第256話約束したのに5年後に結婚する気がないと言い出した男に反抗してみた2

「ボケ野郎だと?」

 鍋嶋はバカにしたように鼻を鳴らした。

「いきなり失礼なガキだな」

「ああ、すみません。いきなり暴言吐かれたので。挨拶が遅れました。菅谷と言います。こちらは針ヶ谷と壱時です」

 真崎と連火が軽く会釈をする。

「オレは鍋島だ。ここはオレの家なんだよ。さっさと帰れ、キモオタク野郎」

 奏介はすっと目を細めた。

「俺達はこちらの陣崎さんに許可を頂いて家に入っているんですけど? それより、陣崎さんのご相談に乗ってたんですけど、結婚するという約束をしたのにしたくないとか言ったじゃないですか。それってボケが入ってるってことでしょう?」

「はあ」

 鍋嶋は肩を落とした。

「おい、はるひ」

 びくっと肩を揺らすはるひ。

「お前、どんだけ結婚したいんだよ。重いっつーの」

「そんな……」

 そもそも結婚したいと申告していた相手に偉そうである。

「いや、婚活サイトでやり取りしてから会ったんでしょ?」

 はるひから聞いた話しである。個人情報を登録し、月会員費を払い、お見合いのような形で会ったのだそうだ。出会い系サイトと言ってしまえばそれまでだが、今時はスタンダードな婚活方法らしい。

「それがなんだよ」

「約束守れてないでしょ。結婚する男女が集まるサイトに登録しておいて、それはないんじゃないですか?」

「5年付き合ってんだぞ? 気が変わったんだよ」

 肩をすくめる鍋嶋はまったく悪気がないようだ。

「なら。気が変わった時点で陣崎さんに言わないとダメでしょ」

「ばーか、気が変わったのはさっきだよ。結婚結婚言われるから、する気なくなったわ。はるひ、お前がわけのわかの分からない連中連れてきたせいでな!」

「いや、嘘でしょ」

 呆れ顔の奏介。

 連火は肯定するように頷いた。

「3日前にも陣崎さんにする気ないって言ったんスよね?」

「あんたの発言があったから陣崎さんは悩んだわけだしな」

 真崎も加勢。

 はるひは悲しそうにうつむいていた。

「ちっ、いちいちうるせえな。いつかはする気あったってだけだ。それを何急いでんだよ? 今の生活と何が変わんの? 面倒なだけだろ」

「陣崎さんは子供が欲しいそうですよ。知らないんですか? 40代になると子供を産めるチャンスが低くなるって」

「なんだ、そんなことか。40になるまで2年以上あるだろ。今どきは30代で産むのは普通だろ」

「すぐ妊娠できればいいですけど、陣崎さんは自分が不妊だった場合のことを考えているそうです。すぐに子供ができずに治療をしていれば、すぐに40代になってしまうと。遅くに産んだ子供を自分が働ける年齢までに社会に出してあげられるか、と」

「……どんだけ後のこと考えてんだよ。なんじゃそりゃ」

 まったく頭になかったらしい。

「ていうか、なんで陣崎さんと話し合ってないんですかね? 通りすがりの俺みたいな高校生に言われて気づくって大人としてどうなんですか? 彼女も色々考えているのに頭ごなしにしないとか言いだして」

「……あー、マジでうざいな。つーか、結婚する前に金貯めなきゃダメだろ」

「婚活サイトに登録した時点で貯めといてください。ていうか、婚姻届けって0円でしょ。貯めた金で何するんですか?」

「ガキは知らねえか。結婚式と新婚旅行は金がかかるんだろ」

「じゃあ、出来ないですね。やらなくて良いんじゃないですか?」

「はあ? そんなの、はるひが」

「陣崎さんがやりたいって言ったと?」

 鍋嶋、無言。はるひの意思を確認していなければ、答えられないだろう。

 鍋嶋舌打ち。

「わかったわかった、なら結婚したい男探せば? そんなにしたいなら誰でもいいんだろ?」

「こ、こいつっ」

 連火が拳を握りしめた。真崎も睨みつけている。

「どうします? 陣崎さん」

「ああ、うん。はっきり言ってもらえてよかった。他の男の人と結婚しろってことはあたしのこと好きじゃなかったってことだものね。……同棲解消。あなたのお父さんとお母さんに挨拶しておくわ」

「!? なんだそりゃ!? じょ、冗談に決まって」

 はるひが人差し指で指した。

「うるさい。よくもあたしの若さを消費してくれたわね。こっちは子供も産めなくて一生独身よ。あんた、絶対に許さないから」

「お、おい。何マジになってんだ」

「陣崎さん、同棲長いと事実婚と認められて慰謝料取れるかもしれませんよ」

「うん、うちのお父さんに弁護士さんを探してもらうわ。はあ、あたしはあなたと結婚したかったのに。こんな年齢じゃ次の相手は見つからないわね。親に花嫁姿も見せられないし、孫の顔も見せられないし老後は一人で生きていくのね。そのための慰謝料、むしり取ってやるから」

 淡々と言って、はるひは鍋島を見る。さすがの鍋嶋も怯えた表情だ。

「許さない、からね?」

 その言葉は静かな怒気が混じっていた。

 鍋嶋はすぐに謝っていたが、はるひの気持ちは変わらないようだった。



数日後。

奏介、真崎、連火は前回と同じファミレスではるひと向かい合っていた。

「と、いうわけで独り身確定よ。でも、仕方ないわよね」

 吹っ切れたように笑うはるひは、鍋嶋をボロクソに言って捨てたらしい。本当に弁護士に相談し、今後戦っていくとのことである。

「いや、陣崎さん、全然いけるっスよ? 見合い相手の一人や二人」

「おれも思います。むしろあいつの方が一生独り身じゃないですか」

 連火と真崎が言う。お世辞ではない。奏介も頷いた。

「そうだ、陣崎さんが嫌じゃなければ、これ」

 彼女に渡したのはA4サイズの封筒だ。

「これは?」

「うちの姉は社会人なんですけど、結婚相手を探している知り合いがいるらしくて何人か紹介したいそうです」

「え……」

「気が向いたら連絡下さい。応援してます」

「……うん。ありがとね。おじさんより男の子の方が頼りになるんてね」

 はるひの笑顔はきらきらしていた。

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