第82話市塚父娘after1

 放課後、いつもの自販機コーナーのベンチにて。


 奏介はモモと待ち合わせをしていた。先日、ヒナに頼まれた、モモの家のことである。


「菅谷君」


 おずおずと近づいてきたモモはぺこりと頭を下げた。


「お疲れ」


「……わざわざ時間取らせてごめんなさい」


「いや、良いよ。須貝の家の事情を引っ掻き回したのは俺だからね」


 そのことで困っているなら責任は取らなければ。


「ううん。菅谷君のおかげで随分楽になったから、引っ掻き回したなんて」


 モモはそう言って自販機で紙パックのジュースを購入して、奏介の向かいのベンチに腰かけた。


「それで?」


「……時々、市塚の家へ呼ばれるのだけど」


「え、なんで」


「生活費とか、一応出してもらってるから、報告。……お父様が」


「須貝に干渉しないとか言っといて、実は須貝のことが好きなんじゃないか」


「一応、親権はお父様にあるから」


 奏介は腕を組んで唸った。一人暮らしをし、働けるとは言え、十六歳はまだまだ子供なのだ。


「……でも、呼び出されて聞かれるのは体調のこととか、お金を何に使ったかとか」


「ん?」


 まさか体調のことを聞かれるとは。


「気のせいかも知れないけど、私のことを心配……してるのかも」


「へぇ」


 娘を所有物扱いしていたあの父親がモモを気遣うとは。あの日の奏介の言葉は心に響いたのだろうか。というか、不倫については正論で滅多刺しにしたので響いてもらわなくては困る。


「報告だけで、父親もそんな感じなら何の相談?」


「……イリカさんが」


「あいつか」


 父親より厄介な存在にレベルアップしたらしい。


「行く度にあからさまに嫌がらせをされて、家政婦さん達も一緒になって」


「どんな?」


「この前は生卵ぶつけられたわ」


「は!?」


 奏介は目を見開いた。


「嘘だろ?」


 モモは否定の意味で首を横に振る。そして、うつむいた。


「その前は雑巾の水をかけられて。……菅谷君の気持ちが分かって複雑な気分になって」


「それはもう良いけど、あのお嬢様、筋金入りの性悪だな」


「ヒナが相談した方が良いって言うから」


「あー、まぁ。行ってあげたいけど、もうあそこは須貝の家じゃないからな」


 モモ自身が市塚家の客なのだから、それについていくのは憚られる。


「来て、くれるの?」


「ああ。僧院も心配してたし、さっきも言ったけど、今のこういう状況になってるのは俺が原因だしね」


「……ありがとう。ちょっと考えてみる」






 市塚家についていくには父親の許可が必要なわけなのだが、モモはすんなりとOKをもらったらしい。


 翌日、市塚家へ向かうのは四人である。


「へぇ、まだ荷物置いてるのね」


 と、わかば。


「うちのアパート狭いから住んでた離れに大きなものは置かせてもらってて」


「それで友達を呼んで皆で運び出す……っていうことにしたんだ! うんうん、ボク達もいればカモフラージュになるしね」


 と、ヒナ。


 つまりはそういうわけだ。小さいサイズだが、電化製品の移動は骨が折れるだろうし。


「菅谷、とにかく嫌がらせを止めるようにちゃんと言ってよね?」


「ぶっすーちゃん、とんでもなく性格悪いね」


「ああ、俺も引いてるよ」


「ていうか、卵投げつけはひどいなぁ。ボクならキレちゃう」


「そんなの、あたしだってキレるわよ。モモはちょっと大人し過ぎ。文句くらいは言った方がいいわよ? せめて言い返さないと」


「……うん」


 三人の会話を聞きながら歩いていると、すぐ市塚家へ着いた。


 門をくぐり、玄関へ。


 玄関の戸に手をかけたモモは動きを止めた。


「どしたの?」


 ヒナが眉を寄せる。


「……いつも、玄関を開けたところで何かされるから」


 わかばが顔を引きつらせる。


「えぇ……教室の入り口で嫌がらせする小学生? レベル低いんじゃない?」


 モモは軽いトラウマになっているようだ。


「いいよ、じゃあ俺が開ける」


「え、でも」


「さすがに須貝じゃなかったら仕掛けてこないだろうし」


 戸を開ける。考えが甘かったと思ったのは、こんにちはと言いながら一歩踏み出した瞬間だった。


「!?っ」


 頭上から、何やら異臭を放つ布が降ってきた。たっぷり水を含んでいて、奏介の頭にバシャンと音を立てる。


「えっ、菅谷君!?」


 ヒナの声。


 奏介は無言で雑巾を頭から取った。ずぶ濡れにはならないが、水が滴っている。


 近くで大きな靴箱の掃除をしている家政婦二人組がくすくすと笑っている。


「あらぁ、ごめんなさい、モモお嬢様のお友達に……ぶふっ!?」


 奏介が近くにいた家政婦の顔に雑巾を勢いよく押し付けたのだ。そして、ぐりぐりと。


「ひっ!? くさっ」


 鼻を押さえ、よろよろと後ずさる家政婦。奏介はさらに、その体に雑巾を投げつけた。


「きゃっ、な、何を」


「てめぇら、ちょっとツラ貸せ。表出ろ。出会い頭に喧嘩売ってくるとは良い度胸だな」


 奏介のドスの聞いた声に、二人の家政婦はみるみるうちに青ざめていった。

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