第207話番外編 土岐ゆうこ元教師after1

※奏介因縁の小学校元教師の土岐が逮捕された後のお話です。ご要望が多かったので、2、3話挟ませて頂きます。101話周辺〜109話参照。



 逮捕から72時間が経ち、勾留が決まった。最高20日間だそうだ。

 土岐ゆうこは警察官に連れられて、取調室へと向かっていた。

 狭い部屋へ入り、パイプイスへと座るように言われる。

 やがて、取り調べのために刑事らしき警察官が入ってきた。

「はじめまして、高津こうづです。さて、土岐さん。相手の生徒を加減せずに殴ったようですが、殺したいという気持ちがありましたか?」

 土岐は苦虫を噛み潰したように、拳を握りしめた。

「あるわけないでしょうっ、酷い言葉で挑発してきたのはあの問題児の方です」

「問題児、ですか。相手の生徒にも聴取を取りましたが、小学生の頃の担任の先生だとお聞きしました」

「ええ、担任を受け持っていた頃は本当に大変でしたわ。問題行動は日常茶飯事、虐められてるフリをして他の生徒を虐める、カッターで怪我をさせたこともあるんですよ」

 土岐はバンと両手をテーブルについた。

「少し落ち着いて下さい。そういったお話は相手の生徒からも聞いています。彼はクラスメートからいじめを受けていて、それを担任であるあなたに訴えても聞いてもらえなかった。さらにカッターで切りつけてきた相手から逃れようとした時に相手に傷を負わせてしまい、さらに責められたと証言してますよ」

「あの問題児の発言を真に受けるんですか!? 怪我をさせたのに!?」

 高津刑事は冷ややかな表情になる。

「真に受けるというか」

 手帳を開く。

「彼は『子供の頃の行き過ぎた遊びであったとは思うのですが、さすがにカッターを向けられた時は怖くなってしまって、結果的に相手を傷つけてしまったことは自分の責任だと自覚しています。あの時は申し訳ないことをしたと思いますし、その件に関しては土岐先生にご迷惑をおかけしました』と言っていましたよ」

 刑事は呆れたような表情を向けてくる。事情聴取した時の奏介は落ち込みながらも、冷静にこれまでの経緯や事情を話してくれた。土岐が全部悪いとも言わなかったし、自分にも悪いところがあったとも言った。しかし、高津刑事は彼女のヒステリックぶりを見て、思う。

(まともに話が通じなさそうだな)

 被害生徒と加害教師の態度の差が非常に激しく、必然的に奏介の好感度が上がる。無意識レベルで、だ。

「ご迷惑? そんなことを考えてるわけがないでしょうっ。虐められてるだなんて言って、他のクラスメートを陥れようとした」

「土岐さん、ちょっと落ち着いて下さい。あのですね、彼からいじめの証拠を見せられました。上履きや教科書に落書きされたり破られたりしていました。それと、クラスメートの子にお尻を蹴られて病院に行った診断書なんかもありました。自作自演ではなさそうなんですけどね」

「そんなの捏造ですっ」

 取り調べはこの調子で進んで行った。終わる頃には、高津刑事の顔に疲れが見えていた。





 いつもの昼休み、風紀委員室にて。

 奏介は皆を待ちながら、スマホを操作していた。

 やがて皆が一斉に入ってきた。定位置へ。

「あれ、何してるの、奏ちゃん」

「やけに熱心だね。調べ物かい?」

 詩音と水果に問われ、

「有能な弁護士探してる」

 真顔で言うので、この場の空気がピリッとなった。

「まだ悩んでんのか?」

「あぁ、絞れてきてはいるんだけど、もうちょっとね」

 奏介とわけを知らされているらしい真崎のやり取りを見たわかばが恐る恐る手を上げる。

「菅谷? あんた、どの件で何を訴える気なの?」

「法廷に進出……?」

 モモも戸惑いが隠せないようだ。

「菅谷君をマジにさせるってことは、小学校時代の関係でしょ」

 ヒナがビシッと人差し指を立てた。

「うん、正解。土岐を民事で訴える」

「そういや、刑事罰の方はどうなるんだ? そっちが終わってからなんだろ?」

「傷害罪で刑事罰が下る場合、15年以下の懲役または50万円以下の罰金らしいから懲役狙ってくとして、まずは起訴してもらわないとね。初犯だから不起訴とか略式起訴になるかも知れないから絶対阻止する」

 詩音は息を飲んだ。

「起訴されると裁判になるんだよね?」

「起訴の判断は検察官がするんだろう?」

 水果が首を傾げる。

「確か不起訴は問答無用で無罪ってことよね? 略式起訴って何?」

 わかばも眉を寄せる。

「えっと……起訴の一種だったと思うけど」

 モモが考えながら言う。

「略式ってつくくらいだから、簡単な起訴みたいな感じ?」

 ヒナの問いに、真崎が頷く。

「略式起訴されると、略式裁判になって、その後罰金刑が決まる。略式裁判てのは簡単な裁判だな。裁判官に罪を認めるかどうか聞かれて、素直に認めればそこで終わり。罰金払って終了。ただ、起訴には違いないから前科がつくんだ」

「……詳しくない? 針ヶ谷」

 わかば、ジト目。

「まぁ、知り合いがちょっとな」

 なんとも説得力がある。

 奏介は殴られる瞬間の土岐の表情を思い出していた。


(許さないからな)

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