不登校の幼馴染が学校に行く条件は、毎日俺とキスをすることだった【WEB版】

倉敷紺

全てはこのキスから始まった


 「かー疲れた。今日の練習もきつかったな。そうだ宏樹、この後ラーメンでも食いに行かね?」


 「あーごめん、今日も無理だ。誘ってくれたのに悪い」


 「今日もか? たくっ、彼女なら素直に紹介してくれよ」


 「そんなんじゃないって。んじゃ、お先。また明日」


 「んじゃなー」


 部活終わり。チームメイトたちがご飯を食べに行こうとしている中、俺、「梅崎宏樹(うめさきひろき)は今日も誘いを断ってある場所に向かう。そこは俺が高校一年の秋頃から、ずっと通っている場所。


 「こんばんは」


 「こんばんは宏樹くん。今日もありがとうね……」


 そこは……俺と長い付き合いのある幼馴染、「浜地幸穂(はまちゆきほ)」の家。インターホンを押すと、今日もユキのお母さんが俺のことを出迎えてくれる。部活の関係上、どうしても俺は夜の時間帯しかこれないのだが……それでも嫌な顔せずに迎え入れてくれる、いい人だ。


 「こちらこそ夜遅い時間に押しかけてしまってすみません。それで……今日はユキ、どうですか?」


 「……全然。いつも通り、部屋に閉じこもってるわ」


 「……そうですか」


 「……ほんと、いつになったら……あの子、元のように学校に……行くのかしら」


 ユキのお母さんは諦めた顔をしながらそう言う。そしてそれを聞いた俺も、つい困った表情をしてしまう。


 そう、ユキは高校一年生の秋頃から不登校となっている。元々おとなしい性格ではあったものの、特に学校で嫌がらせを受けている報告もなければ学業も優秀だった。それにも関わらず彼女は突然不登校となり、部屋に閉じこもるようになってしまった。


 長らく一緒にいた俺はそんなユキのことが心配で、毎日彼女の家に行ってお話しに行ったり、同じクラスになった二年生からはプリントを渡しに行っている。それぐらいしか自分にはできないからと思って。だけど最近……。


 「……俺、今日でユキに会いに行くのやめようと思ってるんです」


 「……どうしたの?」


 俺は、ここにくることを止めようと考えていた。


 「俺が毎日来ることが……ユキのプレッシャーになってるかもしれないって思って。……なんか、こうやって毎日来るのも、俺の自己満なのかもしれないですし」


 もちろん、俺はユキのことを心から心配して毎日訪れていた。だが、そんなことは向こうからしてみれば関係のないこと。ユキが嫌だと思っていれば返って逆効果だ。


 だからこそ俺はこの決断を下した。何が正しいのかはわからないが……ユキの幸福を最優先に考えての、俺なりの行動だ。


 「……本当に、ありがとう宏樹くん。幸穂のこと、ここまで心配してくれて」


 「大したことないですよ。幼稚園からの長い付き合いですし……俺は幸穂に幸せでいて欲しいですから。それじゃあ、ユキと話してきますね」


 「ええ、お願い」


 そして俺はユキの部屋の前に行く。子供の時は部屋にも何度か入ったが、中学生の頃からもうお互いの部屋に入ることはなくなって、こうして毎日来るようになった今は……扉が開いたことすらない。


 「ユキ、こんばんは」


 俺はこんこんと優しくノックをして、挨拶をする。するとドアの向こうからこんこんと優しく扉をノックする音だけが返ってくる。返事はないけれど、ユキがこうして反応してくれるだけでも、俺は嬉しかった。


 「今日さ、ここら辺の近くにある弁当屋で買った弁当が美味しかったんだよ。竜田揚げ弁当だったんだけど、肉が凄くてすぐ腹一杯になったんだ」


 そして俺はドア越しにいるユキに話しかける。とはいえ、ユキが返答することはなく一方的に俺が話しかけているだけだが。それでも俺はユキとおしゃべりがしたい。


 「そしたら友達がさ、勝手に竜田揚げ一個取りやがってさ。奪い返そうとしたらあいつ飲み込みやがって……。食い意地がすごいって思ったよ」


 「で、そいつ放課後に腹くだして遅れて練習来たんだ。今日は春大会のスタメンを決める大事な練習だってのに。でもまあ……なんだかんだあいつもスタメン取れそうだったけど」


 「……それでさ。俺も今日の練習凄く上手く行ってさ、スタメン取れそうなんだ。だから……」


 だから、と言った後に喉から出そうだった言葉を俺は飲み込んだ。「試合、見に来て欲しい」と言いたかった。だけどそれはユキに変なプレッシャーを与えるんじゃないかって。そうしないために、今日で来るのをやめると決めたのだから……言うもんじゃないと思ったから。


 「……」


 それから沈黙が続く。勢いに任せて喋っていたから、一度崩れてしまうとすぐに喋れなくなってしまう。ああ、もっと喋りが上手かったら……どうにかできるのかな、なんて思いながら。


 「……あ、あのさユキ」


 だけど何か喋らないといけない。そう思った俺は突発的にあることをいう。


 「……俺に何かできることがあったら言ってよ。できることなら……なんでもするから」


 なぜこんなことを言ったのか。それは自分にもよくわからない。今までこんなこと言ったことはなかったのに。もしかしたら、最後と決めたからせめて何か……と思ったからか? いずれにせよ、答えは出ない。


 「…………えっ!」


 その言葉を言った後、俺は驚きを隠せずに声を上げてしまう。なぜなら……今まで一度も開かなかった、ユキの部屋の扉が……ゆっくりと開いたから。


 「………………」


 「ゆ、ユキ……」


 お人形さんのように整った可愛らしい顔立ち。高校生にしては少し小柄な体型。そして……精巧に縫われたかのように綺麗な黒髪。


 閉じこもっていたからか、少しそれらに陰りはあったものの……それでも美しくて可愛い、「浜地幸穂」の姿がそこにはあった。


 「ゆ、ユキ!」


 俺は久しぶりの再会がとても嬉しくて、満面の笑顔で幸穂のことをみる。それに対してユキはとても恥ずかしそうにして、目もキョロキョロとさせて縮こまった様子だった。


 「…………な、なんでもいいの……ヒロくん……?」


 ボソボソとユキは俺に確認した。そして俺はその問いかけにウンウンと大きく頷く。出てきてくれたことが嬉しくて、もうなんでも聞いてあげると言った状態だった。


 だが、ユキの願いは俺が思っているようなものではなく……。


 「…………じゃ、じゃあ……今日から私と……毎日キスして」


 「………………!?」


 「……そしたら、学校行く。ヒロくんにそこまでしてもらったら……私もお返ししないといけないから……」


 それは、予想すらしていなかった願いだった。俺は一瞬冗談で言っているのではないかと疑ったが、何年も一緒にいるユキの様子を見ると本気だとわかる。それが一体どう言う意図があるのかは……わからない。


 自分に好意があるから? でも中学のあの時……


 【……ごめんね、ヒロくん。私……】


 それはもう無いとわかったはずだ。なら一体……と考えるものの、一向に答えなんて出てこない。


 「…………それで、いいのか?」


 だけど同時に、これを拒めばもう二度とユキと出会えないんじゃ無いか。そう思った俺は……覚悟を決めた。もう二度と、会えないなんてことにはなりたくなかったから。


 「…………うん」


 そして俺の問いかけに、ユキは頷く。そして俺たちはユキの部屋の中に入って……。


 「はむ……んんっ……」


 ユキから俺に、キスをした。


 俺はこれが初めてのキスだった。ユキも明らかに慣れていないようで、きっとユキも初めてだったんだろう。だからやり方なんて、なんとなく覚えているドラマのワンシーンをなぞるようにしていて、側からみればぎこちないもの。だけど……それでも俺たちにとっては溶けてしまいそうなぐらい、柔らかくて、甘い感触が広がる。


 「ん、んんっ……んんっ……ヒロくん……んんっ」


 「ゆ、ユキ……」


 ユキはさらに強く唇をくっつける。そして俺もやがてどんどん正気を奪われていくが……慣れていない二人だから、息が続かずに……。


 「……ぷ、ぷはっ……はあ……はあ……」


 「……だ、大丈夫……ユキ?」


 ユキは息を切らしながら俺の唇を離す。その後お互いに大きく息を吸った後、正気を取り戻していく。


 「……う、うん。大丈夫だよ……ヒロくん。ご、ごめんね……」


 「あ、謝ることなんて……」


 「…………本当に、優しいねヒロくんは。……明日……待っててね」


 キスを終えた後、ユキはそう言う。それが本当なのか、この時の俺にはわかるすべもなかったが……その言葉を信じて、俺はユキの部屋を去り帰路に着いた。


 この約束が二人だけでなく、俺の人間関係ですら変えてしまう、ある事件を巻き起こす原因となることを……知る由もなく。


  ――――――――――――


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