1-46 死神の思し召し
「それじゃあ! 乾杯ですぅ!」
カリオトさんの声とともに、グラスを打ち付けるとこ気味良い音が鳴った。
口に含むと、甘い酸味がする。
レモネードだ。
「ぷはぁ! たまらない味だね。そこの君。お代わりを二つ頼むよ」
ルアネは一口で飲み干すと、追加をお願いする。二杯とも自分で飲むつもりだろうか。
「このレモネードには手羽先がよく合うんだ。ってクロベニ! それあたしのでしょ! 食べないでよー!」
「いいじゃん! ルアネーチャンはお姉ちゃんなんだから我慢してよ!」
「食べてる本人が言うことじゃないわよ! ノワール! あんたの馬鹿力で奪って!」
「……自分のこと馬鹿と言いましたか?」
「ノワールの目がかっぴらいてるんですけど。怖いんですけど!」
「ははは。にぎやかですねぇ」
ギャーギャーと騒がしい死神三人をカリオトさんは楽しそうに眺める。
何度か顔を合わせてはいるが、しっかりと会わせるのは初めてだ。失礼じゃないだろうか。
「……すいませんうるさくて」
「良いんですよぉ。パーティーはこれぐらいのほうがいいもんですぅ」
そう言ってくれるのが救いだ。
「それと良いんですか? こんなご馳走」
「勿論ですぅ。約束じゃないですかぁ」
俺たちは街の広場の飯屋でご飯を共にしていた。
約束を――俺がパーティーに入れたら、一杯乾杯するという――果たすためだ。
一杯乾杯と聞いていたが、とんでもない。祝宴かと思うほどの量だった。
「その、ありがとうございます」
思わず感謝の意を伝えると、カリオトさんはにっこりと笑う。
「お礼を言いたいのは私のほうですよぉ。本当に色々と助けてもらいましたのでぇ。おかげでギルドの運営も健全になりましたしぃ」
しみじみと彼女は言う。
ギルド長とザフールの件から4日が経つ。
「そういえばギルド長の更迭はいつ頃になるんですか?」
「うーん。体調が戻り次第になると思いますぅ」
カリオトさんが気難しい顔を浮かべる。
捕らえられたギルド長は足を失ったものの、一命をとりとめた。
彼女としてはすぐにでも然るべき機関に送りたいのだろうが、怪我人だから扱いに困っているようだ。
「早く治るといいんですけどねぇ。そういえば、ザフールさんはどうですかぁ」
その話題を出され、少し暗い気持ちになる。
「それが……まだ目覚めなくて」
あの日、懸命の救助でザフールは息を吹き返した。
だがその後は、昏睡したままだ。
ノワール曰く、身体に異常はなく、後は本人の意志次第とのことだったが。
「それは……ご愁傷様ですぅ。すいませんギルドからは何もできなくてぇ」
「いや、そんな。十分色々と便宜を図ってもらって、本当に助かってます」
カリオトさんは申し訳なさそうにしているが、そんなことは決してない。本来であればザフールも捕縛などされるべきだろうに、免除してもらったりと、かなり手を回してもらっているのだ。
「でもぉ。お金などの支援はできてませんしぃ」
「ああ。それなら大丈夫です。あいつも結構な額を溜め込んでましたし、俺からもだしてるので」
治療はもうする必要はないが、寝ているのにもお金はかかる。
それらの費用は、本人が貯めてた財産と俺からの出資でどうにかした。
「キエルさんが出す必要はなかったんじゃ……。それに他の方の分まで」
ギルドの調査で他の元パーティーメンバー、マギシア、ポペ、トルエンも負傷し、遠くの村で療養中とのことだったので、それらの金額援助もしたのだ。
そのおかげで、これまで溜まっていた財産も結構減ってしまった。
だが後悔はしていない。
「元仲間ですからね。見捨てられないっていうか」
「キエルさんがそういうならいいですけどぉ。……早く目覚めるといいですねぇ」
「…………ですね」
会話が途切れてしまう。
若干重い空気が流れるが、ルアネがそれをぶった切った。
「おやおや。そんなしけた顔してどうしたんだい! 折角の食事の場だ。もっと楽しもうじゃあないか!」
そう叫ぶや否や、レモネードをごくごくと飲み干す。
見れば6つぐらい空き杯がある。
こいつ今の間に、とんでもない量飲んでるな。
「そうですねぇ。ルアネさんの言う通りですぅ。今日は楽しい話をしましょう!」
カリオトさんは元気にそういうと、手元のグラスを飲み干す。
そこからは楽しい食事会だった。
◇
「そういえば、この街のギルド長って次はカリオトさんなんですか?」
一通り食事も食べ終わり、飲み物で一服しているとき、ふと気になり尋ねる。
彼女は副ギルド長だ。普通に考えれば後釜を継ぎそうだが。
「そ、そのことなんですがねぇ」
カリオトさんがたたずまいを整える。
どうやら真面目な話をするようだ。
話すのを待っていると、恐る恐ると話始めた。
「実はぁ。これまでの実績を評価されてぇ。昇格することになりましてぇ」
「それはおめでとうございます! じゃあこれからはギルド長ですね」
カリオトさんはなんとも言えない顔をする。
なにやら一筋縄ではいかないようだ。
「それがぁ。次も副ギルド長のままでぇ」
「え? おかしくないですか? 昇格なんですよね」
副ギルド長の次はギルド長のはずだが。
「副ギルド長と言っても、この街ではなく、東方支部の副ギルド長なんですよぉ」
「それは…………凄いですね」
思わず言葉に詰まる。
ギルドは幅広く展開されている。
総本山となる中央本部があり、そこを起点に東西南北に支部。そして支部ではカバーできない遠い街などに、ギルドハウスが置かれるのだ。
支部というと、俺たちの辺境の街にあるギルドハウスとは比べ物にならない大きさだ。そこの副ギルド長。それはとんでもない出世だった。
「あ、ありがとうございますぅ」
カリオトさんは嬉しそうにしているが、その顔はやや強ばっている。
それは場所の問題だろう。
「でも。そうすると寂しくなりますね。この街にから東方支部は遠いですから」
俺たちの辺境の街はギルドの中央本部から見て、東南側だ。東方支部に近いと言っても、距離がある。会おうと思って気軽に会える場所ではない。
つまりカリオトさんとは長い別れになるということだった。
いつ旅立つのだろうか。そんなことを思っていると、カリオトさんが意を決したような様子で提案をしてきた。
「そのぉ。キエルさんがよければなんですけどぉ……。一緒に来てくれませんかぁ?」
「……それは東方支部にってことですか?」
「そうですぅ」
カリオトさんの話を要約するとこうだ。
この度の昇進及び異動はいいのだが、今回の騒動の立て直しなどがあるので、カリオトさんの部下は連れていけないようだ。
ただ一人で行くのも心もとない。
だからお抱えの冒険者を連れていきたい。
それで俺に白羽の矢が立てたようだ。
「それは光栄ですけど……なぜ俺なんかを?」
「そんなの決まってるじゃないですかぁ」
カリオトさんがにっこりと笑う。
「キエルさんが誰よりも、立派な方だからですよ」
そんなに評価してもらえているとは思わなかった。
とてもうれしい。
けれど……。
不安そうにカリオトさんが見つめる。
「駄目ですかぁ?」
「いやそういうわけでは……」
だが、悩んでいた。
なんだかんだこの街には愛着があったし、ザフールをほったらかしにもできない。
どうしたものか。
考えるために黙った俺の態度を、カリオトさんは断りだと勘違いしたらしい。
悲しそうにつぶやく。
「そうですよねぇ。まぁ実務部隊は戦闘が多いですし」
「戦闘?」
するとこれまで一切話に混じらず、飯を食い続けていたルアネが反応し。
「他人に恨まれて、呪われることもあるかもですし……」
「呪い?」
眠くなっていたのか、うつらうつらしていたクロベニがぱちんと目を覚まし。
「あまり大声で言えませんけど、死体の確認とかをしていただくかもしれません……」
「死体の確認?」
マスクのかぶり具合を確認していたノワールが、スコーと呼吸音を響かせた。
………あっと思った頃には、すでに遅い。
「ぜひ、その実務部隊とやらを」
「やらせてー!」
「もらいましょう」
死神三人はもう完璧に行く気になっていた。
「あのぉ、キエルさん? 皆さんそういってますけどぉ」
かなり困惑した様子でカリオトさんが確認をしてくる。
……もうこうなると止められそうにないな。
仕方ない。
「分かりました。俺もついていきますよ」
「本当ですかぁ! やったぁ! 嬉しいですぅ」
カリオトさんは嬉しさいっぱいといった感じで抱き着いてくる。
ドタプン。
もろに胸の感触が伝わり、思わずにやけ顔になってしまう。
うん、最高だな!
顔があまりにも気持ち悪かったのだろうか。
その後なぜか死神たちに怒られたことを明記しておく。
◇
カリオトさんとの食事が終わり、帰っている最中。
「ふふふ、これでキエルはますます戦いに明け暮れるわけだ。うんうん、やっぱり私に相応しいじゃあないか」
そういいながら、俺の首に手を回すルアネ。
その手は相変わらず冷たい。
「あー! ルアネーチャンずるい! お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんなの!」
クロベニがいやいやと首を振りながら、俺の腕に抱き着く。
「二人とも醜い争いはやめてください。そうベタベタ触るのは駄目です。衛生に悪いです」
ノワールはそういうと、力づくで二人を引っぺがす。
だが、さりげなく俺の隣のポジションを確保しているのは流石というべきか。
目ざといルアネが、それに気がつき抗議をする。
「そんなこと言って、自分だけ得しようとしてるじゃない! キエルも何かいいなさいよ!」
完璧に素が出ているが、良いのだろうか。
「キエルさんを使うのは卑怯なのでは」
「別にいいのよ! どうせ私の男になるんだから!」
私の男は色々語弊があるからやめとけ。
「な、なんて破廉恥な」
「わーいハレンチハレンチー!」
案の定というべきか。
明らかに勘違いしたノワールが動揺し、それを見てクロベニがおちょくるように騒いでいる。
そんな三人を横目に思わずため息をつく。
信じられるか?
こいつら、男の取り合いみたいなこと言ってるけどさ――。
ただたんに俺が死ぬのを待ってるだけなんだぜ?
いくら神の計らいだとしても、あんまりじゃないか。
思わず天を仰ぎ、そしてふと気がついてしまった。
神なら隣にいることを。
……死神ではあるが。
ということは――。
「これが死神の思し召しってか」
ぽつりとつぶやいたつもりだったが、思いのほか響いたらしい。
それまで争っていた三人は、俺の呟きを聞くと、一斉に顔を見合わせプッと笑った。
そしてとても楽しそうに、
「そうだとも」
「そうだよー!」
「そうです」
というのだった。
第1章「追放者と愉快な死神たち」完
―――――――――――――――――――――
ご愛読ありがとうございました。
ひとまず完結になります。
2章は気長にお待ちいただければ幸いです。
近況ノートにて、
「『死神の思し召し』1章登場人物について」
「『死神の思し召し』1章完結反省会および感想」
という題名のものを上げました。
もしよろしければご覧ください。
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