AAI-Not Found

右京虚宇

第1話持たざる者

 店の外を大きな音を立ててバイクが通り過ぎる。時計に目を向けるとその針はちょうど4時を回ったことを示していた。


 少年は自分の赤髪を弄びながら退屈そうに欠伸をした。そしてもう一度時計を確認し、コーヒーをもう一杯たのんだ。その時、窓の外を何かが通った気がして少年は後ろを振り返った。そこには誰もいなかった。


 カラン。という音を立てて、ライダースーツを着た男が入って来た。


「よお、待たせたな樹。」


 ライダースーツを着た男は快活そうに笑いながら少年の向かいに座った。


「ほら、頼まれてた本。」


 赤髪の少年は受け取った本を大事そうにしまった。


「毎度すまねぇな。」


 引き締まった筋肉質の体をすぼめながら少年がコーヒーを飲む。


「仕方ねーよダウンロード出来ねぇのは。だから、まあ…気にすんな。」


 そう言った男は照れたのを誤魔化すように店のマスターを呼んでブラックコーヒーを注文した。


「遅れて来て悪りぃが、この後ちょっと立て込んでてな。そんなに長居はできないんだ。」


 男はそう言いながら運ばれてきたコーヒーをうまそうに飲み干した。


「いや、こっちこそ忙しい中呼んで悪か…くそ。」


 突然少年が耳に手を当てる。


「おい、どうした?」


 男が心配した表情で話しかける。


「いや、聞こえねぇのか?助けを求める声がすんだろ。」


 男は少年の言葉を聞いて呆れたような顔に変わる。


「またかよ、正義の味方様。ほんとよく聞こえるよな。で?だからなんだよ。お前の耳がいいのも運動能力が高いのも認めるが、それで何ができるってんだよ。」


 少年は黙って話を聞いていたが、聞き終えるとゆっくりと立ち上がった。


「何もできねーよ。でも助けを求める人がいるのに何もしようとしないのは違うだろ。」


 少年は机の上にコーヒー代を叩きつけて店の外へ走り出した。


「行ったところで被害者が1人増えるだけだろうがよ、PAAIも持ってねぇんだ。いい加減自分の弱さを自覚しろよ」


 男は不機嫌そうに舌打ちをして呟く。


「レイソルon《起動》さっさと本部にいくぞ。」


 少年はさっき聞いた音を頼りに走っていた。体力には自信がある。時間はさほどかからないはずだ。


 走りながらさっき言われた言葉を思い出す。(お前に何ができるんだよ)幾度となく言われた言葉だった。


 くそ、力がなけりゃ人を助けようと思うこともいけねぇのかよ。


 少年はスピードを上げる。入り組んだ路地を勘を頼りに走っていく。そこで少年は見つけた。4人の男が1人の少女を囲んでいる。


「おい、てめぇら何やってんだよ。その制服俺と同じ舞阪のやつだな。」


 少年が赤みがかった髪を逆立てながら声を荒げる。少女を囲んでいた4人は最初こそ迷ったような表情をしていたが、少年の姿を認識すると笑みを浮かべた。


「こちらは存じ上げてますよ。その赤い髪、非所有者のかじさんですよね?嬉しいな〜お会いできて。」


「橈・クーデスト・樹だよ。どうせならフルネームでおぼえとけ。それで、お前ら恐喝か?」


 4人が顔を見合わせる。すると声を上げて笑い出した。


「そうなりますかね?はは、じゃあどうしますか?とめますか?」


 樹が4人向かって歩き出した。


「ああ、止めるよ。」


 4人がスマホを取り出した。


「起動」


 PAAIを起動したか。やっぱデバイスはスマホ。あれを破壊すれか奴らをぶっ飛ばせばこっちの勝ち。デバイスはそう簡単に変わらねえが…かまわねぇ、こちらから仕掛ける。


「ファイトオプション選択!来いよ、一発で沈めてやる。」


 4人の中の最も体の大きな男が怒鳴りながら構える。樹は相手に向かって行くと見せかけ、途中で止まって路地の瓦礫を拾い上げた。それをそのまま投げつける。


 キーンという音がして相手の腕が1人でに瓦礫を殴り飛ばす。そこをすかさず樹が殴りつけた。


「くそ、反応させられた。」


 一旦引いて立て直そうとする相手にそのまま前蹴りを喰らわす。


「質の悪いもん使ってんな!」


 1人はすでに戦闘不能。後は3人。奴らそんなにレベルの高いオプションは持ってねぇ、一度技使っちまえば、再発動まで隙ができる。問題はその前にあの女の子を人質に取られないこと。


「ふざけんな!」

「ふざけんな!」


 同時に声を上げ、挟み込みながら2人でナイフをつきだしてきた。樹は体を回転させながらそれを避け相手の腕を掴む。そしてもう1人の相手に上段蹴りを入れてナイフを吹き飛ばした。


「コイツほんとにノンAIか?速すぎるだろ。」


 相手が怯んだ間にもう1人を投げ飛ばし、ナイフを奪った。相手の首を絞めながらそれを人質としてナイフを向ける。


「2度とこんなことすんなよ」


 樹は残った1人に向けて言う。


「ブラックオプション、発動。」


 男が呟いたその時樹の体に電流が走った。体が痺れ、そのまま倒れ込む。


「くそ、違法オプションじゃねえか。」


 樹が睨みつける。倒した3人も樹の姿を見て集まってきた。


 またかよ、結局俺にはダメ…


 橈・クーデスト・樹はそこで意識を失った。


「橈さん、橈さん。」


 名前を呼ばれて目を覚ますとあたりはすでに暗くなっていた。傍にショートカットの少女がいる。それがさっきからまれていた少女だとわかるのに少し時間がかかった。


「よかった倒れた時どうしようかっておもったんですよ。」


 樹が体を起こす。


「今何時かわかる?」


 少女がスマホで時間を確認する。


「そんなに経ってないですよ、今5時半くらいですかね?」


 樹が自身にほとんど怪我がないことを確認して立ち上がった。


「ありがと。でもよかったよ、君が無事で。あいつらは?」


 少女は少し困ったような顔をする。


「えーと橈さんを倒してどっか行っちゃいました。」


 あれだけやられた相手に何もしないで帰るものか?樹は少し疑問に思ったがその思考をやめた。俺なんてそんな価値もなかったのかもな。


「でも気をつけろよな。こんなところ女の子1人で来るような場所じゃない。」


 少女は俯いて何か呟いた。


「じゃない…僕は女の子じゃない。僕は、僕は男です!」

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