろう。けれど何もしていない私の顔面は誇れたものでもないし、それに対して賞賛を浴びせてくる人を見ると不自然に思えてくる。
中学になると、告白されることが多くなった。
クラスメイト、別のクラスの人、先輩、後輩、誰?みたいな人。そんなに多く接したわけでもない人が多かった。その度に私は。
「私のどこが好きなんですか。」と聞いていた。今思い消すと高飛車な感じは鼻につく。
相手は大抵、一瞬言い淀む。おそらく思考はこうだ。
顔。いやそんなこと言えるわけないし、えーと。
「明るいところ。」
「勉強できるところ。」
「笑顔。」
と、それぞれに第二志望の理由を答えてくれるのだ。
まあ、そうだろう会社の面接で給料が欲しいからです。なんて言えない。
そんなことを繰り返すうちに、誰も自分を見ていないことに気づいた。私の顔面の皮膚の形状に惹かれ一生を共にしようと言ってくる。皆の視線は私の心まで届くことはなかった。
そのうち、告白する男子を全て断っていたことから、男子からは「女が好きなのか?」と噂が立ち、女子からは「何様のつもりよ。」と嫌悪され、次第に孤立していった。もともと一人が好きなので苦しくはなかったが、もううんざりしていた。
そんな気持ちの時は必ずロックを聴く、それもとびきりハードな。
物心ついた時から父のレコードプレーヤーから流れていたロックを聞いていた私は当然のようにロックにハマった。というよりそれ以外の曲を知らなかった。
暗く澱んだ気持ちをそのままに、スピーカーを大音量にして、ハードロックを流す、理科で音は振動だと習うよりも前にそのことは知っていた。MAXのスピーカーは部屋を揺らし、私の体をリズムで揺らす。力強いギターは海馬に一撃で刻み込ませるリフを唸らせる。ドラムとベースがギターの主旋律を支えながらも、曲全体の形を作る、テンポ、リズム、メロディー、全てが融合して私に襲いかかる。ボーカルが歌い出す。脳内に直接語りかけてくる歌声は私の悩みがちっぽけなことだと教えてくれる。悩みを忘れようとは思わない。ただ、自分の頭の中を大きく占めていたことが、だんだんとしぼんでいき、しょうもないことだったなと思える。その瞬間が好きだった。ロックンロールは鳴り止まいない。ロックがあれば私はいきていける。
高校は家から近かったが、もともと中学が遠かったこともあり、中学の知り合いは少なかった。
入学当初、また始まる周りからの視線。好意からくるもののはずなのになぜこうも嫌気がさすんだろうう。高校ではあまり喋らなかった。悪く言えば無口で暗い感じだったが、周りからはクールと言われた。そんなとき彼に出会った。彼はロックが好きだといっていた。私よりは詳しくなかったがそれでも同じことで語り合えるのは楽しかった。
そして今日、彼から話があると言われた。嫌な予感は的中。告白されたのだった。裏切られた気分だった。結局なんだったの?ロックが好きというのさえ私の気をひくためだったのかとさえ思えてしまう。一方的な他人の恋愛感情を浴び続けた私は、自分の恋愛、他人を好きと思う気持ちをなくしてしまったのかもしれない。
彼を振ってから、頭を陰鬱な気分が取り巻く。そのまま帰らずに自分の教室に向かった。誰もいない、静かなところへ行きたかった。自分の机に突っ伏す。外からは運動部の暑苦しい音が、どこかからは吹奏楽部の甲高い楽器の音色が聞こえる。その音がやかましく思えてスマホを出してロックを流す。ローリングストーンズの「I can’t get no satisfaction」だ。自分だけの世界に入って曲をきく。ミックジャガーが満足できないとシャウトする。そうだ。私も満足できてない。今日、告白してきた津田くんはもし付き合ったとしたら、私を満足させてくれたのかな。
「立花さん!!」
頭だけ横に向けるとそこには同じクラスの氷室くんがいた。
氷室くんは本当のロック好きだった。同じ趣味の話ができることは本当に嬉しかったし、私の顔じゃなく、私の趣向によって気づかれている関係が心地よかった。
放課後に話がある。
氷室くんからそんなメールが来た。
頭にズガーンと衝撃が走る。ロックスターの訃報を聞いた時のような、別れ、終わりの報せ。
結局はそうだったんだ。失望の気持ち。
ああ、もうめんどくさい。
気分が落ち込んだ時は、無意識のままCDプレーヤーに手を掛ける。いつもならハードロックとかメタルの勢いに身をまかせるけど、なぜかそんな気分にはなれず、ストーンズの「miss you 」を流す。名盤「some girls」の一曲目に入っている別れの曲。ああ、ミックジャガー、今ならこの曲の本当の良さがわかるかもしれない。
次の日、放課後になり教室を出る。花壇までの道のりを少し迂回して向かう。
断ったらどうなるだろう、きまづくてもう会えないよね、一緒にCD屋にも行けないし、ロックについて語り合えないのかな。
いっそのこと付き合ってしまうのはどうだろう。この関係のままいられるし。そう思った後で、なんでこの関係のままじゃいけないんだろうと思う。
冬の季節。日の動きは早く、明るい時間は終わろうとしていた。どれだけ迂回しようが、所詮は学校。目的地についてしまった。
いつもとは違う氷室くん。緊張している。そういつもそう。みんなそう。
「あの、えーと。」
言わないで。
「ぼ、僕とっ!」
日が沈む。時間は逆行することはない。この先の人生が暗くなるのを感じる。
「バンド組んでくださいっっっっ!!。」
終わった、さあ、なんて断ろうか、、、。え?
「ば、バンド?」
「俺!ロックに生きたくて!でも俺みたいなカッコよくないやつが音楽やってもロックなんて無理だから!けどかっこいい立花さんなら!ロックな立花さんとならロックができると思うんだ!」
ポカーンとする。思考が湧いてこない、初めに湧いてきたのは笑いだった。
「あはは、あははは!」
笑えてきた。想定外の氷室くんの告白と、勘違いしていた自分の傲慢さと驕りに。
「た、立花さん、、、。」
心配そうな目で氷室くんが返答を待っていた。勇気を出して行ってくれたのに笑ってしまうのは悪いことをした。
「フフッ。ああ、ごめんごめん。」フーと息をつく。
「いいよ。組んであげる、バンド。」
氷室くんの顔がパーっと明るくなる
正直、あまり考えずに言ってしまった。けれど、かっこいいなんて言われたのは初めてだった。ロックだとも言われた。氷室くんはいったいどんな私を見てるんだろう。
「氷室くん。」
ガッツポーズの手を下ろしてこっちを見る氷室くん。
ロックの定義は曖昧で明確な定義はないけれど、氷室くんならこの気持ちがわかると思う。
「ロックだね!」
私だけのロックスターは困った顔をした。
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