第22話 柄本の虚勢

「ただいま帰りました。」

ごちゃごちゃと机が並ぶ編集室の戸を開けると、出入り口付近の席を陣取る年上の記者が返事をしてくれた。

「オウ、おかえり。」


外套と帽子を掛けて自分の席に戻る。

すると、女性の事務員がコーヒーを淹れてくれたらしく白いカップが机に置かれた。

「収穫はどうでした?桐島さん。」

お盆を抱えたこの街出身の事務員は日本語が堪能だ。

母国語と同等に流暢な日本語を話す。

「ぼちぼちといったところだよ。」

「ボチボチなんていうものか。こいつは美人を前に固まってただけだ。」

ケッと柄本が吐き捨てたことで、薄く事務員が笑う。

ただ、どうしても“彼女”の笑顔の方が綺麗だと思ってしまった。


「そういえばメイメイ、結婚おめでとう。」

柄本がいつもの女向けの顔をつくって寿ぐ。

「ありがとうございます。」

新婚家庭の兼業主婦は幸せそうに礼を言った。

「旦那とはうまくやってるのかい?」

「ええ。そこそこ。彼はわたしが働きに出ることも許してくれましたし。」

「それはいい旦那だ。君がいなかったら、俺たちはうまいコーヒーと最高の仲間を一度に失うことになるからね。」

柄本は戯けてみせた。

だが私は知っている。

彼が二年と少しの間この女性を口説き落とそうと必死だったことを。

残念ながらメイメイが靡いたのは他の男だった。

柄本は獲物を横から掻っ攫われたというわけだ。

メイメイの婚約を聞いたときの悪友は正直見ていられなかった。

自分も散々当たり散らされたものだ。

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