第22話 性と欲

「ああ……リンダ……本当に……」

「お母さん……ごめんなさい」

 母親の後ろには、男性が二人立っている。車から降りてきてはリンダの背後に立ち、僕を遠ざけた。

「リンダ、警察にしっかり説明するのよ。どんなことがあったにせよ、お母さんはリンダをずっとずっと愛しているわ」

「うん……ごめん……」

 消えそうなほど小さな呟きは、彼女なりの抱えてきたものの証だった。

 強く抱き合い、離れたタイミングで警察が間に入る。リンダは観念したのか、抵抗は一切しなかった。

 車に乗り込む直前、彼女はもう一度母親を見て、僕を見て、ありがとうと漏らした。二年前の最後に見た憎しみを溢れさせた顔とはまるで違った。

 遠ざかっていく車が小さくなるまで見つめていると、リンダの母親は僕の手をそっと握った。

「あのときの子ね」

「言わなくてすみません。二年前の事件の関係者です。まさかショッピングモールでお会いするなんて、驚きました」

「リンダがとても迷惑をかけたわ。あなたに怖い思いもさせてしまって……」

「僕の中ではトラウマになっていて、なかったことにはできません。しばらくは怖い映画も観られなくなりましたし、大学ではマスコミにも追いかけられました。本当に本当に、とんでもない事件だった。亡くなった人がいます。悲しんでいる人がいます。それを忘れないで下さい」

 リンダが逮捕されて、ようやく肩の荷が下りた気がした。八つ当たりのつもりはなくても、誰かに話を聞いてほしかった。

 ぶちまけるように伝えると、少し気分が落ち着いた。名前も名乗らず、僕も警察の車に乗り、彼女の家を後にした。

 警察署に行くと、乗せてくれた警察官はにっこりと笑い、

「君の彼氏が心配しているよ」

「あ、ありがとうございます」

 ロビーでは、リチャードが端末を握ったまま目を瞑っている。

「リチャード?」

「ナオ」

 彼は立ち上がると、僕の元へ駆け寄り強く抱きしめた。

「すまない。途中まで君の側にいたんだが、気が散ると言われてしまってな」

「心配してくれただけで嬉しいです」

「よくやってくれた。君はスーパーヒーローだな」

 どこかで聞いたセリフだ。おかしくて笑ってしまう。

「スーパーヒーローはあなたでしょう?」

「俺にとって君もヒーローだ。ああ、君はこの後警察の聴取を受けるんだろう? 離したくないな」

「同じ家に帰るんですから。待っていて下さい」

 胸に顔をうずめて、おもいっきり匂いを堪能した。

 聴取は難しいことは聞かれず、二年前の話も蒸し返されることもなかった。おそらく配慮だろう。

 ずっと待っていてくれたリチャードにお礼を伝え、車に乗った途端に同時にため息をついたものだから、おかしい。

「終わりましたね」

「そうだ。終わったんだ。これからは君は二年前の事件に縛られなくていい」

「あなたに恋したときとセットなんです。忘れたくても忘れられません。良い思い出とトラウマがセットになっていますから」

「ならこれからは、もっと良い思い出を作れるようにどんどん上書きしていこう。まさかあれが最高の思い出だったなんて、俺は今まで何をしていたんだって自分を責めるよ」

「ふふ、コーヒーを作ってくれたり、車でドライブも最高の思い出ですよ」

「今夜も思い出作る?」

 唐突のお誘いだ。もちろん僕の答えは一つしかない。



 連続で三回果てると、ようやくリチャードは解放した。

 まだ体力は有り余っている辺り、さすがとしか言いようがない。

「水飲む?」

「飲みたいです」

 べとべとの身体を拭かれ、ミネラルウォーターを受け取った。

「久しぶりに、リチャードの声を聞きました」

「ずっと話してたじゃないか」

 きょとん顔を見るに、行為の最中は無口になるのに気づいていないらしい。

「普段の半分以下ですよ」

「そうなのか? それは気づかなかったな。多分、心の声になっていて漏れていないのかもしれない」

「どんなことを話してるんです?」

「ナオが可愛いとか、愛してるとか」

「ああ、もうっ」

「好きとか、可愛いとか」

 可愛いと二度も言われた。

「それにとてもセクシー」

「僕が? そんなこと初めて言われました」

「俺にしか分からない魅力があるからね。ギャップも魅力的だから」

 飽きもせず、顔中にキスをしてくる。可愛い、好き、可愛いと交互に。

 僕もしたかったのに、リチャードがそれを許してくれない。

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