第10話 喧嘩のスペシャリスト

 六千年という途方もなく長い時の中で、僕は、様々な人生を生きてきた。


 ある時は、兵士であった。


 またある時は、その兵士を率いる将軍であった。


 さらにある時は、その将軍の上に立つ王であった事もある。


 数万単位の命をかけたいくさを何度となく乗り越えた。


 そしてある時には、あらゆる暗殺術を身につけた世界一の殺し屋であった事もある。


 要するに、僕は戦いのスペシャリストなのである。


 時は令和。


 自分の身の程もわきまえない凡人バカが、今まさに、僕から金を巻き上げようとしている。


 令和の時代に、まだカツアゲなんかしている奴がいたのか。と、驚きの目を向けている僕に、


 『ジャンプしろよ』


 と言ってくるモブキャラ。


 いやっ、そもそも僕お金持ってないし。


 電子マネー派だから。


 コイツは昭和初期からタイムスリップして来た田舎のヤンキーの類であろうか?


 『すいません。急いでるんで、そこどいてくれますか?邪魔なんで』


 僕からの優しい最後通告も聞き入れずに、


 『グズグズしてるとっちまうぞ。こっちのバックにはあのまさるさんが付いてるんだ。素直に言う事を聞かないと、お前、この街で生きていけなくなるぞ』


 等と、訳の分からぬ事を言ってくる。


 勝さんとは誰だ?


 凡人バカ共を率いるお山の大将の事を言っているのであろうか?


 こちらは、もう、何百回と命をかけた戦いに臨んできたんだ。


 時には国の為。


 時には平和を手にする為。


 そして、時には愛する人の為に。


 その戦いの中で学んだ凡ゆるスキルが、僕を加速度的に強くさせた。


 今の僕は、おそらく、控えめに見積もっても、この銀河系で最強の生物である事は間違いない。


 その僕が、なぜ勝さんごとき凡人ザコを恐れなくてはならないのだ?


 納得出来る道理があるなら、説明してくれないか?


 高校生から金を巻き上げる、ろくに就職もしていないであろうチンピラ風情が、なぜ肩で風を切りながら我が物顔で、この街を闊歩かっぽしていられるのだ?


 あぁ〜。もう、ダルいから、コイツ、やっちまうか。


 『おい、何、無視決め込んじゃってくれちゃってるんだよ?それともビビッて声も出ねぇのか?早くジャンプしろ……、ピギァ!』


 地面に転がりのたうち回る凡人バカ


 たかだか、両肩の関節と股関節を外しただけでこの騒ぎ様。


 みっともないったらありゃあしない。


 まったく、コイツは大人しく出来ないのであろうか?身の程が知れてしまうぞ?


 こんな小物に舐められるなんて、僕も見くびられたものである。


 『あらあらぁ、何やら大変そうですね。お取り込みの様ですので、それでは僕は、これで失礼させて頂きます。御機嫌好う』


 アスファルトの上で、醜く痛みにもだえ苦しむ凡人バカを残して、僕はその場を後にした。


 あぁ、せっかくアイスキャンディーのあたり棒が手に入って良い気分だったのに、凡人バカのおかげで台無しだ。


 一日も早く、この世界から凡人バカが絶滅してくれないかしらん。


 腹の中でくすぶるこの苛立ちをどの様に鎮めたものかと思案していると、


 『あのぉ〜、すいません』


 と、見知らぬ少年が声をかけてきた。


 中学生といった所であろうか?


 目を泳がせながら、消え入りそうな声で話し掛けてきた少年は、まるで、捕食者に怯える獲物の様に、体を震わせている。


 『何だ?どうした?』


 『ぼっ、僕を弟子にして下さい』


 『はっ?弟子って、何の?』


 僕は確かに、人類が今までに取り組んできた凡ゆる分野にいて、世界最高峰の能力を有するから、それがどんな事であろうとも、世界一の技を伝授する事が可能だ。


 だが、なぜ、この少年に僕の技を授けなければならない?


 僕には、いや、人間という生物には時間が無いのである。


 あっという間に終わる命の中で、無駄な事に割いている時間なんて1秒も無い。


 当たり前だろう?


 投資家から資金を提供して欲しいのならばそれ相応の、魅力的なプレゼンテーションが必須なのだ。


 この、どこの馬の骨とも知れない少年が、僕の時間を欲するのであれば、それなりのプレゼンテーションをしてもらう必要がある。


 彼が何を欲しているのかは分からない。


 だが、彼の決意が本物ならば、その言動の端々に、強い想いが宿るはずだ。


 もし、彼が本物の決意を胸の中に秘めているのであれば、僕は、僕の時間を彼に惜しみなく投下するつもりだ。


 僕は、前に進もうと必死にもがく人間が好きなのである。


 なぜなら、他ならぬこの僕が、六千年の間ずっと、届かぬ物に手を伸ばしながら、惨めに足掻き続けているのだから。


 『けっ、喧嘩の、でっ、弟子にして欲しいんです』


 まともに目も合わせずに、消え入りそうな声でそう言った後で、少年は顔を真っ赤にしてうつむいた。


 『喧嘩の弟子になりたいのか?それならば師匠を間違えているよ。他を当たると良い、僕よりもっと適任がいるだろう。僕はね、喧嘩はしない主義なんだよ』


 『えっ?でっ、でも』


 少年は、相変わらずアスファルトの上で惨めにのたうち回っている凡人バカに目をやる。


 『あぁ、君はさっきのアレを見ていたのかい?でも、残念ながら、アレは喧嘩ではないよ。一方的な虐殺だ。まぁ、加減して命は取らないでやったがね。君は、人を殺す技を学びたいのかい?それなら正に、僕の専門分野なのだが』


 『いっ、いえ。ひっ、人を殺すなんて』


 少年の声はどんどん小さくなり、もうほとんど聞こえない。


 『ならば、他を当たってくれ。悪いけど、こう見えて僕は結構忙しいんだよ』


 そう言って立ち去ろうとする僕の上着の端を少年が掴む。


 『何だい?まだ僕に何か用があるのか?』


 『僕は、強くなりたいんです。だから、人を殺す技を、僕に教えて下さい』


 何かを吹っ切ったのか、僕の目をしっかりと捉えた少年が、はっきりとした声で言う。


 『人を殺すという事の意味を分かっているのか?人を殺すという事は、自分を殺すという事と同義なのだよ。人を殺した人間は、決して幸せにはなれない』


 僕の掛けた言葉を聞いても、少年の決意は揺らがないようだ。


 『はぁ〜っ、まったく。君はなぜ強くなりたいのかな?』


 『それは……』


 少年は、深く息を吸い込んで少し間を空けた後で、


 『理不尽を無くしたいんです。強い力があったなら、虐げられる弱い者を救えるから』


 またしても、はっきりとした声で言う。


 『そうか、君は理不尽を無くしたいのか。ならば尚更、僕は君の師匠にはなってやれそうもないな』


 『何で?』


 『理不尽を無くしたいと君は言う』


 その気持ちは分かるよ。痛いほど、よく分かる。


 『だがしかし、強い力を振り回して弱者を蹂躙じゅうりんする強者を、それよりも更に強い力で抑えつけるのは、まさしく理不尽そのものではないのかな?』


 少年が、ハッとして目を見開く。


 『この世界の不条理を正そうとして力を求める者がいれば、その力によって新たな不条理が生まれるのだよ。なぜならば、この世界には、絶対的正義など存在しないからだ』


 少年はじっと僕の言葉に耳を傾けている。


 『この世界に絶対的な正義が無い以上、何者かが強大な力を持つという事は、何者かの脅威になってしまうという事なんだよ。だからね。力で理不尽を無くす事は出来ない』


 悲しいけれど、それは事実だ。

 

 ただシンプルな強い力で、この世界の凡ゆる理不尽をぶち壊す事が出来たのなら、どんなにか良かっただろう。


 でも、この世界は、そんなに単純には出来ていないんだ。


 『じゃあ、僕はどうすれば?』


 『分からないさ。その答えを知っている者がいるのなら、それこそ僕が聞きたいぐらいだ。だから僕は、もうどれだけそうしたか分からないくらい長い時間、苦しみに悶えながら、絶望に叫びながら、それでも諦めずに足掻き続けているんだよ』


 答えなど分からない。


 でも、それでも諦める事が出来ないから、僕は今日も足掻いている。


 苦しくて辛くて堪らないけれど、それが僕の選んだじんせいだから。


 『だから、もし君が、この世界から不条理を無くしたいと心の底から望むのであれば、君が取るべき行動はただ一つ。どんなに苦しくても、逃げずにこの世界と対決し続ける事だ。まぁ、あまりお勧め出来る様な生き方ではないけれどね』


 何か思案した後で、決意の炎が少年の目に灯った。


 『わかりました。ありがとうございます』


 そう言って駆け出す少年のかたわらで、凡人バカが相変わらず惨めにもがいていた。


 しょうがない、救急車を呼んでやるとしよう。


 僕は凡人バカの傍らにアイスキャンディーの当たり棒を置くと、その場を立ち去った。


 気がつけば、腹の中に燻る苛立ちは消えていた。


 今日も僕の世界には、勇気の炎が灯つている。



 

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