第80話注意書きを無視して怪我をしたのに飼育員に当たっていた子どもの母親に反抗してみた1
日曜日。
奏介は詩音と共に動物園の入り口の前にいた。駅に集合して移動しようという話だったのだが、全員の家が近いわけではないので現地集合ということになったのだ。
「いや、早すぎた……かなぁ」
詩音の言葉に奏介はスマホの画面を見る。
「四十分前か」
「うう、張り切りすぎた。でもでも、ひーちゃんも早めに行くって言ってたし」
そんな噂をしていたからか、三十分前になってようやくヒナが現れた。
「あ、おはよー。よかった、早く着きすぎかなって思ってたんだ」
手を振りながら近づいてくる。
「大丈夫だよ、僧院。俺達五十分前からいるから」
「えっ、それは早すぎじゃない?」
ごもっともである。
三人でおしゃべりをしつつ、時間は過ぎて行き、待ち合わせ時間の一分前には全員そろったのだった。
「はい、では入場券を買ってあるので配りまーす」
詩音が金曜日に集金してここへ着くと同時に七枚購入したのだ。
「動物園なんて小学校以来だわ」
入り口の大きな看板を見上げてわかばが言う。
「何気にボク、動物園て初めてかも」
ヒナが目を輝かせて動物園内を覗き込む。
「そうなのかい? 遠足では定番だと思うけどね?」
と、水果。
「遠足の時に休んじゃってて、親も興味ないみたいだから。水族館はあるよ!」
「わたしは何度も連れてきてもらったわ」
モモの母親は動物園好きだったのだろうか。
「なあ、菅谷」
「ん?」
真崎が辺りを見回している。
「なんか、別の学校の奴誘うって言ってなかったか? 呼んでねぇの?」
「あぁ、今回は止めといた。いきなり知らないメンバーで動物園はハードル高そうだからさ」
ぼんやりと根黒の顔を思い浮かべながら言う。
「確かにな」
七人連れ立って中へ。
入り口のゲートを抜けると、噴水広場があった。ロータリーのように分かれ道になっているようだ。それぞれ、行く先の目的地名が表記された看板が立っている。
「まずどうしよっか?」
詩音が皆の顔を見回す。
「右か左から順に回ればよくね?」
「針ケ谷君に賛成!」
ヒナが手を上げる。
「左で良いんじゃない? ほら、小動物広場って書いてあるわよ」
最後にライオンなどの猛獣を見物することにして、ふれあい広場へ行くことにした。
予想通り、子どもが多く、ウサギやモルモットに触れ合えるスペースは子どもで溢れ返っていた。
「あ、可愛い~」
低い塀に囲われたウサギのいるスペースである。詩音が隅っこで固まっているウサギ達に手を伸ばす。張り紙があり、優しく触れてくださいとのこと。
「おお、ふっわふわ」
「どれどれ? ボク、ウサギ触ったことないんだよね」
ヒナは何もかも初めてらしい。
「……ウサギって飼いやすいのかしら」
モモがそう呟く。
「え、飼うの?」
わかばが目を見開いてモモを見やる。
「いいよねー。ボクも飼いたい。なんか野菜が散らばってるけど、食べるのかな?」
「僧院、そこにウサギの餌売ってるぜ?」
「そうなの!?」
真崎の指の先へ視線を向けるヒナ。
「僧院は初めてだっけ?」
奏介は見た目ガチャガチャのような機械に歩み寄って、コインを入れ、レバーを二回、回す。
カプセルを取りだし、ヒナと詩音へ手渡した。
「あげてみな」
「良いの?」
ヒナが少し驚いたように言う。
「ああ」
「わー、奏ちゃんの奢りだー。ありがとう!」
「あ、ありがとう。餌……餌かぁ。噛まれないかな?」
「やるなぁ、菅谷。デート代をさらっと払う男みたいじゃん」
「いや、ウサギの餌五十円だから」
奏介はわかば達に視線を向ける。
「橋間達はどうする? 五十円だから、あげるなら」
「あたしは良いわよ。ちょっと怖いし」
「……へぇ」
「! 何、その反応っ、弱点を見つけたとでも言いたそうね」
実際その通りである。
「あたしも良いかな。モモはどうするんだい?」
興味があるようで、奏介はモモにもカプセルを出してあげることにした。
「ありがとう、菅谷君」
カプセルの中身はキャベツや人参スティック、リンゴスティックなどだ。
お腹を空かせているらしく、ウサギ達はそれをよく食べている。
「夢中になって食べてるねー」
ヒナが嬉しそうに体を触る。
「あ」
と、詩音が声をあげた。与えていた人参がウサギに取られてしまったのだ。
「あー、持って行かれちゃった」
「結構力強いんだね。詩音、気をつけな?」
水果に言われて、はーいと返事をする詩音である。
「体が大きい種類は引っ張る力が強いんですよ」
そばに来ていた飼育員の女性が声をかけてきた。今の様子を見ていたのだろう。
「ちょっとびっくりして手を離しちゃって」
詩音が苦笑い。
と、その時だった。近くにいた子ども、六歳前後の少年がウサギの耳をがっちりと掴むのが見えた。
「ん?」
少年はウサギの耳を持って、その体を持ち上げたのだ。ウサギが辛そうにバタバタと手足を動かしている。
「あ、君、ダメだよ。ウサギさん怪我しちゃうから」
飼育員が止めようとした時である。
耳を持たれていたウサギが少年の腕に足を引っかけ、体を揺さぶって彼の指にがぶっと噛みついた。
「痛っ!!」
少年はウサギを離すと、血が流れている指を見て大声で泣き出してしまう。近くにいたモモが尻餅をついたウサギを抱き上げた。怪我はしていないようだが。
「
母親らしき人が歩み寄ってくる。
「ちょっと、噛まれたの?」
彼女は飼育員を睨み付けた。
「どういうこと?」
怒気を含んだ声でそう言った。
救急箱を持ってきたスタッフに手当てをされている勝という少年のそばで先ほどの飼育員が何度も頭を下げている。
「本当に申し訳ありません。今後このようなことは」
「それは当たり前でしょ。ていうか、噛むような動物に触れさせるんじゃないわよ。何を考えてるの?」
実際のところ、ウサギが噛んだのは勝が耳を持って持ち上げたからである。理不尽だ。
「感じ悪いわね」
わかばの言葉にこの場の全員が頷く。一部始終を見ていた人もいるようで母親の態度に眉を寄せている人も。
「うーん。さすがに飼育員さん可哀想だよね。ボクが行こうかな」
「え、あ、おい、僧院」
「大丈夫、ボクは学習する生き物だからね。でも、ボクらまったく関係ないからなぁ」
先日の教訓は忘れない、とはいえ、完全に部外者だ。
「そういえばあなた、さっきあそこの連中と楽しそうに話してたわよね? ウサギを監視するのがお仕事なんじゃなくて? 疎かになっていたんじゃないの?」
奏介を初め、全員で顔を見合わせる。飛び火の仕方が酷い。接客も兼ねているのだから客と話すのは当然だろう。
「……」
奏介は眉を寄せた。まさか、こちらのせいにされるとは思わなかった。
「もう、なんとか言ってやらないと」
「良いよ、僧院。俺が行くよ。ここまで来ると飼育員さんに申し訳ない」
立場上何も言えないだろうから。奏介は二人に歩み寄った。
「すみません、俺達の話題が出たようなので。この飼育員さんは悪くないですよ。お宅のお子さんがウサギの耳を引っ張ったんです。それでウサギがびっくりして」
「あれくらい何? それがなんだって言うの? 噛んだのは事実でしょ」
言い方からして、勝が何をしたのかは知っているらしい。
「あそこの張り紙に注意書きで優しく触れてくださいって書いてあるんですよ?」
「だから結果的に」
「あなたは文字が読めないようですね。小学校、卒業されてないんですか?」
注意※
ウサギは耳を持たれたとしても人の指は噛めないと思います、というご指摘を頂きました!
現実のウサギさんとは違う動きをしております。ご了承くださいませ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます